羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

出来ることから

2005年09月28日 | Weblog
そう、わたしもまりさんと同じことを今日、考えてました。
きっと恵まれていたのだと、、。
甘やかされて育ち、とりたてて渇望するものもなく、
意識せずに歩いてきたからなのだと、、。
身近にあると見えないものって確かにあるしね。


わたしの家庭は裕福ではなかったし、
出来の悪いわたしは、劣等感も持っていたけれど、
面白い家族だったことは間違いないと思う。


幸せの物差しはみんなが違う。
意識せずにこんな年齢になってしまったけれど、
いまは残りの人生設計を思い巡らす時間。

コンテスト、中途で夫婦の会話が途切れて放棄しそうに
なってたけどやっぱり応募しようっと。
せっかく夫が写真を何枚も撮ったのだから、
もう一度夫に話をしてみることにします。
人生後半、夫もわたしも輝いていられる理想に向かって
とにかく書いてみようと思います。


出来るかもしれないことは、やってみたほうがいいに決まってる。
それは途を見つけることに繋がるかもしれないから、、。
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ファイト

2005年09月27日 | Weblog
生きることに前向きじゃないと、きっと人生はつまらないし
もったいない。
『幸せになりたい』という強い意思がなければ、たぶん幸せには
なれない。自分を肯定し、自分を引き受け、自分を大切にしないと
道は見えないと思う。
『わたしはわたしだから』という開き直りにも似た気持ちは
いつからここにあるのだろう。
それはそれでいいと思ってきたけれど、
閉ざされた出入り口みたいにはならないようにしよう。
自分を大切にできない人間はきっと愛することが苦手だ。



わたしは真剣に愛し愛されたい、と願ったことがかつては
あったのだろうか。
幸せになりたい、と夢見たことはあったのだろうか。
いつでも受け身だった気がするのは何故だろう。
それは遠い空から降ってくるもので、身近なものではないと
どうして感じていたのだろう。
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コンテスト

2005年09月25日 | Weblog
「あなたの人生後半を輝かせるシーンは?」という
新聞広告が目にとまり切り取っておきました。

写真とエッセイの公募でした。

夫が写真に興味を持つようになってカメラをローンで
買ってから、こうしたコンテストや写真教室の記事を
たまにさり気なく伝えて来ました。
もちろん、興味を深めて楽しんで欲しいし、
視野と世界を広げるのはいいことだと思うのです。

でも、夫はなかなか話にのってはくれず、
本を読み独学でマイペースを続けて来ました。

ところが今回だけは乗り気になってくれたのです。
「わたしもイメージを描いたからあなたも考えてみて」
と話しておいたのが良かったのかもしれません。


わたしたちの老後、人生後半のシーンは、
夫が望んでいるような『田舎暮らし』のイメージで
夫婦が一致しました。
どこか(高原や川がある所)でのんびり本を読んでいるわたし
を構図にしたいらしく、遠出は出来ないので、
郷土の森、という公園まで車で行って撮影してきました。


今日は薬も飲まずにわりあい元気だったので
ラッキーでした。
写真はこれから選び、エッセイはわたしが書いて
応募することにします。
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かかりつけの先生

2005年09月24日 | Weblog
まりさん、いつも元気づけてくれてありがとう。
もう、昨日の夜は、
「明日は頭が痛くなりませんように」とお祈りしたい
気分でした。
でも、今朝も目が覚めたときから肩凝りがひどく、、。
気がついた夫が軽くマッサージしてくれました。


そして近所の医院へ行き先生に(女性)
「あらー、久しぶりねー」と言っていただいて
1年ぶりくらいの再会。混んでいないのをいいことに
頭痛の話、更年期の話、有名になった女子医大の先生の
話など、してきました。
先生とはもう、20年来のお付き合いです。

長男が夜に腹痛を起こしたときも、
長女が喘息の発作を起こしたときも、
次女が熱を出したときも、
そう、そして小学生になった長女にネフローゼの疑いが
あるからすぐに大学病院に行くように、
と指示してくれたのも先生でした。
わたしの投稿文が新聞に載ると、「読んだわよ」と笑顔で
言ってくれました。


先生にも頭痛があり、薬の使い分けを教えていただきました。
処方箋を書いて貰ったものの、やはりレルパックスは特殊な薬で
近所の薬局にはなく、とりあえず先生の言葉に従って
軽い鎮痛剤のボルタレンだけを服用しました。

あとは我慢です。
今日は本郷へ墓参りに行くだけなので、
静かにしていれば我慢できそうでした。
夫の運転する車の助手席で、食べたり眠ったりしていました。
(頭痛になるときはお腹がすく)
そして、渋滞に巻き込まれながらも夕方には無事、帰宅。
帰宅後は30分ほど横になり、とうとう今日はひどい頭痛を
避けることができました。嬉しいです。


確かに気圧の変化にも弱いですね。
いまは夫が本当にがらりと変わって頭痛時に労わってくれるので
ものすごく助かっています。


ぐずぐず夫婦喧嘩をして「もう、1人でやっていきたい!」と
思いながらも、この労わりと些少でもある経済力に考えおよぶと、
自分の非力が身にしみて、「やっぱりここにいるしかない」と思います。
ここにいるしかないなら、互いに居心地のいい場所を
作り上げて行こうと思う。それはわたしの理想になるのかもしれません。
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頭の痛い話

2005年09月23日 | Weblog
頭痛の毎日が続いて、とうとう大切なレルパックス(鎮痛剤)
が残り1錠になってしまいました。
女子医大に予約してある10月までは待てないので
明日、近所の医院に行って処方箋を書いてもらおうと
思います。

これはこれで『薬物依存症』みたいに
服用すればするほど、鎮痛剤が止められなくなるのです。

わたしは暑い夏にとくに弱くて、昨年も薬の常用から
一生懸命に脱出しました。
入院してその状態から脱する患者もいるそうなので、
それは避けたいし、、、。


10代の頃からこの頭痛と付き合っているので
もう、何というか「しょっちゅう頭が痛くなる」というのは
「生きる姿勢」に中途半端になる気がするのは
わたしだけでしょうか。

投げやりになったり刹那的になったりするとき、
どこかにこの身体的苦痛が見え隠れして、
いい加減な自分の性格をサポートしているみたいな気がします。
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共依存

2005年09月20日 | Weblog
まりさん、コメントありがとうございます。
ちょうど先日『家族依存症』という本を
読み終えたところなので、
まりさんのコメントはストライクゾーンでした。

著者は精神科医の斎藤学(さとし)氏です。
この続編も読みたいと思っているところ。


そう、まさに依存体質、とわたしは夫を見てきたし
それはそれで生き方のひとつなのだと思っていました。

でもこの本を読んでいて分ったことは、
『愛されている必要のある人』(たぶん夫)に
関わり続けた相手(わたし?)は、
『愛し過ぎる人』という共依存へと向かって行く。


その関係は共依存症という病的なレベルです。


そこまで真剣ではない、とのんきにかまえているつもりでも
境界線はきっと微妙です。
しかも、わたしは『愛されている』つもりでも、
『愛している』自覚がないから、厄介だよね。
『愛している』の定義はまた別個のとてつもなく大きな
テーマかもしれません。
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引越し

2005年09月16日 | Weblog
大好きな秋がようやくやって来ました。
風が優しくて、夕焼けがきれいで、、。
そして、わたしが大切なひとと出会った季節。

この時季に、何となくブログの引越しを思い付きました。
引越し先は、はてな<http://d.hatena.ne.jp/sumireko_2005/>です。
ぜひぜひ、遊びにいらしてくださいね。
(タイトル、今度は『紫色の恋の夕景』です。)

ここはしばらくこのままにしておきます。
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夫の癖

2005年09月14日 | Weblog
日曜日に更新した記事が消えてしまったので、
がっかりして二日ほど書きませんでした。

そう、日曜は夫の誕生日だったのです。
わたしはささやかなプレゼントを渡し、夜になって「おめでとう」と
グラスを合わせました。
そのときです、意外なことに夫の表情が曇ったのは・・。
いわく、子ども達はどうした?
何故一言もないのか?

去年までは、次女も一緒にプレゼントを選んでいたのだけれど、
今年はパス、上の二人からはとうにありません。
(小さい頃は絵を書いたり手紙書いたり本当に可愛かった)

夫にはそれが気に入らないし、そういう雰囲気を作っているわたしにも
責任があるような口ぶりです。
どうして「君だけでも祝ってくれて良かったよ」という
言葉がでてこないのでしょう。
どうして必ずマイナス思考なのかしら。
でも、今回わたしはひたすら黙って聞いていました。
何か言えば批判的な口調になってしまいそうだし、
それは夫婦の会話としてはつまらない、、、。

夫のコドモっぽい癖として、愚痴も聞き流すようにしようかな。

でも、夫は覚えているはずです。
かつて長女に「お前が病気になったからママがパパに優しくなくなった」
なんて酷い言葉で、幼い心を傷付けたことを、、。
それはわたしがいない時に言ったそうです。
成長した長女から聞き、あとで夫にも確かめました。
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美術館へ

2005年09月10日 | Weblog
平塚の美術館へ『三岸節子展』を見に行って来ました。
いつか三岸好太郎の蝶の絵をどこかで見て、
印象に残っていたこともあり、夫人節子さんの有名な桜の絵も
実物を見てみたいと思いました。

夫婦で画家、という二人は以前ここに書いた丸木さんご夫妻と
この三岸さんご夫婦くらいかもしれないそうです。
わたしは絵画は全く無知でわかりません。
それでもわからないなりに『好きだな』と思える芸術作品を
観賞するのは楽しいし、こころが静かになっていく気がします。

節子さんは29歳の時に、若き夫、好太郎と死別して
三人の子どもを抱えて必死に生活と芸術を両立させて生きました。
その後に出会った男性と当時としてはセンセーショナルな別居結婚を
します。
節子さんが40代のときでした。それもやがて解消するのですが
その時々の心情や揺れが絵にも表れているように見えるのです。

『生きること』『描くこと』そして『愛すること』と
正面から真摯に向き合った女性。
あの生命力あふれる桜の絵は晩年の作品です。
節子さんは94歳で亡くなるまで直前まで、絵筆を握り続けていたそうです。
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コンプレックス

2005年09月08日 | Weblog
コンプレックスは多々あるけれど、この妙に低い声と
とんでもなく下手な字もその代表格。
だからわたしは、電話が嫌いだし、
字が美しい人には無条件で憧れます。

お客サンで(わたしのバイト先は古本屋)いつも
木曜日にいらっしゃる紳士がいます。
穏やかな笑顔と、ゆっくりとした丁寧な話し方が印象的。

今日は冷たいお茶とお菓子を差し入れに戴いてしまいました。

そして探している本の話になり、店に入ったら取り置く約束をして
メモを書いてもらったのです。
その字のきれいなこと!
殆ど感動してしまいました・・・。

いいなァ、キレイな字。どこへ行っても恥ずかしくないし、
年齢相応の落ち着きと上品さを感じさせてくれます。
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