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Ma Vie Quotidienne

一歳に二度も来ぬ春なればいとなく今日は花をこそ見れ

行ってきました・・・・釜石での災害ボランティア 番外編 寿司と地酒で経済活動

2011-11-20 10:58:26 | Life
というわけで、
釜石で寿司です(爆)

勝力鮨さんに連れて行ってもらいました。

ほんとにおまかせ鮨2千円って書いてある!

まず飲み物、浜千鳥!って頼んだら、
これでいい?と出てきました。

四合瓶!
これくらい飲むでしょって、大将が。
あれ?
酒飲みだって顔に書いてありましたか?

リーダーは運転手だから飲まないし、
沖縄学生は泡盛・焼酎なら底なしなんですけど日本酒は少しだけって。
あと東京学生が1合しか飲まなくても残り3合なら私一人で飲めますねー。

本醸造、どうかなと思ったんですが、
すっきりして若者にも飲みやすい感じでよかったのではないでしょうか。

東京くん、
「ん~ ウマイ!!!」
って目を閉じて唸っちゃって、
軽くオヤジ入ってました


はいお寿司です。


中トロ


ブリと玉子


茶碗蒸しまでついてきた!


イクラ


中トロ巻き


赤身、ホタテ、スルメイカ


甘海老

あと写真撮りませんでしたが、
最後にマグロの赤身もう2貫来ました。

12貫に巻物と玉子と茶碗蒸し、
で、
2千円!

激安です。

お味はというと、
江戸前好みのわたしとしては、
好みの正反対のお寿司ではあったのですが、
なんだか劇的にうまかったです。

シチュエーションポイントも高かったのですが、
あとで冷静に考えても、
なかなかどうして、
とてもバランスが良いお寿司でした。

シャリ、砂糖たっぷり甘々タイプ。
こんな甘いシャリ久しぶりに食べましたが、
なんだろ、
ネタの脂が結構甘かったし、
あと、
シャリの柔らかさとネタの柔らかさがマッチしていて、
トータルな一体感があるんです。

やや硬めのイカでさえも許容範囲、いい感じの一体感でした。

イクラも田舎にありがちな醤油味濃すぎを覚悟していたのですが、
なんと超薄味で好みな感じでした。

茶碗蒸しもゆるゆるタイプで、超私好み!
すごいポイント高いです。

またまた東京くん、
遠くを見ながら「ん~美味い!」
沖縄くんにおいてはブリをお代わりしてました(爆)

いやいや、
わがままに付き合ってもらって申し訳なかったのですが、
喜んでいただけたみたいでよかったです。

そして
思いがけず出会った地方でのウマ鮨!

また釜石行ったときにはぜひ再訪したいと思います。

調子に乗ってもう一軒・・・
と行きたいところだったのですが、
この日は釜石に宿取れず、
1時間ほど離れた遠野泊になっていたので、
おとなしくJR乗りました。

ホテル着いてから、
遠野産のホップを使ったKIRIN一番搾りいただきました。
遠野はホップの産地で有名ですもんね。

翌日はまた瓦礫撤去です。

行ってきました・・・・釜石での災害ボランティア 2日目

2011-11-16 23:57:16 | Life
釜石ボランティア2日目。

この日はボラセン定休日で、
瓦礫撤去に必要なスコップやハンマーや猫車などをボラセンから借りられない。
それでもまあゴミ拾いとか土嚢を詰める作業とかできることはあるのですが、
リーダーの疲労が強く、肉体労働からの解放が必要ということで、
大学生とわたくしの3人、
仮設住宅でのボランティアに参加することになりました。

長く現地での活動していると、横のつながりもできるわけで、
リーダーが私たち3人を
他の団体が実施している活動に参加できるよう手はずを整えてくださいました。

カリタスジャパンというキリスト教系の団体が社会福祉協議会の委託を受けて実施している、
「お茶っこサロン」という癒しの場の提供と、
仮設住宅での聞き取り調査をお手伝いさせていただきました。

お茶っこサロンは教会の敷地内でも常設されているのですが、
週に1回ずつ、市内の各仮設団地の集会所でも実施しています。

この度は、
教会のスタッフ4名と私たちの計7名で、
釜石の南にある平田(へいた)という地区の仮設団地を訪問しました。

途中の平田の住宅街はもう建物が全部取り壊されて
たくさんの家の土台だけが残っていました。
その手前の港にはボコボコの車の山、瓦礫の山・・・。

仮設団地は高台にある釜石商業高校の敷地に設置されています。



集会所にて住民を迎える準備をしてから、
集会所に残るチーム、各家庭を訪問するチームに別れて活動開始。

私は主に訪問のほうに参加しました。
訪問の経験がある教会スタッフとペアになっての活動です。

仮設住宅での生活不安、孤独、異変の察知はとても重要な課題です。

私は仕事柄、
初めて会う人と話すとか、
状況をなんとなく聞き出すとか、
表向きわかりにくいけど何か発せられている電波を感じるとか、
そういうの慣れているので・・・・。

あとは、
集会所に戻って、集まってきた人たちとふつうに世間話したり、
編み物とか手芸とかしている人たちと一緒になって、
ここはこーだとかあーだとか、あー間違ったーとか、
まあふつうに過ごしました。

住民の皆さんが日々感じていることなど共有できたことは
本当に有意義な体験でした。

皆さんのために何ができたか・・って考えると、
あんまり役には立ってないかもしれませんが・・・。

えー東京から?沖縄から?北海道から?
あら実家は盛岡?大丈夫だったの?
昔沖縄行ったよ、親戚が札幌いるよ、
なーんてふつうの会話も大事ですよね。
特に仮設でおひとりで暮している方には。

あと、
私がやってる物資を直送する活動で、
物資募集のサイトに「サロンで使う○○」と載っていたりするんですが、
ああ、こういう風に利用されるんだなぁってわかったりもしたので、
今後の物資直送活動でもイメージしやすくなりました。
そうやって役に立てていきたいと思います。

3時半ごろ教会に戻ったら、リーダーが待っていてくださって、
「ちょっとその辺見て回りましょうか?」と。
4人でリーダーの軽自動車に乗り込み、
釜石から国道45号線を北上し、両石、鵜住居、大槌へ。

この辺りは国道から海側の地域が、
津波でもう跡形もなくなってしまった地域です。

道路は通れるようになっていますが、
ガードレールなんかはひん曲がったまんま、
よくある青い道案内の標識も下のほうが津波でひん曲がってました。
どんだけ高い波が来たかがわかります。
わかりますっていうか・・・
想像できないけど、
そうだったんだなって・・・・。
だって想像できないですよ。
どうしたらそんな風になるのか・・・・。

三陸鉄道の大槌駅のあった付近に降り立ちました。




途中の河川敷にはやはり瓦礫の山々・・・・。
震災から8か月、まだまだこんな感じ。


ここにまた明るい灯が、
こんなまばらではなく、
にぎやかに燈るのはいつの日なのだろうかと・・・・。

暗くなったので釜石に戻ることに。
「今日は晩ごはんどうしますー?」と、リーダー。
「私ね、すんごいお酒が大好きでね、
 復興支援と称して3県でマラソン走って経済活動もしててね、
 お酒飲みまくってるんだけどね、
 釜石に来て“浜千鳥”飲まなかったら、石投げられちゃうと思うので(誰に?)、
 今日はどっか、ご飯食べながらでも、ごはん食べ終わってからでも、
 飲みに行きますから、
 どこかいいところ教えていただければ、
 私勝手に行きますのでー。」
と、2日目にして早くも被ってたネコをかなぐり捨てました(爆)

そしたら大学生たちも、
「えー、そんなにおいしいお酒なんですかぁ?
 話聞いてたら、むっちゃ飲みたくなってきましたよぉー。」
そしたらリーダー、
「うーん、じゃあ○○って言う居酒屋か、
 それか、2千円でおまかせで食べられる寿司屋か・・・」
「どっちがいい?若者たち?」
「寿司・・・・いいっすね・・・・」
「そんじゃ、それでいいのね?
 あー、ごめんねー、わがままに付き合せてー。」
「いやー、っていうか、やっぱりマラソンとかなんすねー。
 昨夜、ご飯食べた後、ゼッタイ陸上部だよねって話してたんですよねー。」
「ああ、やっぱ、私って、オーラが陸上部って感じ?
 よく言われるしー。」

で、番外編に続く



行ってきました・・・・釜石での災害ボランティア 1日目

2011-11-16 23:56:25 | Life
ということで、
岩手県釜石市に行ってまいりました。

ボランティアセンターに直接申し込んでも行けたんですが、
今回は、
3月20日から名古屋から現地入りしている任意団体の方たちの活動を
お手伝いすることにしました。

自分のバイトの関係でギリギリまで日程がはっきりしなかったので、
自由に動いている任意団体のほうが
臨機応変に対応してくれるのではないかと思ったからです。

12日土曜日の夜行に乗って、電車を乗り継ぎ、
晩秋の車窓に、はやる心を落ち着かせながら・・・


日曜の午前11時に釜石到着。


こちらは運休中の三陸鉄道釜石駅。
復興の狼煙のポスター貼ってありました。

ボラセンの活動だと、
朝9時のマッチングに間に合わなかったらその日の活動はないのですが、
任意団体さんとだったからその日の午後からの活動に参加できました。

さらに、
釜石のボラセンは月曜日定休で活動がないのですが、
これも任意団体だと、
多少活動は制限されますが何かはできるので、
彼らにお願いしてよかった点です。


ということで、
リーダーが駅まで迎えに来てくれて、メンバーと合流。

まずは、この日の午前まで活動してこれから帰るという2人とお別れ。
残ったのは、
名古屋人リーダー、
現地釜石人、
1週間滞在予定で何日か前に来たという東京在住の大学生、
1週間滞在予定、沖縄→東京池袋から釜石まで夜行バスでこの日の朝に到着したという大学生、
(沖縄からってすごいよね。)
そして私の5人。

まずは、
活動以外の時間に街を散策したときに撮った写真で状況をご紹介。

道路なんかはもうすっかり片付いて車もほぼ通常通り通れるのですが、
繁華街だったあたりでは、2階まで壊れて解体待ちの建物がまだまだ残っています。





解体の許可が取れている建物には赤旗が付いています。
中には旗に「解体時立会い希望。連絡先・・・・」と書いてあるものもあります。

解体中・・・




解体後・・・


別の日に撮った写真・・・・








もうすでに解体されて残骸も撤去されて家の土台だけが残ってるところもあるのですが、
結構な数のこんな風な解体待ち。

1枚目の写真のようにきれいに掃除されて解体待ちの建物もあるのですが、
3.11のまま時が止まったように
その建物の営みの痕跡や、どこからか波で運ばれてきて引っかかってとどまっている瓦礫や、
泥やヘドロやゴミやなんやかんやが取り残されたままの建物もたくさんあります。

繁華街のテナントビルなんかが結構そのままになっていることが多いような気がします。
自分の家じゃないから誰も手を付けないみたいなところあるんでしょうね。
それらが3.11のままの姿を晒してひと夏過ぎました。
海の泥がいろんなゴミを含み、
結構悪臭を放っていたようです。

なによりホテルなんかが立ち並ぶ街の中心地、
地名で行ったら大渡町、大町、青葉通り、只越町あたりが
そんな状態なのは、
これから復興していくために人を呼ぶことを考えたらマイナスです。

どうせ取り壊されるんだから、
瓦礫とか掃除する必要ないじゃん、
がしゃーっと壊して瓦礫もろとも運び出しちゃえば!
って考え方もあるんですが、
だって8か月も経ってこの有り様なんだよ?
いつ解体されるのさ、こんなにまだたくさん解体待ちあるのに。
この姿晒したまま、いつまで時を止めておくのさ?って考え方もあります。

ということで、
ボランティアさんたちがその誰も手を付けない放置プレーな部分を
お掃除して歩いているといった状況です。


で、
到着した日、土曜の午後は、
リーダーをはじめ、これまでの入れ代わり立ち代わりのメンバーが
約3週間かけてお掃除してきた、
青葉通りに面したドコモショップの泥だし総仕上げ。

これまでは1階部分に滞った瓦礫や泥の撤去をしてきたそうですが、
ヘドロとかが天井や2階までこびりついて結構臭くてひどいので、
高圧洗浄かけて最終泥出しというわけです。

お掃除していたら住民が通りかかって
「毎日ご苦労さんだねー。」
なんて他人事みたいなこと言って通り過ぎていきます。
「私今日からのお手伝いなんですけど、前はどんな感じだったんですかぁ?」
「そりゃーもう、こーんなところまで瓦礫が積まさってて、すごい悪臭でさぁ。」
「そうですかー。」
「いやーきれいになった。すごいね。」
「よかったですね。」
みたいな世間話をしながら、
ガッシガッシと泥を外に流していきます。

3時半頃、綺麗になったドコモショップにブルーシートで覆いをかけてこの日の作業終了。

ちょうど斜め向かいにあるホテルサンルート釜石に部屋を取ってあったので、
チェックイン。

サンルートも1階部分はまだ工事中で、
2階の宴会場とかがあるフロアが臨時のフロントになってました。
暖房も故障していて使えないとのことで覚悟していったのですが、
ちょうど数日前から使えるようになったとのこと。

向かいのベイサイドホテルも1階はまだ閉鎖。
テナントのローソンはやってましたが、
しょっちゅう停電してるようでした。
この界隈の交差点は信号もまだ復旧していなくて、
日中はお巡りさんが交通整理しています。

さて、シャワーを浴びて、街の散策に出かけました。

ホテル出てすぐのところ、大潮で冠水してました。


こんな看板もちらほら。

地盤沈下してるんでしょうね。

先に紹介した辺りを歩いて、駅のほうへ。


甲子(かっし)川



暗くなってきたからホテルに戻って待機。
6時頃、リーダーから電話かかってきてみんなでご飯食べに行きました。
一人で経済活動・・とも思ったんですが、
今日来て単独行動も感じ悪いし、日曜日は開いてる店あんまりないとのことだったので

大渡町の工藤精肉店中央ビル食堂部にて、
カツカレーいただきました。
ここのフツウ盛りは一般の大盛りなんで、
女子にはキビシイと心配されましたがペロリと平らげちゃったんでみんなビックリ

そのあと、
電気水道ガスなしの被災民家を借りて寝泊まりしている男子は銭湯へ。
私はひとりで経済活動・・・と思って、
ホテルに置いてあった「復興飲食店マップ」を握りしめ、
街灯のない街を懐中電灯片手にうろうろしてみましたが、
やはり開いている店なくて、
ホテル向かいのローソンにて酒購入して戻りました。
地酒の浜千鳥の小瓶を…と思いましたが、
「浜千鳥は明日どこか飲食店で絶対飲む!」と心に決めて、
この日はエビス買っちゃいました

1日目終了です。







釜石から戻りました。その前に!先週の直送物資 

2011-11-16 23:56:11 | Life
釜石にてボランティア活動してまいりました。

その報告は長くなりそうなので、
とりあえず、
先週直送した物資、すでにご紹介したTシャツ以外のものををご紹介。


レターセットとかいろいろ。

便箋やら封筒やら、セットのもの残ってしまったバラバラのもの、
旅行に行ったり美術館に行ったりするたびになぜか買ってしまう絵葉書、
残っていた切手・・・・。

被災された方は親せきや友人にお手紙書きたくても、
こういったものを手に入れる余裕もないということなので、
ガシッと送らせていただきました。

新たに80円切手×10も買って同封しました。
募金箱に800円入れるってちょっと躊躇するけど、
切手800円分は躊躇なく買って送れるんだからなんだか不思議なものです。
どんなふうに使われるか明確だからかな。


毛糸。

まあなんで毎年毎年、懲りもせずに、
今年はカーディガンを、今年はベストを、と思いつき、
まとまった毛糸を買って、
半身だけ編んで春になるパターンを繰り返しているのでしょう?

まあそんな悪い癖も、
こうして被災地に送る物資の源となったわけですから、
見捨てたもんじゃあありません

編みかけた部分をほどいて、
巻き巻きして直送しました。
編み針も。
20年前に実家から持ってきたものですがね。

被災された方が暖かいものを編んでご自分で着られたり、
ご家族に編んであげたり、
もしかしたら売って少しでも生活の足しにしたりしていただけたらと思います。


バスタオルやタオルケット。

飼い主が見つからない、事情があって一緒に暮らせないワンコやニャンコを
保護している団体から、
中古のバスタオルやタオルケットの募集がありました。

マラソンの参加賞や、20年前に実家から持ってきたタオルなど、
使ってないものたくさんありましたので
これまたガシッと送らせていただきました。

これからもたくさん送るものあります。
もちろん募集がかかっているものです。
ごっそりTシャツ送ったあとにまた出てきたTシャツもあるし。

今度の日曜日、また物資直送に勤しみます

今朝、釜石から戻ってきたとき、
うちの近所に布団が捨ててありました。
丁寧に袋に入って、有料ごみの200円シール貼ってあって。
しばらく立ち止まって、
「結構きれいだし、被災地に送れそうだよなー」
って考えたんですが、
よその物だし持って帰るわけにもいかず諦めました。

みなさんが、きれいで使えそうなものを捨てる前に、
「被災地の人これ使えないかな?」って思ってくださるといいと思います。

特に寒い冬を乗り越えるために必要なもの。

どうぞみなさん、
ちょっと考えてみてください。
よろしくお願いします。

ようやく・・・

2011-11-12 08:39:51 | Life
昨日で震災から8ヵ月。
これまで、
なんとかして現地で活動したいと思い続けてました。

3月に職場のスタッフが一人減って休みが取りにくくなり、
それでもなんとか現地行きたくて、
休み取りやすくなるようにシステム変えて、
やっと軌道に乗り始めたのが6月。

さて行けるかと思ったら、
今度はまさかのバイト再開。

そして秋の試験ラッシュ。
震災前から今年はこれやると決めていたことは、
諦めずにやりとげることが大事と思ったので、
バイトで忙しくても頑張りました。

自分らしい復興支援ということで悩んで、
私といえば「走って飲んで食う!」ってことで、
3県のランニング大会に出て現地で経済活動という形を実行してきました。

最近は物資直送で大忙し。

そんなこんなの怒涛の8ヶ月、
ホントに現地にボランティアしに行くってことは常に思っていて、
ずっといろいろ調べてて、
でも、
個人のたった一人を受け入れてくれるところなかなかなくて・・・。

現地行ってからボランティアセンターで登録して、
マッチングで需要と供給が一致すれば活動する、
みたいなのだったら行けたんですけど、
長期で行けるわけじゃないし、
2~3日有休とって交通費払って行って登録したけど
ボランティア一杯いてマッチングに漏れて
結局活動できずに帰ってくる・・・みたいなリスクは避けたかったので。

で、まず見つけたのが
ボランティアバスで行くこと。

岩手県は盛岡やその他内陸の街から
毎日のように現地にボラバス出ていて、
日帰りでボランティアできるようになっていましたので、
それに乗っていくぞ!と何度も日程調整試みたのですが、
上記諸事情によりなかなか実現せず、
そのうちお盆を境にボラバスもほとんどでなくなってしまいました。

で、また、
事前登録で確実に活動できて、
独りの個人を受け入れてくれるボラセン探しをして、
気仙沼がそれをしているとわかり、
「やっぱ岩手出身だしほんとは岩手行きたいけど、
 気仙沼でがんばろうかな」
って思って、事前申し込み試みたんですけど、
その日はもう一杯です・・・みたいな。

そして11月。
もう一度各ボラセンのサイトみたり、
復興支援のサイトと見たりしていたら、
釜石に行けそうなことがわかり、
すぐに動きました。

職場やバイト先にわがまま聞いてもらい、
明日から3日間、行ってくることになりました。
ようやっと。

寒くなってボランティア少なくなっているようですが、
そしたら「私の出番ですか?」みたいな感じで
ひょっこり行ってきます。

職場のスタッフに
人足りないのに2日も休んでごめんね、といったら、
「いいんです、だいじょうぶです。
 先生みたいな人がいないと日本は良くならないんです。
 どんどん行っちゃって下さい!」
といわれました

なんかすごいもの背負わされたような気がしますが

まあ、個人的には、
年内に一度行っておかないと年越せないぐらいの感じだったので、
ご縁があって行かせて頂くことに感謝して、
微力でもお役に立てればいいなと思っております。



釜石と大槌の瓦礫ストラップ、届きました!

2011-11-06 11:57:26 | Life
あー、もう日曜のお昼になっちゃいますね。
やること満載で時間がなさすぎです

あれこれやり始めると他の事もどんどんやりたくなり、
ものすごい忙しくなって結局自分の首を締める羽目になる傾向のあるわたくし

忙しいと言いつつもどうしても焼き立てパンが食べたくなり、
昨夜から仕込んで先ほどブランチいたしました。


ご丁寧にかぼちゃのポタージュ付

パンはほんとは角食焼く予定だったのですが、
寒いせいかイーストに元気がなかったのか、
あんまり発酵が元気じゃなかったので、
丸くして焼きました。
おいしかったです。

ジャムは全部手作りで、
奥は自分で作った生姜のジャム、
真ん中は知人が作ったイチゴジャム、
手前はいつもお世話になってるソムリエさん手作りのルバーブジャム。


さて、元気が出たところで、
宅急便来ました。集荷じゃなくて配達。

先日注文した釜石と大槌の瓦礫でつくったストラップ。

これって、誰かの日々の営みだったものですよね。
どっかに運んで燃やすのもしょうがないけど、
こういう形になって残るのもいいですね。

販売しているのが遠野の観光協会なのでこんなのもいっしょに入ってました

遠野にマラソン大会あったかな・・・・

たくさんのTシャツ・・・・

2011-11-06 09:49:07 | Life
古着のTシャツで復興支援できるというので、
いままでマラソン走って参加賞でもらったTシャツを送ろうと思い立ち、
引っ張り出しましたら、袖を通したもの通してないもの合わせて、
なんと66着ありました。




そでを通したものは洗濯してたたんだりしていたんですが、
まあ、自分で走ったレースのこととかいろいろ思い出してきたりしたんで、
Tシャツの写真だけでもここに残しておこうかなと。

順不同で・・・・。


右は今年の北海道マラソン。
金かけてないですね~、参加料高い割に
左は私が自己最高記録を出した1998年の北海道マラソン。
3時間半ぐらいで走れてたんですよね・・・・


今年のいわて銀河マラソン50㎞に出たときの。
これは絶対着ない系です


これも絶対着ない系
千歳日航マラソン。
ほぼ毎年のように出ているのでたくさんあります。


人生2度目のフルマラソンだった1995ホノルルマラソン。
そして翌年の1996ホノルルマラソン。
初フルは11月に寒い地元のフル挑戦会で3時間55分くらいだったんですが、
1か月後に無謀にもホノルル走り、
時差とか暑さとか体調管理の仕方まだわからなかったので、4時間15分と撃沈だった95年。
リベンジ!と96年は夏に3本フル走り、
その年4本目のホノルルで3時間48分でした。


ボストンマラソンは97年、02年、03年と合計3回走りました。
あのワンウェイコースの醍醐味は忘れられません。
また走りたいなあ。


これは2001年にサンフランシスコで10キロ走った時のですが、
このレースで初めての大きな故障、疲労骨折を経験したのでした・・・・。


アメリカ・ニューハンプシャーでのトライアスロン(オリンピックディスタンス)。
秋の湖でのスイム、キツかったなあ。


そして人生初めてで最後のロング・ディスタンス、オロロントライアスロン。
この大会自体もう無くなっちゃいましたものね。
早いスイマーにボコボコにされ、クラゲと戦いながら泳いだことも、
のこり5キロでやんわりパンクして、ここでタイヤ交換したら関門間に合わない!と
パンクのまんま必死でこいだバイクも、
エイドでのんびり飲食している他のランナーを横目に、
50人抜き4時間半で走ったランも、
ほんとによい思い出です。


番外編。
うちの妹が中学の時に北海道に修学旅行した時の、私へのお土産Tシャツ。
すげー、まだこんなの持ってた(爆)

はい、この辺で止めときますか

いろいろ懐かしいのですが、
被災の皆さんは
もっとたくさんの懐かしいものを突然一気に失ったんだよなと思うと・・・・。
ね。

だいたい、震災なかったら
この先まだずっとこのTシャツたちは押入れの奥にしまわれていたわけですから、
日の目を見て懐かしんでもらえて、
しかも復興支援に役立つのですから
Tシャツたちも本望でしょう


発送準備完了!
あとは集荷を待つのみです。

休日ブランチ 冷凍庫の残り物で海鮮丼 そして復興支援活動

2011-11-03 11:58:30 | Life
久々におうちにいられる休日です。

とはいっても、夜はバイト入ってますが

休日のブランチ。

海鮮丼。
買い物行ってないので冷蔵庫に何にもない。
まだスーパー開いてないし。
ためしに冷凍庫開けたら数アイテム出てきましたので
テキトーに
もちろんウマイです


本日は朝6時からむくっと起きて、
洗濯機をまわしております。

ツイッターを通して知ったこちらの団体に
古着のTシャツを送るためです。

この20年のランナー生活で、たまりにたまった参加賞Tシャツなど、
着古したものから袋から出してもいないものまで、
数えてみたら50以上ありました

ずっとしまってたからなんだかカビ臭かったりするので
洗濯機まわしております。
普段のわたしの洗濯も合わせて5回転しました

乾いたらきれいにたたんで土曜日あたり、
ガシーっと送らせていただきます。

あとは、冬物衣料、小説や趣味の本など送るものたくさん。
ちゃんとマッチングして送りますよ。

いままであれこれ忙しくてできなかった復興支援、
本格始動です



ランニングで復興支援ももちろん続けます。

11月末には宮城県に行きます。
ハーフマラソン走って南三陸町に泊まる予定

あと、
来年のマラソン、もはや2つエントリーしました。

2月 いわきサンシャインマラソン
5月 仙台国際ハーフマラソン

仙台のほうは希望者多数の場合は締め切り後抽選ということなので、
行けるかどうかまだわかりませんが



ショッピングもしています。

本日ようやっと、
釜石と大槌の瓦礫ストラップを発注しました。
どんなのが来るか楽しみです。

あと、結構前ですが、
自立支援プロジェクトのお店にも行ってきました。
常設ではないのでどこに出店しているか情報見て行くか、ネットで買うかなんですが、
やっぱ手に取ってみたいので。
思ったよりたくさんの商品が並んでいて、
作った被災者さんのメッセージが書いてあったりして、
目移りしてしまい、
すごい大人買いしてしまいそうだったんですが
時間もなかったのでとりあえずこれだけ買っておきました。

NBC(なまら・物資・直送)作戦本部の缶バッジ

やること満載。
ちゃきちゃきと
思いついたことを実行するのみです。




復興支援~なまら物資直送とかマラソンで経済活動とか。

2011-10-11 22:14:43 | Life
いつも書いてるんですが、
私の周りって復興支援とか興味ない人のほうが多くて、
「よくやるね~」「東北出身だから一生懸命なんだね」「やめな、からだ壊すよ」
とかあっさり言ってくれちゃう人9割。
バイト先の店主とか行きつけの日本酒バーに集まる人たちなんかが、
私がやろうとしてしていることを理解してくれる。

なんか、道産子冷たいなーとか思ってたんです。

が、

遅ればせながら、昨日、
NBC作戦本舗という活動を知るに至りました。

NBC「なまら物資直送」作戦だそうです。

え~!
こんな人達いたんだ~。
かっこいい!

こことコンタクト取れば物資を送る先を教えてくれるみたいです。

あと、
被災地の人たちが作った小物を売って
現地の人にお金が落ちるようにしているみたいです。
缶バッチとヘンプネックレス買おうかな。

そういえば別件で、
釜石と大槌の瓦礫で作ったストラップも買おうと思ってて忘れてた



NBC作戦本舗を知る前に、
自分で物資送ろうと思って、
ボランティアプラットフォームというのに登録していました。
でもバタバタ忙しくて、
何をいくつ送れるという具体的なことをまとめられずにいました。

昨日連休だったので、衣替えをきっかけにすこし物資リストつくりはじめました。

で、
とりあえずてっとり早く送れる手芸用品から。


4~5年前に刺繍にはまりかけて糸を買いだめしていたものを送ることにしました。

このプラットフォームはとても画期的で、
「物資募集」のところに、
「被災者がミサンガ作るのに刺繍糸譲ってください」との投稿があって、
その投稿ページのコメント欄から、
希望のものを送りたい旨のコメント入れます。

むこうがそれを受け入れる受け入れないを決めたら私にメールが来ます。
そのメールから投稿者の住所が書かれたページにアクセスする、みたいな流れ。

なんかうれしい。
現地の人とコミュニケーションとって彼らが必要なものを直送するの。
なかなか現地に行けなくてイライラしていたので、
よかったです。

本とかの娯楽用品、冬服など、まだまだお手伝いできそうです。
いろいろ募集投稿をみていると、
現地ではヒーターやミシン、パソコンなどが需要高いみたいです。
どなたか供給できそうな方いましたら、
このプラトットフォームを利用してみてください
または私に連絡してくれたら、
わたしが仲介します



さて、
私がはじめに着手した復興支援は
「3県でマラソン走る、行ってお金を使って現地の経済にちょっとでも貢献する」ことでした。

6月には岩手で50キロ
その後は突然のバイト再開や
北海道マラソンのためのテーパリングなどで中断していましたが、
先週ようやっと第2弾の仙台でのトレイルランニング

今後は、
10月末に福島でハーフ、
11月末に宮城でハーフと、
まあ、だいたい月に1回は現地に行って走る予定です。

その合間にがれき撤去などのボランティアにも行きたいんですけどね・・・。

こんだけ出かけていたらほんとにお金がかかります。
現地でお金をパーッとつかうことが目的の一つなので、
ほんとにお金がパーッと無くなります。
生活が蝕まれないよう、
バイト代は復興支援、本職の給料は今まで通り生活その他もろもろのため、と
分けるようにしています。

この時期にバイト再開になったことも
神様が仕組んだのではないかと思っちゃいます。
長いスパンで支援するにはこっちにもお金が必要で、
そのためにはバイト代貴重です。
支援のためだと思ったら疲れていても頑張れますし。

あー。

お金で思い出しました。

吉川晃司もそうですが、
芸人の江頭2:50も被災地に物資届けてたって話題になってましたよね。

あの件についてエガちゃんが語ってる番組を、
最近になってようつべで見たのですが、
「他のタレントさんはお金たくさん寄付できるけど、
 僕はできないから体を張ったまでです。」
みたいなこと言ってました。

地震の数日後に
放射能飛散が懸念されるいわき市の老人施設に水やおむつを届けたそうです。
薄手のジャージで。
迎えた施設の人は放射能を避けるためカッパみたいなの着ていたけど、
エガちゃんは、
「こっちがカッパとか着てたら失礼でしょ。」って。
なんか男気があるというか、人情があるというか・・・・。
吉川晃司も「人情の上に来るものなんてあんの!?」とか言ってましたが、
ほんと頭が下がります。

エガちゃんがトラック借りて物資を調達しようと思ったけど
東京は買占めとかで物がなくなってて、
なかなか集められなかったそうです。
でもコストコの一番偉い人に電話したら
「あるよ。必要なものもっていきな」って言ってくれたそうで。

そのコストコの一番偉い人って、
わたしたぶん話したことある人です。
カナダ人なんですが、
一度バーでたまたま横に座ってて、
英語で夜中2時まで復興支援について語りました

外人みんな日本からいなくなってたし、
日本人とでもこんなに熱く復興について語ったことなかったので、
この人はすごいなーって思いましたもの。





エガちゃんが行ったのはいわき市ですが、
私もそのいわき市とご縁ができそうな・・・

毎年恒例の「東京マラソンエントリー」ですが、
今日抽選結果のメールが来ていて・・・・

「落選」でしたー

でも実はもうワンチャンスあって、
今月末の福島のハーフマラソンで、
東京マラソンの出場権もらえるかも知れない抽選会があるのです

それでもダメなら、
同じ2月にいわき市でマラソンあるので、
そっち出ようかと思います。

こう宣言しちゃうと、
神様がわたしに復興支援させるために
裏で手をまわしそうですが

まあ、
それが流れなら気持ちよく流れに乗って、
今求められて自分にできることを精一杯やるのみです

だれか言ってたな。
「今できること、それは思いついたことすべて。」

がんばってますイタリアワイン(汗) そして 復興への狼煙

2011-09-24 12:35:51 | Life
もうね、覚えること多すぎです、イタリアワイン。

連休は、
昼間勉強、夜テイスティング。
でもバイトも入ってます(汗)。

そんななか、届きました。

焼酎アドヴァイザー、合格です。

よかったよかった。

そして、

イタリアワインの受験票。

いままでよくわかってなかったのですが、
筆記は選択式で31問、45分。
テイスティングは6アイテム、
品種4点、州名3点、原産地呼称2点、ヴィンテージ1点で1アイテム10点満点、
選択式ではなく、
ヴィンテージ以外はイタリア語で書かなければなりません(汗)。

ん~。
イタリア語ちょっと勉強しといてよかった。

それにしてもやること満載です。



昨日は、バイト休みだったんですが、
なんだか疲れちゃって寝てしまったし。
昨日の昼間、たくさん泣いちゃって、
泣いたあとって疲れるじゃないですか。
もう爆睡です。

なんで泣いたかというと、
「復興の狼煙、ポスタープロジェクト」
今、札幌駅の構内で展示されています。
人目をはばからず、
大粒の涙をボロボロ落としながら見てしまいました。
立ち止まって見ている人、
わたししかいませんでしたけどね。

なかなか被災地ボラに行けないんですけど、
今すぐできること、また見つけました。

うち、余った毛糸かいっぱいあるんですが、
被災地で手芸用品とか、そういう、ちょっとした物の物資支援が必要みたいで、
そういう需要と供給をちゃんとマッチングしてくれる組織に登録しました。
これから冬物衣料とかも必要になるしね。

必要なものをちゃんと届けてくれる人たちがいてくれて助かります。

さて、さっさとイタリアワインの勉強終わらせて、
被災地のために動ける時間を作りましょう。