読書日和

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「くちびるに歌を」中田永一

2014-09-20 23:51:51 | 小説
今回ご紹介するのは「くちびるに歌を」(著:中田永一)です。

-----内容-----
長崎県五島列島のある中学校に、産休に入る音楽教師の代理で「自称ニート」の美人ピアニスト柏木はやってきた。
ほどなく合唱部の顧問を受け持つことになるが、彼女に魅せられ、男子生徒の入部が殺到。
それまで女子部員しかいなかった合唱部は、練習にまじめに打ち込まない男子と女子の対立が激化する。
一方で、柏木先生は、Nコン(NHK全国学校音楽コンクール)の課題曲「手紙~拝啓 十五の君へ~」にちなみ、十五年後の自分に向けて手紙を書くよう、部員たちに宿題を課した。
そこには、誰にもいえない、等身大の秘密が綴られていた。

-----感想-----
この夏、文庫本のフェアで見かけたこの作品。
帯に「2012年度 読書メーターおすすめランキング第1位 映画化決定!」とあり、興味を持ちました。
そしてついに今回読んでみることにしました。

著者の中田永一さんは、乙一(おついち)さんの別名義のペンネームとのことです。
さらに山白朝子というペンネームも持っているらしく、一人で3つもペンネームを持っているのには驚きました。

物語の舞台は長崎県の五島列島。
五島列島は長崎県西部の海に密集する140ほどの島の総称です。
比較的大きな島が五つ並んでいて、その周辺に中小の島々が点在しています。
語り手は仲村ナズナと桑原サトルの中学三年生の二人。
この二人の語りが交互に展開されていきます。
また、各章の冒頭には作品の登場人物が書いた手紙があります。

合唱部は当初、女子部員しかいませんでした。
仲村ナズナの同級生では部長の辻エリや長谷川コトミ、一学年下の福永ヨウコなどがいました。
顧問の音楽教師、松山ハルコ先生のもと活動していたのですが、松山先生が新年度から一年間出産と育児のため休職することになります。
代わりに一年間の臨時教員としてやってきたのが柏木先生。
30歳で松山先生と同級生の音楽教師で、五島列島の出身でもあります。
音楽大学のピアノ科への進学を機に東京に上京していて、東京では自称ニートな引きこもり生活をしていたらしく、今回松山先生に頼まれて五島列島に帰ってきました。
柏木先生は腰まである長い黒髪が印象的なかなりの美人で、たちまち学校内の注目の的になりました。
そして柏木先生目当てで男子が入部してくることに。

その時、成り行きで合唱部に入部することになってしまったのが桑原サトルです。
桑原サトルは同級生の合唱部員、長谷川コトミのことが気になっていて、他の男子生徒が柏木先生目当てで入部する中、長谷川コトミと一緒に活動できるなら…という理由で入部していました。
また桑原サトルはものすごく内気な性格で、本人曰く「ぼっちのプロ」とのことです。
ぼっちとはひとりぼっちのことで、クラスではいつも一人で過ごし、クラスメイトと言葉を交わすこともないです。

長谷川コトミは幼稚園の先生になるのが夢の、博愛精神に満ちた美少女と周りからは思われています。
しかし実はおっとりとしていて穏やかな印象とは別の本性を持っていて、中学一年の二学期に長谷川コトミとの間にあったちょっとしたエピソードから、桑原サトルはそのことを知っています。

合唱部に入部してきた男子は全部で七名になったのですが、その中に三年生の向井ケイスケと三田村リクがいます。
向井ケイスケと仲村ナズナは幼馴染で、ケイスケが柏木先生目当てで合唱部に入ったことに激怒していました。
ナズナは母や自分を見捨てて愛人のところに転がり込んだ父のせいで男性不信になり、男の人が嫌いになってしまいました。
そのため合唱部に男子が何人も入部してきたことにも人一倍不快感を露にしていました。

合唱の世界には、「NHK全国学校音楽コンクール」というものがあります。
通称「Nコン」と呼ばれていて、7月末にNコンの都府県地区コンクールが行われます。
Nコン長崎県大会も7月末にあり、合唱部はそこに向けて活動していくことになります。
そして例年は女子部員だけなので「女声合唱」で出場するのですが、今年は男子部員が何人も入ってきたので「混声合唱」で出場することになります。
Nコンには課題曲と自由曲があり、今年の課題曲は『手紙~拝啓 十五の君へ~』。




実際に2008年のNコンの課題曲がアンジェラ・アキさんの『手紙~拝啓 十五の君へ~』で、それがモデルになっているようです。
この『手紙~拝啓 十五の君へ~』をよく理解して歌うために、十五年後の自分あてに手紙を書くという宿題が出ます。

桑原サトルにはアキオという自閉症を患っている兄がいます。
親戚の工場で働いていて、サトルが工場まで一緒に歩いて送り迎えをしています。
ぼっち状態のサトルにとって、アキオだけが心の拠り所になっていました。
それでも合唱部での活動を通じて、徐々に自分というものを見出していきます。

仲村ナズナは柏木先生を意識しまくりの男子達にイラついています。
柏木先生が「低い声が好き」と言っているのを聞いた途端に男子達が低い声で話し始めた様子を見て「男子はやっぱり死んだほうがいい」と言っていました
また、男子は柏木先生がいないとやる気を出さず、それにナズナを始め女子部員達が怒り、次第に合唱部に亀裂が入っていきます。

第二章では、『手紙~拝啓 十五の君へ~』の歌詞について長谷川コトミが解釈していました。
『手紙』の歌詞は「僕」という人物の一人称で書かれているのですが、「十五歳の自分」と大人になった「現在の自分」という二人の「僕」がいます。

一番の出だし
拝啓 この手紙読んでいるあなたは どこで何をしているのだろう
十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです

二番の出だし
拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです
自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる

十五歳の自分が未来の自分に手紙を書いている一番の出だしは女子が歌い、大人になった現在の自分が十五歳の自分に返事をしている二番の出だしは男子が歌います。
これにより、変声期前の「僕」と変声期後の大人になった「僕」を歌声によって表現することができます。
高い女声によって子どもの「僕」を、低い男声によって大人の「僕」を表現します。
この演出は女子だけではできず、男子の声があって初めて成立するもので、混声合唱の醍醐味のようです。
なので、男子と女子の間に亀裂が入っていても、男子を排除するようなことはせず混声合唱で歌いたいと長谷川コトミは考えていました。

それと、有名なアニメ映画と五島にはつながりがあるようです。
「天空の城ラピュタ」「火垂の墓」の美術、「時をかける少女」の背景を担当したのが五島の出身とのことでした。
また、五島列島の方言も面白かったです。
長崎県本土の長崎弁に似ていますが、五島列島独特の方言もあります。
会話の中で何度も出てきた「ざーま(とてもという意味)」などは特に印象に残りました。

Nコンの九州・沖縄ブロック長崎県大会は諫早市にある文化会館で行われ、長崎県内の中学校のうち、二十校ほどが参加します。
良い成績を残せた学校のみが九州大会に進み、そこでも上位に食い込んだら全国大会で歌えます。
全国大会は紅白歌合戦が行われる場所でもある、東京の渋谷にあるNHKホールで行われます。

柏木先生が語った合唱の面白さは印象的でした。
「ひとりだけが抜きん出ていても、意味がないんだ。そいつの声ばかり聞こえてしまう。それが耳障りなんだ。だから、みんなで足並みを揃えて前進しなくちゃいけない。みんなで一緒になって声を光らせなくちゃいけない。なによりも、他の人とピッチを合わせることが武器になるんだ。だから、誰も見捨てずに、向上していかなくちゃならない」

また、この作品では時折面白い言い回しがあります。
男子と女子の亀裂について、「それまでにも溝はあったが、いまやその深さは修復不可能な日本海溝レベルとなり、うっかり目を合わせたら舌打ちをされるほどである」など、どこか森見登美彦さんが思い浮かぶ言い回しでした。

そして一学期が終わり、夏休みに入ります。
いよいよNコンの長崎県大会に臨むことになります。
諫早市の諫早文化会館に乗り込むのですが、大会は現地に到着した日もコンクールの当日もなかなかの波乱の展開になりました。
現地に到着した日は長谷川コトミと桑原サトルに色々なことがありました。

ありえない、ということがおこったとき、人は動揺する。

という言葉が出てきて、まずい展開が待っていることが予感されました。
いつも飄々としていて落ち着いている柏木先生の様子がおかしく、何があったのかと部員にも不安が走ります。
しかし大会の進行は待ってはくれず、着々と出番が近づいてきます。

「くちびるに歌を持て、ほがらかな調子で」

という、産休中の松山先生がよく言っていた言葉を思い出しながら、本番のステージに臨んでいきます。
課題曲『手紙~拝啓 十五の君へ~』の歌いだしとともに登場する、部員の手紙としては最後に登場する手紙。
この場面はかなり心を揺らしました。
合唱している場面と、手紙を書いた人の心理が合わさって、読んでいて寂しいような、切ないような心境になりました。
しかしこの合唱によって手紙に綴ってあった心境を超えて、先の人生に向かっていけるのではと思いました。

最後に、渋谷にあるNHKホールで行われた全国大会の様子をご紹介します。
涙を流しながら歌っている生徒達もいて、これが合唱が持つ力なのだと思いました。
動画を見ていたら私も涙ぐんでしまいました。




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