羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

兄妹

2005年12月13日 | Weblog
電車に揺られ、兄に会いに行って来ました。

わたしの状況を少し話しておこうかな、と

思ったのです。

中央線の車窓から冬の空を見ていると

白い雲が遠く下の方に重なっていて、

それはまるで、はるか彼方に山の連なりが

あるみたい。

雲たちのマジック。

そういえば、五月にブログを書き始めた時

やっぱり空と雲を眺めてため息ついていたっけ。



兄と待ち合わせる、というのは滅多にないことです。

でも考えてみたらわたしは昔からいつも、

兄にいろんな相談を持ちかけていた、、。

とくに男の子と付き合い始めた頃。

それから、わたしが<事件>をおこして

親にすごく心配と迷惑をかけた時も、

冷静に対処してくれたのはこの兄でした。



互いに家族に病人をもつ身なので、

そちらを優先してなかなか自分のことを話すような

機会がなかったけれど、

「こんなことがあって、今こんなこと考えてる」

という話が出来てよかったと思います。

正直、気持ちは楽になったかもしれない。

そして、夫にも[話が出来る相手]が

いればいいのに、と本当に思いました。

孤独なのは自分ではない、夫なのだ、ということを

改めて感じた日でした。

この再認識は大きいと思う。

今後に生かされるでしょうか・・・。

sumire_Desember

2005年12月03日 | Weblog
ここに一冊の古い手作りの詩集があります。
手書きのコピー印刷、カバーは紫色。
中を開けたところに詩集のタイトル【菫忌】。
後ろのページの発行日は、何と1978年6月です。


そうこれはわたしが手作りして、ほんの数人に配った昔の詩集。
すみれこ、の原点がここにあります。
スミレという可憐な花は子供の頃から好きでした。
けれど思春期の頃[文学少女]という呼称にそっぽを向くように
スミレの可愛らしさには少し距離を置いたりしていたのです。


やがて思春期も無事(?)に過ぎ20代のある日、
わたしはある人にこう言われました。
「すみれに似てる」
それは、花のスミレではありませんでした。
「すみれ」という名の劇画の主人公だったのです。
その人に頼んで連載中の週刊誌を見せてもらいました。
「すみれ」は風変わりな、少しきつい目をした、
不思議な女の子でした。


わたしにそう言った人は、いつも仕事の忙しい記者でした。
(女子大で新聞を作っていたわたしを取材に来て
知り合ったのです)
わたしたちはいつしか結婚の約束をして、
そうしてやがて別離の日を迎えました。

【菫忌】はそのときに生まれた詩集です。
まるで墓碑銘のように・・・。


それから、たくさんの年月が流れました。
「すみれ」はわたしの中でずっと眠り続けていたけれど、
言葉の森の中では少し苦くて甘い思い出と共に
ひっそりと息を潜めていたのだと思います。
再びぽつぽつと詩作を始めたある日、
懐かしの森から摘んできたスミレに名前を与え
[すみれこ]と呟いたときに
「それ、すごくいいね、きみに似合うよ」と、
言ってくれた人がいました。

彼は、率直で、前向きな言葉をくれる人でした。
例えばわたしが自己不信に陥っても、大らかに受け入れ
静かに確実に、励ましてくれる人。
彼はわたしの創作意欲の源なのかもしれない。
わたしはそう思ったとき[すみれこ]をペンネームにすることを
決めました。

とてもとても長い年月を経て、
再びわたしを詩に向かわせた「すみれ」は
いつもどこかに見守ってくれるひとの視線を感じながら
紫色の花をつけ、散ってもまた咲こうとするかのようです。

それにしても、スミレには何と多くの種類があることでしょう。
それぞれに似通いながらも個性的で、
つきない魅力があるように思います。