木洩れ日通信

政治・社会・文学等への自分の想いを綴る日記です。

製糸工場の先駆け「松代」

2008年08月28日 | Weblog

先週の土曜日、「六工社・横田英と松代製糸業」という講演を聞いた。
これまた、個人誌「木洩れ日」2号で、横田英について書いているので、ずっと関心を持ち続けているテーマである。
講師は長野県短期大学教授の横山憲長氏
県短には学長を務めた(現在もそうか)上条宏之氏もおられ、やはり近・現代史を専門としていて、明治時代の殖産興業の代名詞でもある製糸業やそこで働いた女工達の動態を研究していて、上条先生の著作『絹一筋の青春』は、横田英について書いた時、多いに参考にさせてもらった。
横山氏は上条氏の研究仲間、というか、横山氏のほうが年齢は下だと思うので、先輩・後輩の関係かと推測した。
今回、横山先生の講演で、教えてもらったことは、明治維新で職を失った武士達の「授産事業」として始まった製糸業で、唯一の成功例が「六工社」だということ。
松代の製糸業は、その経営方針というか、働く女工達の扱いが、後発の諏訪製糸業とは対照的に「人道的」なものだったということ。
いわゆる「女工哀史」的実態は、諏訪製糸業に顕著なものだった。
この違いは、そもそも松代の器械製糸の働き手が、富岡官営工場で技術を学んだ武家の子女から始まったということが大きいのだろう。
武家の娘達は読み書きができ、しつけも行き届いているので、工場の幹部達が、馬鹿にして追い立てられる存在ではなかった。
現代の、情報技術にたけているのは平社員の方で、上司はエクセルもままならない、といった逆転現象に似ている。
事実、英が残した「富岡日記」には、器械で取った糸と、昔ながらの座繰りで取った糸との品質をめぐって、幹部と女工達が対立し、どちらの品がいいか、糸を買う業者に判定してもらおうではないか、と横田英をリーダーに一歩も引かぬ構えを見せ、結果、買取業者は、見栄えはやや黒いが、切れにくい器械製糸のほうを選び、見た目は白いが品質の安定しない座繰りの糸を選ばなかった、といういきさつが記されていて、女工達が自身の技術に誇りを持って仕事をしていたことがわかるのだ。
幹部と女工達は、仕事をめぐっては対等だった。
元武士の幹部達も、資本家、経営者という立場にはなりきっていなかった。
工場設立にあたっては、政府からの、今で言う補助金と、有志の持ち寄り資金が当てられたが、「協同組合事業」という色合いが強かったようだ。
これに対して、諏訪製糸業は、もう明確に、企業として成立するように、資本を持っている者が「製糸という事業で利潤を追求する世界」に進んでいく。
労働時間も松代12時間(現代感覚でいくと長いが)に対して諏訪は14時間。
松代のほうは、地元から通う女工さんが殆どで、定着率がよかった。これに対して諏訪は、遠く飛騨あたりから野麦峠を越えて、娘達が働きに来た話は有名だ。
より弱肉強食型資本主義の論理が貫かれた諏訪製糸に対して、のんびり構えた「武士の商法的」松代製糸は、次第に押され、明治末には衰退の結果を見たのだった。
松代製糸は富岡仕込みの「フランス式」これに対して諏訪製糸は「イタリア式」。
品質ではフランス式が勝るが、糸を取る量はイタリア式が圧倒した。
諏訪では、片倉製糸を始めとして、「製糸王」と言われるような大企業が存在したが、松代製糸にそれ程の規模を誇る工場はなく、衰退していくが、全く製糸工場が無くなってしまったわけではなく、昭和初期まで、中・小規模の工場はそれなりに存在し、今の松代の中心部は、工場で働く女工さんの消費活動によってにぎわっていた。
最後に余談だが、明治の世になって、鉄道網が全国で敷かれるにあたって、信越線が松代を通ることに、松代住民が反対したため、やむなく、屋代から千曲川左岸に周り、長野駅が作られた、というのは、俗説で、そのような史料はないとのこと。
むしろ「鉄道が通らず非常に残念なことだ」という意見もあったという。
信越線が松代廻りにならなかったのは、あくまで当時の技術的問題によるとのこと。
なぜこのような俗説がいまだに言われるかというと、真田10万石の御城下だったという誇りだけを頑なに維持している武家気風というか松代気風が、他の地域の人々にそう思わせたのかなとも思う。
同じように国鉄の無い町、小布施と比較した時、小布施の商人達の柔軟性を見て、そう感じた。
10万石の城下町で、国鉄(当時)の駅が無いのは松代だけ?と言われるが、鉄道が通り、地域の中心地になれば、今ある松代の町並み、風情は、あっという間に失われていたことだろう。
経済成長が全ての時代には、「後れた地域」ということだったが、今では貴重な場所として、私がボランティアを務める無料休憩所(白井家表門)で、お茶を飲んでいく観光客のみなさんは「いいところですね」とほめてくれる。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
«  やっぱり伝えるのはむつかし... | トップ |  内向きと倒錯の象徴「靖国」 »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事