羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

過ぎていく日々

2016年06月28日 | Weblog
日記や手帳に書きとめる。忘れないように、日々のあれこれ。
思い悩むときはパソコンをあけてじぶんだけのページに綴ってみる。
このワードはもう何年も書き続けているがごくたまにしか開かない。
そしてあまりに個人的なのでパスワードによって閉じられている。
わたしの部屋には鍵がかかっている。
パソコンもロックされている。ふとパソコンがあいてもワードの中にその頁を見つけることは
きっと難しい。

思い悩んだとき「大丈夫、わたしは一人じゃない」と書いていた。
じぶんで書いたその言葉が前へと向いて「そうだ、こどもたちに相談しよう」と思った。

三人の子どもたちとのグループラインに書き込んだ。
やさしく力強く真剣に考えてくれた。

そういう六月が過ぎようとしている。
今日、久しぶりにツイッターを開いた。
こんなツイート。
「前回のツイートから二ヶ月。不安の五月を越え揺れる六月が過ぎ、雨模様の七月を迎えようとしている。
理不尽への苦い悲しみがなだめられ娘は再びがんばろうとしている。そしてまたわたしも娘として、
衰弱していく母を病院に見舞う。そういう日々」
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青もみじ

2016年06月11日 | Weblog


京都はギリギリまで迷っていた。
迷って母の妹に電話をした。叔母は「あなたは今までずっと一人で介護をしてきてくれたのだから
明日はわたしが面会に行くわ。だから大丈夫、行ってらっしゃい」と言ってくれた。

膝が痛いと言っていた叔母が来てくれることになったのでお願いすることにして
次女と待ち合わせて新幹線に乗った。

上の写真は醍醐寺。ここの雨月茶屋で美味しいお昼をいただき、東福寺へ。



ここも青もみじが素晴らしく庭園の美しさにうっとりした。

京都在住で前に京都を案内していただいた雫さんから「ご予定は?」と
うれしいメールもいただいた。
前に彼女に教えていただいた「京都の寺の血天井」に次女は興味津々。
今回は養源院へと行ってみた。

鴨川沿いの「kawacafe」(カワカフェ)の川床席で風にふかれて寛いだ。
宿は町屋をリノベーションした「ふしぞめ庵」という一軒家を二人じめ。
二泊目はすこし移動して「花ホテル」のレディースルームへ。

予約して行った苔寺の雨上がりの庭は素晴らしかった。


これは嵐山での一枚。
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いつもどこかで

2016年06月02日 | Weblog
先月入院した母は火曜日に別の病院に移送された。
突然の電話、というのはいつでもこわい。
母がいたグループホームに荷物を取りに行く。
前の病院に手続きに行く。
書類をそろえる。銀行に行く。
買い物をしてすべてに母の名前を書く。
パジャマのズボンのゴムはゆるく入れ替える。
洗濯せんたく。

それでも母は案外シッカリしている。
シッカリとわたしの顔を見る。
ほんのすこし会話もできる。
「またくるからね」バイバイと手を振るとちゃんと振り返す。

こういう日々、ちょっとうれしい出来事もあった。
5月29日の朝日新聞に友人の記事が掲載された。
「組み体操 二人組みもリスク」
友人の息子さんの体操事故は二年経った今も納得できるような解決をみていない。
中学生になった息子さんはつらい後遺症に苦しんでいる。
友人は仕事を辞めて病院に付き添い解明を求めて奔走した。
わたしはただ聞き、がんばれと言うしかなかった。
ようやくマスコミが取り上げてくれたので小さな一歩。
ここにくるまでの彼女の怒り、悲しみ、悔しさを思うと、
小さな記事だけどとても重いと感じる。
まだまだ訴訟へとむけて闘いは続いている。

いつもどこかで誰かががんばっている。

週末、前から予定していた次女との京都旅。
兄が行っておいで、と言ってくれたのでたぶん行ってきます。
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