羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

絵とランチ

2014年06月30日 | Weblog
挙式後初めて、次女と八王子で待ち合わせた。
水色の日産モコが雨のなかで待っている。
ナビに「八王子富士美術館」といれて江戸絵画を観にいった。



お目当ては初公開の若冲の「象図」。
真正面を向いた象の迫力と漂うユーモア。
館内はとても広く、混雑もなく、ゆっくりと心ゆくまで象と対面した。
娘は応挙や蕭白(しょうはく)の絵画にも関心があるらしく説明を聞く。

お昼はわたしが調べておいたお店、バーセルへ。
どうにか車を駐車して店内に入るとやはり人気店らしく混んでいる。
しかもどうやってランチをいただけるのかシステムがわからない。
ようやくまず席を確保して「予約」の札をおきそれから注文の列に並ぶ、
ということがわかって、どうにか席をとりランチプレートにありついた。

                      

デリ8種、ミニジュース、スープ、ドリンク、パン盛り合わせ。
このセットが千円!デリはお任せなのでまず「嫌いなものはありませんか」と聞いてくれる。
食べきれないカゴ盛りのパンもとてもおいしく、ケーキも食べたかったがもうムリだった。
ケーキ店なので次回はデザートタイムにも行きたいよねと話す。

結婚式の朝の話や当日の話をし、写真を見て楽しい時間を過ごした。
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セロ弾きのゴーシュ

2014年06月18日 | Weblog
チェロ。
音楽にはまったく疎いわたしがこの楽器を知ったのは
大好きな絵本画家の伊勢英子さんのおかげである。
画家であり作家でありチェリストでもある。

そして数年前、岩手の宮沢賢治記念館で聞いた藤原真理さんの「トロイメライ」。

今回はじめて藤原さんのコンサートに行くことができた。
三月だったと思うけど、このコンサートがあることを知って、
チケット発売日にすぐ電話をして一番前の席をゲットした。
 


大河ドラマ「八重の桜」のテーマ曲、サンサーンスの白鳥、もちろんトロイメライ。
伊勢さんのエッセイで知っていた「カザルス」の話もでた。
藤原さんの話は超初心者のわたしにもとてもわかりやすいものだった。

後半はオペラ歌手の方も迎えて、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」。
アンコールに「星めぐりの歌」も聞かせていただいた。

ずっしりと胸に響くチェロの重低音と海原のような演奏。


最近、すこし元気がなかった。
母舟(ははふね)は末っ子が降りてからちょっとかしいでいます、と息子へのメールで呟いた。
おもりがなくなってバランスを崩しそうで、ゆうらりと沈みそうな気持ちがする時もあります、
でも案外穏やかに波間を眺めていることもあるので、だいじょうぶでしょう、と。

チェロはこのこころの合間をぬって静かに深く流れていった。

息子は週末に庭仕事をしにきてくれる。
(いざとなったら灯台の役目もしてくれる?らしい・・のでせいぜい頼りにしようと思う)
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夕方の散歩

2014年06月15日 | Weblog
すこし頭痛がするし、このところ忙しかった気もするので、
今日は「休養日」としてBSで録画しておいた拓郎さんをしみじみ観ていた。

夕方になり窓から気持ちの良い風が入ってくる。
風を感じたとたん「夕暮れ散歩に行こう」と立ち上がった。
川沿いにとことこ歩いて行く。
ふとみると紫陽花がキラリと光っていてそこには夕陽が真っ直ぐ当たっているのだった。

畑のおじさんがそろそろ店じまいをしようとしていたところで
赤大根を買う。
「甘酢漬けもいいけどマヨネーズもうまいよ」と笑顔。

犬の散歩にたくさん出会ってうれしい。
猫はいないのかなーと諦めかけていた帰り道、とん、と塀から飛び下りた細いネコさんにあった。
思わず声をかけながら近寄ると明らかに相手は「不審な」顔をしている。
「あやしい者じゃありません」と言いたいところ。

猫にはさわれなかった。
「脱走した猫探してます」の貼り紙は何枚も見た。

いま本はハルノ宵子さんの「それでも猫は出かけていく」。
ハルノさんはエッセイストで漫画家。妹は作家のよしもとばななさん。
お父さんは詩人で思想家の吉本隆明氏で、大の猫好きだった。
フランシス子という名の猫と一緒の写真をわたしも覚えている。

猫がほしい。猫といっしょの暮らしがまたしたい。
でもやっぱり何かと大変だし、駿のことは忘れられない。
だから猫の本が大好き。長女は町田康さんの「猫のよびごえ」を貸してくれた。
図書館には有川浩さんの「旅猫リポート」を予約してある。
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Yの箱

2014年06月10日 | Weblog
世田谷文学館に「茨木のり子展」を観に行ってきた。
「倚りかからず」という詩が朝日紙の天声人語で紹介されて
話題になったことは記憶に新しいが、
わたしが茨木さんの詩と初めて出会ったのは中学生くらいの頃だったと思う。

「わたしが一番きれいだったとき」という詩だった。その一部分。

わたしが一番きれいだったとき
街はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした                                                                    
  ・
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった


こういうふうに静かに反戦をうたうことは、より強く訴える力を持つものだと知った。。
「現代詩の長女」という賛辞はぴったりだと思っていた。

「自分の感受性くらい自分で守れ ばかものよ」という詩句にドッキリしたこともあったけれど、
今回の展示で出会ったのは「Yの箱」。
それは先に亡くなった夫Y氏への切ない気持ちを書き溜めた詩やメモの入った箱だった。
没後、書斎で発見される。
「Y]と箱の表面に書かれている。

夫妻には子供はいなかった。
彼女と彼女の詩にとって、長年寄り添った彼の存在がとても大きく、支えだったのだということが
とてもよくわかる。
茨木のり子という詩人は写真や作品からキリッとした女性というイメージだったが、
またべつの一面を見たようで親近感をもった。
これらの作品について「一種のラブレターのようなものなので、生きているうちに世に出すのは
ちょっと照れくさい」と生前語っていたそうだ。


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アルバム

2014年06月09日 | Weblog
娘の結婚式に「成長アルバム」を作って贈った。
うちは三番目の彼女の写真がいちばん多い。
うえの年子の二人から6年たって授かった子だったので、
余裕をもって育児を楽しんだ。
友達からカワイイ服のお下がりが次々にきたので
「着せ替え人形」状態?でたくさん写真を撮った。

写真を撮るのが好き。そして安上がりの旅をたくさんしたので、
アルバムは50冊くらいある。
旅のアルバムはのぞき誕生から順にぴりぴりとシートを剥がして
チョイスしてA4の用紙に貼る。
数枚できたらそれをコンビニでカラーコピーする。

またアルバムに戻す。というくり返しの家庭内作業。

それはそれは楽しいながら大変な作業だった。

でも長女のとき作っているのを次女が「いいなー」と羨ましがってみていたので
今回もがんばった。

食事会で渡し、彼と仲良く眺めてうれしそうだったので、苦労して作って良かった。

今はデジカメだし、フォトブックがパソコンでも店頭でも簡単にきれいに作れる。
結婚式の写真をまとめるのは楽しい作業になりそうだ。
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六月の花嫁

2014年06月07日 | Weblog
六月の花嫁。今日の目黒雅叙園には二十組もの挙式があったそうだ。
一ヶ月ぶりに会う娘はアトピーも治まり清楚な美しい花嫁さんだった。

身内だけの式なので学校行事で着たような服でいいからね、と言われていた。
彼のお母様も着物ではない、というのでシンプルでいいのかな、と
(ここだけの話だがバーゲンで)モノトーンのワンピースを買っておいた。
襟元にコサージュ。

バーガンディとボルドーのラナンキュラス&紫陽花というこのコサージュを見つけたとき「やった!」と思った。
いちばん好きな色。このコサージュを同系色のワインカラーのストールにとめた。
ラナンキュラスはきんぽうげ科の花。そして紫陽花の白い花びらがこの季節にぴったりだ。

昨夜、娘のメールには「ベールダウンをお願いします」とあった。
そういえばそんなことを言っていたと検索してみると花嫁の母の役割で、
バージンロードを歩き始める前に花嫁のベールを下げる。
検索するとここで見つめ合った母娘が泣いてしまう場合が多いらしく、
そんなエピソードを読んだだけでもうるっときてしまう。
いろんなことがあったもんね。というわけでシッカリ、ハンカチとティッシュをバッグに入れた。

結果的には落ち着いて泣かずにすんだ。
とにかく無事にこの日を迎えられたことへの安心感が大きく「良かったね」という気持ちでいっぱい。
彼のスピーチが素晴らしく、
そういえばもう七年も経ったのかと思った。
学生の頃からのつきあい。その頃からの感謝の気持ち言葉にしてくれた。

そしてわたしは、先月末に亡くなった叔母の形見の指輪をしていった。
帰りには新婚夫婦も叔母の遺影に挨拶に寄ることができた。
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その歌が好きだった

2014年06月05日 | Weblog
好きな女優、南果歩さんと好きな作家、絵國香織さんが仲良しだと知って
うれしかった。昨夜からテレビで「聴いてきた音楽」の対談をしている。
今夜は二回目。録画した。

果歩さんは「伽耶子のために」の初々しい少女をイメージそのままに体現してくれた。
大切に読んでいたあの小説が小栗康平監督と果歩さんによって素晴らしい映画となったのは
もう何年前のことだろう。

そういえば今、「安井かずみがいた時代」という本を読んでいる。

その歌手をとりたてて好きではないけれどその歌は好きだったとか、
不思議と印象に残ってるという作品がある。
「よろしく哀愁」とか、、、、。
それの多くは安井かずみの作詞によるものだったということがわかった。

「聴いてきた音楽」というのはそのひとの生き方や感性にふかく関わるものらしい。

安井かずみ、まだ読み終えていないけれど、時代の最先端を走っていった女性だった。
1966年、大富豪の御曹司と最初の結婚。
驚いたことにそのときの立会人は「画家のバルテュス夫妻であった」という。
彼のイタリアでの身元引受人だったそうだ。

バルテュス!すごいタイミングで登場。
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