筑西市(明野町)
明野町です。
この絵柄は何かと問われてもかなり困る植物ちっくな生き物。
明野と言えば四つの県道が違う方向からやってくる放射線道路の町なのですが、その中心に特に何もないのがまた凄い町でもあります。
普通はそこが栄えるでしょうに。 筑西市(協和町)
協和町はあじさいです。
駅前の小さなロータリーにはタクシーが四台。
「おーい、さっきの雷で電車止まったってさぁ。」
「はっ、ったくよぉ。」
今日の天気は小雨ぱらぱら、遠雷ごろごろ、
うーん止まるまでもない天気なんだけどなぁ。
どうしたJR、地方都市への嫌がらせか。、筑西市(協和町集排)
集排蓋、小栗地区です。
農作物の西瓜と胡瓜が恵みの太陽に向かって手を振っている能天気な図柄。
すぐ裏切られる事を知ってる癖に…。
あ、何か嫌な大人の世界を見てしまったような既視感が筑西市(下館市)
下館市の蓋はツツジの絵柄。
萎んでいたのが中央に行くに従ってほころんでいく図柄。
だんだんと数が少なくなっていくのがポイント、花泥棒さんがいますか?
花手折るべし、っていう漢詩がありましたね、あのネタなのかな?筑西市(下館市制水弁)
制水弁の蓋はバラの花。筑西市(下館市消火栓)
筑西市(関城町)
関城町は梨の町、梨の花が十字に配置されているのを何となく記憶の片隅に眠らせていたら、橿原市(奈良県)でも彼に出会ってしまった不思議。
何故何故ここにこの蓋が?蓋を見て懐かしいと思っては駄目かも。筑西市(関城町集排)
関城町の集排蓋も梨でしたが、花と実は一緒には見られませんってば。
ちょっと考えれば分かるでしょ、落花結実なんですから。
実物を見た事がない人が絵を描くとこういう非現実的な浪漫が生まれてくるのです。筑西市(関城町消火栓)
桜川市(岩瀬町)
岩瀬は栃木との県境の町です。
下手に走ると県境のワインディングへと迷い込みますがそれもまた良し。
どう走っても走り足りませんが。
岩瀬町の蓋にも桜が描かれていますが、岩瀬の桜は「桜川のサクラ」だそうです。
これは見に行った事がないので何とも言えません。
ってゆか、個人的には花見と言えば梅花なのでサクラの下で宴会をしたがる人の気持ちはさっぱり分りません、というより分りたくない。桜川市(真壁町)
真壁町はユリの花でした、おわり。
↑早すぎ、もちっと何か書け。
えっと、岩瀬町から真壁までサイクリングロードが続いていて休憩所があるんですよね。
これでレンタサイクルでもあれば最高なんですけど、それは無理な相談でした。
他に真壁と言えば、加波山ですか?何があったのか知りたい人は日本史の教科書でも見て下さい。
俺の口からはとてもとても。
まあ、加波山はおいといて、真壁町は石灯籠と刈部鼈甲の町でもあります。
石灯籠、そんなに欲しくない。桜川市(大和村)
大和村には雨引観音があります。
大和と言うよりは雨引の村。
何故にこの村が大和を名乗っているのか悩みますが。
走っても村っぽくないのもまた、ねぇ。
そんな大和の良心は大和ホースパークかも、馬じゃ馬じゃ、馬がおるぞー。
何しにここまで来たのやら…。
小美玉市(小川町)
茨城県の方の小川町です。
小川町と言われてもあまりぴんと来ない霞ヶ浦北の町。
この地にはかの百里飛行場があります。
ここで簡単な百里基地の話。
昭和12年から終戦まで筑波海軍航空部隊の基地として百里原に基地があり、戦後の昭和30年から自衛隊基地として復活させる案が遡上、その後11年間に渡って町議会で激論が繰り広げられ何人もの町長が退陣を繰り返した挙げ句に出来たのが今の自衛隊百里基地。
21世紀の現代では民間活用の話もあり、茨城ではまだまだ熱い話題なのです。
ちなみにこの蓋の絵柄はカンナとモクセイです。小美玉市(玉里村)
霞ヶ浦北岸の村、玉里(たまり)村です。
「能く渟れる水」から玉里となり曾ては玉里六井という湧水で有名だったそうですが残念な事に今は全て涸れているそうです。
村名も一時は田余の名が使われていたそうですが昭和30年の大合併の際に玉里の文字が復活しました。小美玉市(美野里町)
常磐道の美野里PAもある美野里町です。
蓋の周囲には「美野里たうんフラワーおぶカンナ」と書かれています。
美野里はですねぇ、PAの人たちの手際の悪さしか憶えていませんわ。
古河市
「あ、僕、実家はふるかわなんですよ。」
と言われて
「ああ、あの古○電工の。」
「そりゃこがだーーっ。」
この一件で憶えました、いや恥はかくものだ。
恥をかくのはいつもの事ですがそんな事はおいといて蓋の絵柄は花火、地方都市ならではの蓋ですね。古河市(三和町)
三和という名前は三つの合計とか三つの調和という意味があるのですがこの町も例に漏れず三つの町が合併して三和となりました。
その町の名は幸島・八俣・名崎、まあ昭和30年の大合併といっても知らんし。
それにしても三=調和という思想はあまりにも安易というか古典的というか。
三脚だって多少折れても安定するしね。 古河市(総和町1)
総和とは全ての合計、つまりSUMという意味です。
↑この大嘘からどう話を続けるつもりだ、こら
えーと、「すべてなごむまち」総和町には鮭延寺がありまして熊沢蕃山の墓所があるのが唯一の名所。
交通量の多さでも下総有数の名所であまり良いイメージがありませんね。 古河市(総和町2)
総和町の二つ目はさるびあ丸、町田市と一緒♪
総和の総は下総の総が本当の所で下総一和める町にしたいという願いが込められているのが本当らしい。
余談ですが下総は「しもうさ」と読みます、「しもふさ」→「しもうさ」の転化です。
では上総は何と読むのでしょうか?(2点)古河市(総和町3)
説明に困る総和町の三つ目。
周囲にあるのは例によってサルビアでしょうが、中央のこいつは誰?もしくは何?
見た所、カボチャちっくな頭に手足が生えてちょっとした猟奇です。
考えてもごらんなさい、人間の頭部に手足が生えていたらどう思うかを。
悪趣味にも程があるのが総和町なんでしょうか、そんなに嫌われたいの?
笠間市(岩間町)
岩間には何故かICがあります。
何故か、と言ってはいかんわな、兎に角あるものはあるのだから。
ともあれ、岩間の蓋には桜花が描かれています。
桜花の中に更に桜花、諄いようですけどね。
この地で桜の名所と言えば愛宕山、いや港区のヤツじゃなくって。 笠間市(岩間町集排)
山のあなたの奥深く、人目を忍ぶ森の中、と来ると隠し田ですか、これは。
落ち武者さんの町?
それは兎も角岩間町はやたらめったら沼が多いなぁと言うのが走ってみた感想。
↑どうしてそういう所ばかりに行きたがるかな、こいつは。笠間市(友部町集排)
友部はSAでもお馴染みな所です。
最近はJCTから北関東自動車道のインターまで路線が伸びました。
何はともあれ、生きやすいのは良い事だ。
その癖道に迷って同じ所をぐるぐる廻っていたって事は内緒ですよ。
さて、そんな友部の蓋ですが、中央市章の周りに友部町の形が描かれています。
地図の役には立ちそうにありませんが。
あとは菖蒲と菊。笠間市(友部笠間)
笠間市には独自の蓋がなく、友部町との共同の下水道だけでした。
つまりこの蓋は友部町にもあるという事です。
絵柄は菊花、まあそれはどうでも医院ですが。
後々観光ガイドをめくっていたら、「出雲大社常陸分社」とか「ぶんぶくの湯」とか「笠間焼」とか面白そうなモノがちらほら…。
も一回行けって事かな?
それよりも「石の百年間」ってのが気になります。