木洩れ日通信

政治・社会・文学等への自分の想いを綴る日記です。

時代に向き合う映画『処刑前夜』と『春婦伝』

2008年05月05日 | Weblog

光市母子殺人の元少年に死刑判決。
「死刑!」「死刑!」の大合唱の中、やっぱりの判決。
私は、この判決を聞いて、被害者の夫であり、父である本村さんの立場を思った。
いつも、何か、迷いのない、毅然とした、立派な人にされてきた。いつの間にか、そういう人間を演じさせられてきた、ということはないだろうか。
この「死刑判決」は、本村さんに一つの区切りをつけさせ、「やり直しの人生」に踏み出す一歩になるのだろうか。(元少年側は上告するであろうから、裁判は続くのだが)。
無残な事件を忘れることはできないが、本村さんを解放してやりたい、そんな気にさせられた。
死刑が執行されれば(近頃は頻繁に執行されるので)、本村さんは区切りをつけた気持になれるか?おそらくそうはならないだろう。
被告の、悲惨な成育歴がそれを妨げるだろうし、自分の犯した罪の重みを深く自覚しないまま、処刑されてしまえば、ただの「復讐」で終わってしまう。
と、そんな風に考えていた時、1,961年の日活映画『処刑前夜』を見た。(衛星劇場)。
戦争で父を亡くし、母は再婚。新しい父にもなじめないまま、酒屋の店員として働いていた青年高村(川地民夫)は、事故を起こしてしまい、弁償金を支払う羽目に。
酒屋の主人に借金を頼むが断られ、継父にも金は出してもらえない。
思い余った彼は、夜中に主人の部屋に忍び込み金を奪おうとするが、見つかり、主人夫妻を殺してしまう。
そして死刑判決。拘置所に送られる。
そこには、死刑を言い渡された確定囚の仲間がいる。ここで描かれる拘置所の生活は、今とは随分違うのでは?と思わされた。
死刑囚同士の交流があり、執行の前に「お別れの会」も開かれる。
また、確定囚になっても、執行言い渡しまでの間、刑務所の職員も交えた、俳句や書、絵画の会が持たれるという配慮もある。
高村はここで、俳句を作る。彼には妹(浅丘るり子)がいて、この妹がよく面会に訪れていた。
高村の句集を妹がまとめ、その実話に基ずいて映画は作られている。
連合赤軍事件の死刑囚永田洋子の著作の中に、死刑囚同士の回覧通信のようなものがある、という記述があったが、現在は、死刑囚同士孤立して、その日を待っているのでは?独房で本を読んだり、絵を描いたりする自由は与えれているが。
独房生活で、表現力を獲得した被告に永山則夫と狭山事件の石川一雄氏がいる。
「死刑になりたかったから、人を殺した」と供述したとされる無差別殺人の罪を犯した若者達。本当にそういう言い方をしたのかどうかはわからないが、もしそうだとしたら、「死刑制度」は、「犯罪の抑止」にはなっていないし、極限状況で、「死刑になってしまうから人は殺さない」という理性が働くようなら、この世で、人はトラブルを起こさない。



従軍慰安婦と戦陣訓を描いた映画『春婦伝』。(1,965年)
5月、衛星劇場では、川地民夫主演映画の特集で、これは、日中戦争下、中国大陸を舞台にした、鈴木清順監督作品。
天津で娼婦をしていた春美は、愛を交わしていた男に裏切られ、絶望の身を、大陸奥地の軍人のための娼館にゆだねる。
「激情の娼婦=慰安婦」を野川由美子が、「体当たり」で演じている。
戦地にはどうしても「命の洗濯」をしてくれる「慰安婦」が必要なのだ。
兵士も下士官も将校も娼婦を「汚らわしい」とさげすみながら、その汚らわしい存在に、一時慰められ、勇気をもらう。
自分の言う言葉としていることとの間の矛盾を考えもしないし、気づこうともしない。そう兵隊は考えてはいけない。考えると殺すことも殺されることも恐ろしくてできない。
春美は、副官の当番兵を務める三上(川地民夫)に一目で魅かれる。
しかし三上は、軍隊の階級に全身縛られている下級兵だ。
そんな三上を春美は激しく誘い、副官お気に入りの春美にためらっていた三上も遂に落ちる。
八路軍はゲリラ戦法で日本軍に対抗。日本軍には、中国の村々の人々すべてがゲリラの配下に見えてくる。
このあたり、今のイラクの米軍そのままだ。しなくてもいい殺戮を繰り返すことになる。
三上はゲリラと交戦中、被弾して気絶する。三上を追ってきた春美とともに、八路軍に助けられる。
八路軍の通訳は言う。「我々は、日本軍は憎むが、一人一人の兵士は憎まない」
「日本軍に戻ったら殺される。自分達と同行したらどうか」と勧める八路軍に対して、日本軍人意識に凝り固まっている三上は拒否し、帰隊する。
敵の捕虜になることを禁じている日本軍は、三上を軍法会議にかけ、戦闘死したとして、抹殺しようとする。
結局、三上と春美は手りゅう弾で自爆死することになるのだが、「生きて虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓は、兵士のみならず、民間人をも縛り、サイパンや沖縄や満州での悲劇を生んだ。
この映画も改めて、もう一度日本人が見るべき映画だ。
ところで、50年代後半からの日活映画は、いわば看板作品が、ダイヤモンドラインの裕次郎・アキラ・赤木らのアクション映画だとするなら、2本立て興行の併映作品として、長門裕之、川地民夫らを主演者とする、秀作を世に送っている。



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