木洩れ日通信

政治・社会・文学等への自分の想いを綴る日記です。

黒澤映画と時代

2008年05月11日 | Weblog

復員兵俳優、三船敏郎・三国連太郎・木村功
今年は映画監督黒澤明没後10年だそうで、NHKBSは黒澤映画特集。
『野良犬』は敗戦後4年目、1949年公開の映画で、まだ戦争の傷跡生々しい日本を描いた作品。
バスの中で拳銃を盗まれてしまった兵隊帰りの新米刑事(三船)。この拳銃を手に入れて、犯罪を犯すのは、やはり復員兵の遊佐(木村功)。
共に全財産の入ったリュックを盗まれる体験をしている。
その体験により、警察官の道に進んだ者と、逆に絶望して犯罪者の道に落ちていった者。
実際にも三船も木村も戦争末期に召集され、生き残った復員兵だ。
これに三国連太郎を加えて「復員兵俳優、復員兵スター」と呼べるだろうか。
そして、三船が表の道、陽を代表するような、力強い男の中の男と言った人物を演じて、人々に夢と希望を与えてきたとしたら、三国は裏の道、蔭のある、歪んだ人物を多く演じてきた。
俳優三船敏郎の特徴は、三船の後を継いで黒澤映画の主演俳優を務めた仲代達矢が言っていたが、運動神経の良さ、動きの早さだ。
三船の殺陣シーンは殆どリハーサルの必要がなかったという。というか、リハーサルの段階でもう本番のような見事な動きだった。
黒澤の監督人生は戦争真っ只中で始まった。
当局による検閲と、フィルム不足、人材、機材不足との戦いの中で作られた映画が『姿三四郎』、『続・姿三四郎』。続編の方で、西洋のスポーツであるボクシングシーンが出てきて、欧米人が出演しているのだが、ドイツ人とかなのだろうか?
そして、国策映画として許可を受け作られたのが『一番美しく』。
光学機器工場で軍需用の製品の増産に取り組む女子挺身隊をえがいたものである。
この挺身隊のリーダー格の渡辺ツルを演じた若い女優、矢口陽子は翌年黒澤の妻となった。
『生きる』に出演した小田切みきによく似た感じの意志の強そうな女性の雰囲気を出している。
この挺身隊員の寮で、寮母を務める女優さん、山本富士子と三田佳子を合わせたような美人で、女工さんを演じている若い女優達の中にあって、ひときわ立ち姿も美しい人、誰なのかな、と思ったら、これが、かの高名な入江たか子
名前は知っていたが、こういう顔とは知らなかった。この時33歳ぐらい。
後、50歳を過ぎて『椿三十郎』に監督に請われて、家老のおっとりした奥方役で出演。
大分ふくよかになっていて、三十郎の三船を馬にして、塀を乗り越える場面で、重みに、三十郎がちょっと顔をしかめるという、往年の入江たか子を知っている観客なら、ちょっと苦笑いするだろう場面が。
『一番美しく』を見ていて、私が思い起こしたのは、富岡製糸場で、「お国(松代)の製糸工場の開業のために」と、器械製糸の技術を懸命に学んだ、伝習工女達だった。渡辺ツルはリーダー格の横田英の姿と重なった。
ツルは、母の危篤にも故郷にに帰らず、増産に励む模範工女なのだが、こうした人達は、敗戦後どのような気持ですごしたのだろうか、とも思った。
戦中と戦後をまたいで作られた映画が、歌舞伎の勧進帳や能の「安宅」の映画版、『虎の尾を踏む男達』。
映画の独自性を出すために、歌舞伎や能にはない、強力役として喜劇王榎本健一を配している。
大河内伝次郎の弁慶は見事。この役者も名前だけは知っていた人だが。
戦争は終わった。映画が自由に作れる、と思ったら、今度は政府当局の検閲の変わりに、東宝の労働組合による「審議会」の議論を経なければならない時代になった。
『我が青春に悔いなし』は、戦前の京大の滝川事件と、ゾルゲスパイ事件をモデルにした、左翼劇作家久板栄次郎の脚本による。
滝川教授を思わせる大学教授の令嬢、ゆきえ(原節子)が、左翼秘密活動で捕らえられ、獄中で急死した夫の実家の農家に行き、夫の老母と共に、ドロにまみれて農作業に励む。
村人は「スパイの家」だと言って、せっかく植えた田んぼの苗をめちゃめちゃにしてしまう。
原節子が令嬢から農婦までを熱演。
原節子という女優さんは、顔も立派だが、体も骨太な感じ。欧米の女優のようだ。
この後、小津作品で、つつましやかな、上品な女性の役を演じていくのだけれど、この役のような、激しい女性を演じる道もあったのだなあ、どちらがよかったのかしらと思わせられた。
ゆきえという女性はあえて苦難の道を歩むのだが、戦後は、農村の改革運動の先頭に立っていく姿で映画はエンドとなる。
大河内伝次郎が、ここでは、弁慶から一転、芯のある大学教授を好演している。





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