羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

予期せぬ出来事

2005年07月31日 | Weblog
相談所から帰って、数日後のこと。
定期検診に行っていた長女から連絡がありました。

検査結果の数値に異常がある。
『まさか・・・』と思っていたことが突然に目の前に現れた感じ。
それは4年前に移植したわたしの腎臓への拒絶反応でした。

彼女の病気が分ってから10年近く、
その進行を遅らせるためにあらゆる努力をしてきたと思います。
最終的には移植、という手段があり、その成功にわたしたちは
大きな期待と希望を抱いていました。

血液型の違う移植だったにも関わらず手術は成功し
その後、ドキッとする事はあったものの、どうにか順調に来た、
もう安心かもしれない、と思っていたのです。

娘はいつも言っていました。
「あの透析生活には死んでも戻りたくない」

けれど、その最悪の事態が今、目の前に迫っていました。
その日、女子医大にはベッドの空きがなく、
埼玉の病院に、娘は緊急入院をしました。
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連鎖のように、、。

2005年07月28日 | Weblog
わたしたち夫婦の話し合い(喧嘩)と、二月、という意思表示の
間に、、、。
夫の父親が、肺の病気になり入院しました。
つづいて義姉が、癌の転移で入院。
今年のお正月は心配ごとの連続。

そしてわたしは左肩の痛みに悩まされていました。
いつも頭痛の前にはひどい肩こりになるのですが、
その状態が悪化して治らなくなってしまったのです。
朝、起き上がるときが一番辛く、首が動かせなくて頭も重いので、
痛み止めを飲み、整体に通いながらバイトに行く毎日でした。

ようやく舅も、姉も、退院のメドがたち、
わたしもよくなり始めた頃、
予約してあった『離婚相談所』へと行きました。

ここでの体験と驚きや怒りは、きっと一生、忘れないと思います。
とにかく、一方的に屈辱的な言葉を連発されました。
少しでも反論しようとすれば
『なにを開き直ってるのよ』と一喝される始末。

自尊心はズタズタにされ、その日は泣きはらした目を隠すのに苦労しました。

あれから半年以上経った今いえること、
・自分でも《甘いかな》と、少しでも思うところがあるのなら
 お金を出してまで専門家に相談してはいけない

けれどこの体験のおかげで、
わたしは今、相談に乗ってくれる大切な友を得たし、
そのとき何も書けなくなり立ち直れなくなっていたわたしを
支えてくれたのはやはり今の恋人でした。
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空洞

2005年07月27日 | Weblog
『二月までに何か結論をださなくてはいけない』
自分で言い出したことだから、一生懸命に考えました。
でも、いくら心の中を覗きこんでも分らないのです。

わかっていること。
・恋をしていない時の耐えがたいような空洞と寂しさ。
・それを夫が分っていて、対象が自分ではないことも分っていて、
 悲しんでいること。

夫はわたしのために変わってくれたのに、
わたしは何故かどうしても夫の望むような『恋人みたいな夫婦』になれない。
離婚、という選択肢は不安と同時に
未知の自由への憧れも含むものです。

この家で、携帯やパソコンや日記や手帳は勝手に読まれるかもしれないし、
いつでも詮索や疑惑の不穏な空気がありました。
さらに同居しているわたしの母親は、常にわたしの行動を把握したがります。
心配や世間体や常識で、娘としてのわたしを何十年も見てきたのです。
そこから逃げたい、と思うことは何度もありました。

夫と母親と、子ども達から離れて、ひとり暮らしをすることができたら、、。
どんなに寂しくても、選択したことならできるのではないか・・・。

けれどそれはほとんど不可能に思えるのでした。
わたしは体力に自信がないし、従って経済力もゼロ。
すこしずつバイト代から貯金していたお金も、家のローン繰り上げ返済の
手続きのときに消えました。

ぐるぐると考えていてもわからないことばかり。
そこでわたしは、ある相談所に予約をしました。
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『自覚』と『覚悟』

2005年07月26日 | Weblog
「家庭外で、もしも誰かを好きになりその恋を見つめて行くのなら
何が起きてもきちんと受けとめよう」とわたしは漠然と思っていたけれど
それはいつも、
ふわふわと柔らかな『覚悟』みたいな気がします。

どんなことが起きるか少しは予測していても
ちょっとした事態に直面するたびに、
小さな物音に飛びあがる猫みたいにビックリし
泣いて、落ち込んで、、、、。
それから、『そうだ!』と自分の頼りない『覚悟』を思い出して
『書く』ことによって気持ちの整理をし、
どうにかまた日常に戻って行く。

その繰り返し。
自分の書いたものを読み返しながら
元気をひきだして行く。

そのページのタイトルはいつも『難題』でした。
でも、今年二月のわたしの誕生日からは別のファイルにしました。
そのタイトルは『新しいわたしへ』。

昨年の初冬に夫婦喧嘩をしたとき、わたしはこう言ったのです。
「わたしの誕生日までには考えをまとめるから待ってほしい」

男がいる事は知ってるんだぞ、と夫に言われて返した言葉でした。
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震度

2005年07月23日 | Weblog
あれは昨年の11月頃だったと思います。
ほんのささいなことで、夫と口論になりました。

それからこの春までは『激震』といってもよい時期だったと
思います。
それを書くことに躊躇っています。

これまでの出来事や、些細な日常は書けても、
直面している現実を書くのは難しい。

客観的な視点にたつ必要もないのだけれど、
あまりにそのままを書く意味があるのかどうか・・・。

何となくそんなことを考えています。

恋してることならいくらでも書ける、
それなのにシビアな現状や自分の立場や弱点は、
なかなか書けない、正直になるのは難しい、という
ことでしょうか。
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『離婚』という言葉

2005年07月22日 | Weblog
もしも、夫婦の間で一度でも『離婚』という言葉が出たなら
そのあともずっと、それは二人の間に残り続けるような気がします。

ちょっとした不満がきっかけで、小さな口喧嘩をする度、
その言葉がちらついてどちらかが言い出したり、あえて言わなかったり、、。

だから『離婚』に直面したことのある夫婦は、
再構築するためにはかなり真剣にもう一度向き合うことが
必要なのだと思います。
適当に流しておけば必ず再沸騰するのだから・・・。
それとも曖昧なままで互いに気をつかいながら生活していくことも
可能なのでしょうか。

わたしたち夫婦の話し合いの中でその言葉が最初に出たのは
いつだったかしら。
Aとの一件の時だったようでもあるし、もっと前だったような気もします。
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タイトル変更しました

2005年07月20日 | Weblog
思いつきでタイトルをつけてから三ヶ月。
どうもピンとこないまま『ま、いいか』と思ったり
『やっぱりちょっと、、』と思ったりしてきました。

とりあえずこんな感じに変更してみて・・。
また変えたくなったら変えることにします。
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ねぇ、ムーミン。

2005年07月18日 | Weblog
後楽園にあるムーミンズカフェに行って来ました。
やっぱり、スナフキン。
カッコイイですよね。
ニョロニョロのトングもグッドアイデアです。
迷ったけどランチは注文しないで、パンを買って
外の椅子で食べました。
シフォンケーキも美味しくて満足でした。

ちなみに、同行者は、車を運転してくれる夫と、
ムーミンパパの好きな、次女です。
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早坂類さん

2005年07月17日 | Weblog

昨日、娘と青山に行って来ました。
長女は短歌にはちょっと詳しくて、、早坂類さんという歌人を知ったきっかけも
娘でした。早坂さんは詩も書かれる方で、ミッドナイトプレスの掲示板で
詩の会があることを知りました。

伊津野重美さん、という美しい女性の朗読で構成されていて、
タイトルは『花は自ずから紅なり』。
サブタイトルの「わたしたちは辿りつくために深い迷路に入ることがある」という
言葉にもすごくインパクトを感じました。

舞台は独特の雰囲気で、言葉に与えられた表情の変化がとても魅力的でした。

きっとひとはみんな、それぞれの迷路の前で
途方に暮れていたり、どうにか歩き始めてみたり
しているのでしょうね。

イベントが終了して娘と外に出たら、あたりはすっかり暗くなっていて
月も雲に隠れてボンヤリしていました。
でも今夜の月は光り輝いて見えます。
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中島みゆきさん

2005年07月16日 | Weblog
好きな歌手を1人あげるとしたら、やっぱり彼女。
その歌詞が好きです。

『君を映す鏡の中 君を誉める歌はなくても
僕は誉める 君の知らぬ君についていくつでも

あのささやかな人生を良くは言わぬ人もあるだろう
あのささやかな人生を無駄となじる人もあるだろう
でも僕は誉める 君の知らぬ君についていくつでも

瞬きひとつのあいだの一生
僕たちはみんな一瞬の星
瞬きもせずに
息をすることさえ惜しむかのように求めあう』

【瞬きもせず】という歌です。

この歌を聴くたび、わたしは恋人のことを思うのです。
ひとはそれぞれにいろんなことがあり、失敗もしたし試行錯誤もして来た、
そして中年、と呼ばれる年齢にまでなってなお、漠然とした不安を
抱えているとき。
そんな自分の存在を、まるごと受け入れようとしてくれる人に出会えたら、、。
「そのままでいいよ」と言ってくれる人に出会えたら、、。
その安心感は、想像以上のものでした。

そのひとを想い、そのひとからの想いも感じることができる。
わたしは、この年齢になって初めての発見のように
少し驚きながらも、静かな喜びに、満たされていました。
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