久しぶりに朝饂飩を頂きに新宿原町へGO。
向かった先は「白河そば」。ここの饂飩玉はきしめんのような平た
い“ひもかわ”と呼ばれる麺に、お出汁が“塩だし”なので私の舌の壺に
ピタリとマッチ。
朝一番に暖簾をくぐると、ガテン系の親父達が続々入店。こちら
でガッツリとお腹を満たして仕事場へ向かわれるのだろう。そんな
親父達の手元を観ると、麺の器に飯の丼がある。
さて、私は「刻み饂飩」570円に玉葱の「かき揚げ」160円をト
ッピングオーダー。
刻みとは油揚げをきざんであり、饂飩と絡めて啜ると至福のひと
ときが味わえる。朝イチなので少々強めの塩気があるが、この強気
なのは暖簾開けの方たちにとっては仕事を始める前のルーティーン
になっているのかな。
で、私はかき揚げを塩出汁にしっかりと浸み渡して、マッタリと
なったお出汁も大好き。旨い一杯、ご馳走様。
向かった先は「白河そば」。ここの饂飩玉はきしめんのような平た
い“ひもかわ”と呼ばれる麺に、お出汁が“塩だし”なので私の舌の壺に
ピタリとマッチ。
朝一番に暖簾をくぐると、ガテン系の親父達が続々入店。こちら
でガッツリとお腹を満たして仕事場へ向かわれるのだろう。そんな
親父達の手元を観ると、麺の器に飯の丼がある。
さて、私は「刻み饂飩」570円に玉葱の「かき揚げ」160円をト
ッピングオーダー。
刻みとは油揚げをきざんであり、饂飩と絡めて啜ると至福のひと
ときが味わえる。朝イチなので少々強めの塩気があるが、この強気
なのは暖簾開けの方たちにとっては仕事を始める前のルーティーン
になっているのかな。
で、私はかき揚げを塩出汁にしっかりと浸み渡して、マッタリと
なったお出汁も大好き。旨い一杯、ご馳走様。
次の書は、四代将軍家綱の元服の儀式について細部にわたり記録し
た「御元服記」(正保2年・1645、林羅山著?、林羅山旧蔵、全1冊)
で、同書の記述などから後の手本として記録されたことが知られてい
る。それに、「民部卿法印作」とした写本が残され、羅山が加わって
いると考えられる。
展示頁には、元服時に初めてかぶる「初冠」が記されている。家綱
は数え5歳で元服する。冠をかぶらせる加冠役に譜代筆頭・井伊直孝
が、また髪を整える理髪役に保科正之が命じられている。徳川将軍家
では家綱以降、井伊氏が加冠役を、保科氏が理髪役を務めることが慣
例となる(次の人物像は保科正之)。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)
た「御元服記」(正保2年・1645、林羅山著?、林羅山旧蔵、全1冊)
で、同書の記述などから後の手本として記録されたことが知られてい
る。それに、「民部卿法印作」とした写本が残され、羅山が加わって
いると考えられる。
展示頁には、元服時に初めてかぶる「初冠」が記されている。家綱
は数え5歳で元服する。冠をかぶらせる加冠役に譜代筆頭・井伊直孝
が、また髪を整える理髪役に保科正之が命じられている。徳川将軍家
では家綱以降、井伊氏が加冠役を、保科氏が理髪役を務めることが慣
例となる(次の人物像は保科正之)。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)
次の書は、通称「徳川実紀」と呼ばれる幕府編纂の正史「御実紀」
(大猷院殿御実紀、天保14年・1843成立、成島司直編、書籍館旧蔵、
全241冊)で、初代将軍家康から十代家治に至る歴代将軍の事績を編
年体で記し、逸話については付録として加えられている。大猷院殿と
は家光のこと。
展示頁は、子供が着物の付け紐をとり、初めて帯を結ぶ時の帯解の
内容が記されている。寛永20年(1643)、家光の娘で当時数え7歳の
千代姫の帯解。千代姫は後日、尾張藩二代目藩主・徳川光友の正室。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)
(大猷院殿御実紀、天保14年・1843成立、成島司直編、書籍館旧蔵、
全241冊)で、初代将軍家康から十代家治に至る歴代将軍の事績を編
年体で記し、逸話については付録として加えられている。大猷院殿と
は家光のこと。
展示頁は、子供が着物の付け紐をとり、初めて帯を結ぶ時の帯解の
内容が記されている。寛永20年(1643)、家光の娘で当時数え7歳の
千代姫の帯解。千代姫は後日、尾張藩二代目藩主・徳川光友の正室。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)
次の書は、伊勢流の故実を中心に元服や婚礼などの祝い事につい
て概説した「伊勢家伝来武家故実祝事大概」(嘉永3年・1850序、
飯島勝休著、内務省旧蔵、全3冊)。
いろんな図が色彩豊かに掲載されている。伊勢流も小笠原流と同
じく、礼式の一流派。勝休は幕末の信濃国松代藩士で故実家。
展示頁は、「初歯黒」の内容が記されている。お歯黒は女子の成
人を示す化粧で「初鉄かね」とも呼ぶ。行う年齢は様々で、同書で
は9歳とする説で、13歳頃とする説もある。
次の書図は、「茫眉」(すべらかし)が記され、初歯黒を行う当日は、
初めて茫眉と呼ばれる下側をぼかした眉を描いて、さらに初めて髪
を結った。
次の図は、鉄かねを入れる杯や片口、盥。それに渡し金の箱とう
がい茶碗が描かれている。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)
て概説した「伊勢家伝来武家故実祝事大概」(嘉永3年・1850序、
飯島勝休著、内務省旧蔵、全3冊)。
いろんな図が色彩豊かに掲載されている。伊勢流も小笠原流と同
じく、礼式の一流派。勝休は幕末の信濃国松代藩士で故実家。
展示頁は、「初歯黒」の内容が記されている。お歯黒は女子の成
人を示す化粧で「初鉄かね」とも呼ぶ。行う年齢は様々で、同書で
は9歳とする説で、13歳頃とする説もある。
次の書図は、「茫眉」(すべらかし)が記され、初歯黒を行う当日は、
初めて茫眉と呼ばれる下側をぼかした眉を描いて、さらに初めて髪
を結った。
次の図は、鉄かねを入れる杯や片口、盥。それに渡し金の箱とう
がい茶碗が描かれている。
国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)