甍の上で

株式会社創瓦 社長 笹原真二のブログです。

2月のマンスリー

2012-03-01 18:53:57 | 陸上競技のこと
     天才は有限、努力は無限
 1月29日、大阪国際女子マラソンにおいて、親友森政監督の教え子で、母校興譲館高校の後輩、重友梨佐(天満屋)が日本歴代9位の2時間23分23秒の好タイムで見事優勝。ロンドン五輪のマラソン代表の座をほぼ手中にした。
 森政監督からは「重友の調子がすごく良いみたい。天満屋の武富監督から連絡があった」という話を聞いていたので一層期待が高まった。
レースは最初の5km16分55秒で入る。重友はペースメーカーの右後方に位置しそこから動かない。レースに集中している様子が窺える、20km過ぎ、野尻あずさが遅れる。22km過ぎペースメーカーが外れると福士とのマッチレースに。福士がどこで仕掛けるか?重友がペースメーカーにされる。と思案しながらの26km過ぎ、福士の表情が険しくなった、少しずつ離れて行く。「これで勝った」と思った。大会直前、アテネ五輪の金メダリスト野口みずき(シスメックス)が故障により欠場を表明。重友にとって、この大会でのライバルは福士加代子(ワコール)野尻あずさ(第一生命)天満屋の先輩坂本直子の3人だけと言っても過言ではなかった。その坂本直子は16kmで先頭集団から脱落していた。「これで勝った」と思ったものの、残り16km、マラソンは30km以降なにがあるかわからない。そんな不安も、後との差は30kmで1分、35kmで1分半と開いていく、終わってみれば独走での完勝となった。
高校3年生の時、全国高校駅伝優勝(2区2位)という実績はあるが、重友の競技人生は決して順風満帆なものではなかった。中学時代は2年生から岡山のチャンピオン、しかし全国では無名。高校1年生の高校駅伝では補欠。2年生では専門外の800mでインターハイ出場、3年生のインターハイ3000m予選落ち、岡山国体1500mでやっと8位入賞。同僚の新谷仁美(現・佐倉アスリート倶楽部 インターハイ3000m1位、国体3000m1位、全国高校駅伝3年連続1区区間賞)には、練習でも一度も勝ったことはない。天満屋に入社してからも2年目から3年目にかけて故障で伸び悩んだ。そんな選手がオリンピックへ。
高校時代の恩師、森政監督は重友を評して「真面目な子、何事にもコツコツと取り組む子でした。でも、内に秘めたものがあるということは感じていました」とさらに「派手さはないですが徐々に結果を残していたので、周りが言うほどの急成長だとは思っていません。ただ、武富監督をはじめスタッフの方々がずっと我慢してあそこまで育ててくださったことに対して、感謝の言葉しかありません」(月刊陸上競技から抜粋)
かつて瀬古利彦を指導した早稲田大学の故中村清監督がよく言っていた言葉、「天才は有限、努力は無限」改めて。重友梨佐を通して実感している。
     2012年2月28日           笹原 真二
追伸 重友の盟友、類まれな素材をもっている新谷仁美の奮起に期待したい。
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