塩哲の色不異空

日々の思いを気の向くままに

ミュージアム巡り おもちゃ絵 とうろうのゑ

2024-01-31 02:52:20 | ミュージアム巡り_2024
 江戸には各地に神社仏閣があり、様々な祭礼が催されていた。山王(日
枝神社)や神田明神、三社(浅草神社)のような大きな規模のものだけでな
く、町内の小さな神社の祭礼もあり、これに出向くことは庶民の愉しみ
でもあった。
 おもちゃ絵にも、そんな祭礼に関するものがあり、灯籠や山車を描い
たものも、神輿を作るものなどもあった。
 次は、「とうろうのゑ」(文化~文正年間・1804~30頃、歌川国長画、
版元未詳)は、絵の上部に作品のタイトルが書かれ、同じタイプの絵に
“あんどん” と記されたものもあり、祭の飾り行灯を作るための絵と判
明。
 祭の時には大行灯が飾られ、そこには神話や武者などが描かれてい
ることが多く、この絵には天岩戸と土蜘蛛退治が判る。

 参考図として「江戸と東京 風俗野史」8伊藤晴雨画)より。
tabashio-museum(墨田区横川1-16-3)

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ミュージアム巡り おもちゃ絵 堀の内妙法寺の図

2024-01-30 02:51:54 | ミュージアム巡り_2024
 次は、「堀の内妙法寺の図」(完成年間・1789~1801頃、叢豊丸画、
版元:丸屋文右衛門)で、堀之内妙法寺の仁王門と、その正面にある祖
師堂、さらにその横の建物を作る組上げ灯籠と推測される。
 叢豊丸は寛政6年(1794)に二代目春朗と改名したため、作品はそれ
以前のもの。保存状態が悪いものの、現存する組上げ灯籠としては古
い時代のものとなる。

 細かいパーツがあり、それぞれの配置の位置の指示が少なく、作り
上げるのが難しそう。豊丸作品には、忠臣蔵の一場面を描いたものも
ある。

 参考図「東都歳時記」より、伽羅油の看板の前で、子供達が城の組
上げ灯籠と行列の廻り灯籠を眺めている図。
tabashio-museum(墨田区横川1-16-3)

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ミュージアム巡り おもちゃ絵 見立て五人男

2024-01-29 05:45:51 | ミュージアム巡り_2024
 続いて、組上げ灯籠で、「絵本江戸風俗往来」によれば6月晦日か
ら7月晦日まで、亡き魂の供養のため庶民は江戸の至る所で灯籠や提
灯を灯していたという。特に遊郭・吉原では盛んで、ガラス製の灯籠
や絵を組み上げた灯籠を飾り、多くの見物人が押し寄せたという。
 紙を組み上げる灯籠は元々上方が発祥で、現在では“立版古”という
呼称が知られ、俳句の季語にもなっているが、その後は “切組灯籠”
“組上げ灯籠” “組上げ” などと記されている。
 江戸では当初上方の風景ものが出回っていたが、1800年前後から
北尾政美や葛飾北斎が描き、その後、歌川国長、豊久などの絵師が
描くようになる。
 組上げ灯籠は1枚で完成するものもある中、複数枚で創り上げる
ものもあり、10枚以上を使う大がかりなものも登場する。どれも裏
打ちし、握り鋏で切り抜き、糊代を貼って作るため、幼い子供には
難しく、題材は名所から寺社、祭礼など芝居、遊郭、風呂屋、料亭
等がある。

 まずは、「見立五人男」(文政年間・1818~30頃、歌川豊久画、版
元:和泉屋市兵衛)で、芝居の雁金五人男の名場面を1枚で創り上げ
る。5人は、七代市川団十郎、五代目松本幸四郎などの役者の似顔
絵だ。

 そして、参考図として「風流役者地顔五節句 七月之図」(歌川豊
国画) は、役者が組上げ絵を見ている。裏から描かれているために、
補強後や灯籠らしく裏から明かりの灯している様子がわかる。
tabashio-museum(墨田区横川1-16-3)

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ミュージアム巡り おもちゃ絵 和藤内虎退治

2024-01-28 05:40:39 | ミュージアム巡り_2024
 続いて「和藤内虎退治」(天保年間・1830~44、二代歌川豊久画、版
元不明)で、「国性爺合戦」には主人公・和藤内が竹林に迷い込み、そこ
で遭遇した天照大神の神通力で虎を退治する、そんなシーンを廻り灯籠
とした。
 明朝末期が舞台なので、異国風の建物や楽隊が描かれているが、楽隊
は場面を盛り上げるための演出だろう。

 そして、「座敷の廻り灯籠」(弘化年間・1844~48、歌川貞重画、版元:
伊勢屋利兵衛)で、2階が影絵、1階でも踊り騒ぐ宴会が繰り広げられる
賑やかな作品。特に2階の若者の手が動くよう糸で留める仕組みが。

 次は「むら松町あやめすし組上廻りとうろふ」(嘉永5年・1852、二代
歌川豊久画、版元:?)で、握り寿司は江戸の町で立ち食い屋台から誕生。
当時の寿司はおにぎりのような大きさで、小腹が空いたときなどおやつ
代わりに食されたという。

tabashio-museum(墨田区横川1-16-3)

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ミュージアム巡り おもちゃ絵 邯鄲諸国物語・播磨の巻

2024-01-27 05:33:49 | ミュージアム巡り_2024
 次は「邯鄲諸国物語・播磨の巻」下編・上下・表紙(天保12年・1841、
歌川国貞画、版元:山本平吉)で、表紙題は「種彦諸国物語」であるが、
内題が“邯鄲~”。「偐紫田舎源氏」の著者・柳亭種彦作の合巻。この
表紙には廻り灯籠が描かれ、初編作の表紙には鬘つけや衣裳つけが
描かれている。

 そして、「新吉原扇屋組上廻りどうろふ」(天保年間・1830~44,
二代歌川豊久画、版元:和泉屋市兵衛)で、吉原遊郭の中でも格式の高
い遊女図、扇屋宇右衛門を題材にした廻り灯籠。扇屋の店の周囲を人
や犬が回るように描かれている。

 固有の店がモデルとなった例は他にもあり、有名料亭や八百善の組
上蟷螂などもあり、実在店も題材となった。
tabashio-museum(墨田区横川1-16-3)

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