塩哲の色不異空

日々の思いを気の向くままに

ミュージアム巡り 太田道灌と江戸 足利成氏願文写

2018-07-08 03:11:12 | ミュージアム巡り_2020
 次の書は、足利成氏が烏森神社(現在の東京都港区、本文では稲荷
大明神)に奉納した願文の写し。内容は、今回の所願成就のあかつき
には烏森神社の修造を行うことを誓ったもの。
 成氏は享徳3年(1454)12月27日に鎌倉で関東管領・上杉憲忠を
殺害し、上杉方との全面的な抗争に突入。翌年正月5日、武蔵国・
上野国の上杉方攻撃のために軍勢を率いて鎌倉を出発。
 願文の日付が鎌倉出発と同日で、上杉方の勢力圏である武蔵南部
の烏森神社に自軍の戦勝祈願を行っていることから、この時の成氏
の意気込みが伺える。
 28年間続いた享徳の乱は、鎌倉方と関東管領の抗争を発端に戦乱
が関東全域に広がり、関東の武士が鎌倉公方派と関東管領派に分か
れて争ったことで、関東の戦国時代の幕開けであった。
 展示資料は「江戸名所図会」巻3に収録された写しで原文書は烏
森神社所蔵。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)

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