今回ご紹介するのは「雨のち晴れ、ところにより虹」(著:吉野万理子)です。
-----内容-----
人の繋がりは優しさだけで出来ているんじゃない。
でも怖がるだけじゃ何も始まらないことだって知っている...。
夫婦のすれ違い、親子の行き違い、親友との仲違い。
きっかけはみんな些細なことなのに、想いがねじれ交錯する。
人は何度でも幸せになる資格がある。
湘南を舞台に描く六つの奇跡。
-----感想-----
神奈川県の湘南、鎌倉、逗子など、海沿いの街を舞台にした作品です。
物語は次のように構成されています。
第一話 なぎさ通りで待ち合わせ
第二話 こころ三分咲き
第三話 ガッツ厄年
第四話 雨のち晴れ、ところにより虹
第五話 ブルーホール
第六話 幸せの青いハンカチ
「第一話 なぎさ通りで待ち合わせ」
工藤渉(しょう)は妻の美也子に家を出て行かれ、別居状態になっていました。
別居の原因は何と「食」を巡る二人の考え方の違いでした。
まず家庭内では、渉が「鶏の唐揚げ」「ハンバーグ」など、シンプルにそれだけを食べたがるのに対し、美也子は「マグロとアボガドのマヨネーズソース和え」「サーモンのムニエル、ラタトゥイユ添え」など、凝ったものを作るのが好きです。
外食では渉が「ラーメン」「ファミレス」など、気軽に入れるお店を好むのに対し、美也子は高級レストランを好みます。
次第に食に対する考え方の違いが明確になり、お互いに妥協しないためどんどん亀裂が深刻になっていきました。
渉も美也子も「相手が悪い」と思っています。
渉が家庭内での料理に対する考え方について美也子を引き下がらせた場面がありました。
渉は「よし、折れたぞ。俺の勝ち」と心の中で思っていましたが、俺の勝ちという考え方が間違っていると思います。
料理を作ってもらっているのだから「何が何でも論破してやるんだ」と意地になるのではなく、もう少し妥協すべきではと思いました。
ただ美也子は美也子でわがままで、こちらも食について妥協しません。
渉の父の勝弘が二人をスターバックスに呼んで仲裁することになります。
美也子はスターバックスについても「お手軽なコーヒー」と格下扱いの心境を覗かせていました。
基本的に高級なもの以外は受け付けないようです。
この時、美也子は渉に「一緒に食事をしようと思うからトラブルになるので、食事は別々にしよう」と提案しようと考えていました。
夫婦なのに食事は常に別となると何だか家庭内別居のようで冷え冷えとした雰囲気があり、それは果たして夫婦と呼べるのだろうかと気になりました。
勝弘は食を巡る二人の対立について、次のように考えていました。
「食というのは、人間が生きて行くうえで切り離せないもので、だから人それぞれにこだわりがあって当然とは思う。だが、折り合えなくなるほど主張し合うのはまずい。」
これはたしかにそう思います。
まず人それぞれ、安くて美味しいお店が好き、高級なお店が好きなどのこだわりがあります。
ただし自分の主張だけを一方的に押し付けようとすると相手と決裂することになります。
今日は安くて美味しいお店にしよう、その代わり次は高級なお店に行ってみようなどの、両者の妥協が必要です。
また、この仲裁の舞台になった逗子駅前のスターバックスと日影茶屋というお店を巡るエピソードは興味深かったです。
「第二話 こころ三分咲き」
鎌倉の高校三年生の母親に対する思いの物語でした。
冒頭、「この高校の界隈で、芸能人を見るのは珍しいことではない。鎌倉の七里ガ浜海岸にまっすぐ下りていく校門前の坂道は、テレビドラマや映画に年中登場する」とありました。
高校生の頃は芸能人で盛り上がる時期ですし、そんな高校に通っていたら頻繁に芸能人の話題で持ち切りになるだろうなと思います。
野瀬優花の母、多香子は大手予備校の人気講師でマドンナと呼ばれています。
凄く仲の良い母子なのですが、序盤で「後から考えれば、それが母との強い絆を無邪気に信じきれた最後の日だった。」とあり、この後優花が母を信じられなくなることが予感されました。
どうやら母の多香子は再婚しようと考えているようでした。
「この家は優花と私だけの家じゃなくなるかも」と相談してきました。
優花はそれがショックでその雰囲気は母にも伝わり、その場でそれ以上踏み込んだことは話さなかったです。
母はその日以来表向き朗らかにしていますが、優花は母が胸中でどう思っているのか気になっていました。
そして優花は今までにあった母とのことを色々思い出します。
思い出への懐かしさと、その母が今は変わってしまいつつあることへの悲しさを抱きながら、物語が進んで行きました。
印象的だったのが、予備校の人事部の須藤という人から家に電話がかかってきて優花が出た時のことでした。
須藤は優花の父が亡くなっていることを知っていて次のように聞いてきました。
「お父さんは、サラリーマンですか?」
「え?いえ、父は……いません」
「ああ、そうでしたそうでした。野瀬先生のご家庭の事情は知っていたのに、大変失礼しました」
私はこういう白々しい話し方をする人は大嫌いです。
言葉に誠意の欠片もないのに加え、知っているのに質問という形を取るところに人間性の卑しさを感じます。
「第三話 ガッツ厄年」
由衣、友佳子、慶子の三人で鶴岡八幡宮に厄払いに行きます。
三人とも出版社での仕事つながりで、由衣と友佳子は同期で32歳、先輩の慶子は36歳です。
また友佳子は結婚を機に退職しています。
厄払いを企画したのは由衣で、由衣は細井美帆という部下からパワーハラスメントで訴えられています。
特に身に覚えがないのに訴えられて由衣は驚いていました。
美帆は今までトラブルを起こしたこともなく真面目な社員で、由衣の方が分が悪い状況です。
予想通りこのパワハラ訴え事件には裏があり、美帆は最低な性格をしていると思いました。
欲しいものを手に入れるためなら他人を陥れることも平気でするというのは醜悪過ぎです。
「第四話 雨のち晴れ、ところにより虹」
どの話にも少しだけ登場していた常盤さんという女性がこの話で大活躍します。
「第二話 こころ三分咲き」で優花に電話をかける場面のあった須藤剛志が、人生の終末期を過ごすホスピスにやってきます。
須藤は癌を宣告され、しかも既に複数の臓器に転移していて治療は難しい状態でした。
常盤はこのホスピスで働いていて須藤の担当として世話をしてくれます。
須藤は彩という子に酷いことをしてしまった小学五年生の時のことをよく悪夢として夢に見ます。
その時のことがあり、須藤は女性と付き合うと自身の言動で相手が思いもよらない行動に出てしまうのではないかと恐れています。
ホスピスで死を待つだけの時間が一週間、二週間とどんどん過ぎていきます。
その中で、体重80kg以上で大きな体格をしていた常盤が時間が経つにつれてどんどん痩せていきました。
これは明らかに常盤が明確な意志を持って昔の姿を取り戻そうとしているのが分かり、その後どんな展開になるのか興味深かったです。
「第五話 ブルーホール」
雄貴が漁港で釣りをしていて、その後ろではオジイ(雄貴のおじいさん)と沖縄から来たというおじさんが話をしています。
オジイはダイバーでおじさんは飛行機のパイロットです。
オジイとおじさんの会話に雄貴が合いの手を入れる形で話が進んでいきました。
おじさんが語った人間についての考えが印象的でした。
「おとなしく大地に立っているのが安全だとわかっていながら、それでも自分の力を超えるところに、どうしても足を踏み出して未知の世界を見たくなる。それが人間と動物の、一番の違いなのかもしれません」
たしかに海の深くも遥か上空も人間が元々持っている力では遠く及ばない場所です。
それにも関わらずそういった場所を目指すのは人間が持つ未知の世界への探求心なのだと思います。
「第六話 幸せの青いハンカチ」
大伴(おおとも)佳苗は「逗子マリーナ」という結婚式場に大学時代からの友達の佐和子の結婚式に来ています。
佳苗は自分が佐和子に対して思っているほど佐和子は佳苗のことを大事な友達とは思っていないのではと感じていました。
色々な場面で鬱々と佐和子との友達関係について考えているのが印象的でした。
この悩みぶりはそれだけ佐和子のことを親友だと思っていることの裏返しだと思います。
そして佐和子にも同じくらい強く佳苗のことを親友と思ってほしいという思いがあるようです。
また、この話には「第四話 雨のち晴れ、ところにより虹」以来の常盤の登場がありました。
常盤の物語も完結の時を迎えていました。
全体的に心の葛藤があったりしながらも、最後は心が晴れたり悩みに折り合いを付けたりしていました。
人間には複雑な感情があるので常に心を晴れた状態にするのはなかなか難しいです。
しかし心の葛藤を経て最後は良い方向に向かっていたのがとても良かったと思います。
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-----内容-----
人の繋がりは優しさだけで出来ているんじゃない。
でも怖がるだけじゃ何も始まらないことだって知っている...。
夫婦のすれ違い、親子の行き違い、親友との仲違い。
きっかけはみんな些細なことなのに、想いがねじれ交錯する。
人は何度でも幸せになる資格がある。
湘南を舞台に描く六つの奇跡。
-----感想-----
神奈川県の湘南、鎌倉、逗子など、海沿いの街を舞台にした作品です。
物語は次のように構成されています。
第一話 なぎさ通りで待ち合わせ
第二話 こころ三分咲き
第三話 ガッツ厄年
第四話 雨のち晴れ、ところにより虹
第五話 ブルーホール
第六話 幸せの青いハンカチ
「第一話 なぎさ通りで待ち合わせ」
工藤渉(しょう)は妻の美也子に家を出て行かれ、別居状態になっていました。
別居の原因は何と「食」を巡る二人の考え方の違いでした。
まず家庭内では、渉が「鶏の唐揚げ」「ハンバーグ」など、シンプルにそれだけを食べたがるのに対し、美也子は「マグロとアボガドのマヨネーズソース和え」「サーモンのムニエル、ラタトゥイユ添え」など、凝ったものを作るのが好きです。
外食では渉が「ラーメン」「ファミレス」など、気軽に入れるお店を好むのに対し、美也子は高級レストランを好みます。
次第に食に対する考え方の違いが明確になり、お互いに妥協しないためどんどん亀裂が深刻になっていきました。
渉も美也子も「相手が悪い」と思っています。
渉が家庭内での料理に対する考え方について美也子を引き下がらせた場面がありました。
渉は「よし、折れたぞ。俺の勝ち」と心の中で思っていましたが、俺の勝ちという考え方が間違っていると思います。
料理を作ってもらっているのだから「何が何でも論破してやるんだ」と意地になるのではなく、もう少し妥協すべきではと思いました。
ただ美也子は美也子でわがままで、こちらも食について妥協しません。
渉の父の勝弘が二人をスターバックスに呼んで仲裁することになります。
美也子はスターバックスについても「お手軽なコーヒー」と格下扱いの心境を覗かせていました。
基本的に高級なもの以外は受け付けないようです。
この時、美也子は渉に「一緒に食事をしようと思うからトラブルになるので、食事は別々にしよう」と提案しようと考えていました。
夫婦なのに食事は常に別となると何だか家庭内別居のようで冷え冷えとした雰囲気があり、それは果たして夫婦と呼べるのだろうかと気になりました。
勝弘は食を巡る二人の対立について、次のように考えていました。
「食というのは、人間が生きて行くうえで切り離せないもので、だから人それぞれにこだわりがあって当然とは思う。だが、折り合えなくなるほど主張し合うのはまずい。」
これはたしかにそう思います。
まず人それぞれ、安くて美味しいお店が好き、高級なお店が好きなどのこだわりがあります。
ただし自分の主張だけを一方的に押し付けようとすると相手と決裂することになります。
今日は安くて美味しいお店にしよう、その代わり次は高級なお店に行ってみようなどの、両者の妥協が必要です。
また、この仲裁の舞台になった逗子駅前のスターバックスと日影茶屋というお店を巡るエピソードは興味深かったです。
「第二話 こころ三分咲き」
鎌倉の高校三年生の母親に対する思いの物語でした。
冒頭、「この高校の界隈で、芸能人を見るのは珍しいことではない。鎌倉の七里ガ浜海岸にまっすぐ下りていく校門前の坂道は、テレビドラマや映画に年中登場する」とありました。
高校生の頃は芸能人で盛り上がる時期ですし、そんな高校に通っていたら頻繁に芸能人の話題で持ち切りになるだろうなと思います。
野瀬優花の母、多香子は大手予備校の人気講師でマドンナと呼ばれています。
凄く仲の良い母子なのですが、序盤で「後から考えれば、それが母との強い絆を無邪気に信じきれた最後の日だった。」とあり、この後優花が母を信じられなくなることが予感されました。
どうやら母の多香子は再婚しようと考えているようでした。
「この家は優花と私だけの家じゃなくなるかも」と相談してきました。
優花はそれがショックでその雰囲気は母にも伝わり、その場でそれ以上踏み込んだことは話さなかったです。
母はその日以来表向き朗らかにしていますが、優花は母が胸中でどう思っているのか気になっていました。
そして優花は今までにあった母とのことを色々思い出します。
思い出への懐かしさと、その母が今は変わってしまいつつあることへの悲しさを抱きながら、物語が進んで行きました。
印象的だったのが、予備校の人事部の須藤という人から家に電話がかかってきて優花が出た時のことでした。
須藤は優花の父が亡くなっていることを知っていて次のように聞いてきました。
「お父さんは、サラリーマンですか?」
「え?いえ、父は……いません」
「ああ、そうでしたそうでした。野瀬先生のご家庭の事情は知っていたのに、大変失礼しました」
私はこういう白々しい話し方をする人は大嫌いです。
言葉に誠意の欠片もないのに加え、知っているのに質問という形を取るところに人間性の卑しさを感じます。
「第三話 ガッツ厄年」
由衣、友佳子、慶子の三人で鶴岡八幡宮に厄払いに行きます。
三人とも出版社での仕事つながりで、由衣と友佳子は同期で32歳、先輩の慶子は36歳です。
また友佳子は結婚を機に退職しています。
厄払いを企画したのは由衣で、由衣は細井美帆という部下からパワーハラスメントで訴えられています。
特に身に覚えがないのに訴えられて由衣は驚いていました。
美帆は今までトラブルを起こしたこともなく真面目な社員で、由衣の方が分が悪い状況です。
予想通りこのパワハラ訴え事件には裏があり、美帆は最低な性格をしていると思いました。
欲しいものを手に入れるためなら他人を陥れることも平気でするというのは醜悪過ぎです。
「第四話 雨のち晴れ、ところにより虹」
どの話にも少しだけ登場していた常盤さんという女性がこの話で大活躍します。
「第二話 こころ三分咲き」で優花に電話をかける場面のあった須藤剛志が、人生の終末期を過ごすホスピスにやってきます。
須藤は癌を宣告され、しかも既に複数の臓器に転移していて治療は難しい状態でした。
常盤はこのホスピスで働いていて須藤の担当として世話をしてくれます。
須藤は彩という子に酷いことをしてしまった小学五年生の時のことをよく悪夢として夢に見ます。
その時のことがあり、須藤は女性と付き合うと自身の言動で相手が思いもよらない行動に出てしまうのではないかと恐れています。
ホスピスで死を待つだけの時間が一週間、二週間とどんどん過ぎていきます。
その中で、体重80kg以上で大きな体格をしていた常盤が時間が経つにつれてどんどん痩せていきました。
これは明らかに常盤が明確な意志を持って昔の姿を取り戻そうとしているのが分かり、その後どんな展開になるのか興味深かったです。
「第五話 ブルーホール」
雄貴が漁港で釣りをしていて、その後ろではオジイ(雄貴のおじいさん)と沖縄から来たというおじさんが話をしています。
オジイはダイバーでおじさんは飛行機のパイロットです。
オジイとおじさんの会話に雄貴が合いの手を入れる形で話が進んでいきました。
おじさんが語った人間についての考えが印象的でした。
「おとなしく大地に立っているのが安全だとわかっていながら、それでも自分の力を超えるところに、どうしても足を踏み出して未知の世界を見たくなる。それが人間と動物の、一番の違いなのかもしれません」
たしかに海の深くも遥か上空も人間が元々持っている力では遠く及ばない場所です。
それにも関わらずそういった場所を目指すのは人間が持つ未知の世界への探求心なのだと思います。
「第六話 幸せの青いハンカチ」
大伴(おおとも)佳苗は「逗子マリーナ」という結婚式場に大学時代からの友達の佐和子の結婚式に来ています。
佳苗は自分が佐和子に対して思っているほど佐和子は佳苗のことを大事な友達とは思っていないのではと感じていました。
色々な場面で鬱々と佐和子との友達関係について考えているのが印象的でした。
この悩みぶりはそれだけ佐和子のことを親友だと思っていることの裏返しだと思います。
そして佐和子にも同じくらい強く佳苗のことを親友と思ってほしいという思いがあるようです。
また、この話には「第四話 雨のち晴れ、ところにより虹」以来の常盤の登場がありました。
常盤の物語も完結の時を迎えていました。
全体的に心の葛藤があったりしながらも、最後は心が晴れたり悩みに折り合いを付けたりしていました。
人間には複雑な感情があるので常に心を晴れた状態にするのはなかなか難しいです。
しかし心の葛藤を経て最後は良い方向に向かっていたのがとても良かったと思います。
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