ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 日野行介著 「福島原発事故 県民健康管理調査の闇」 岩波新書 (2013年9月 )

2014年06月06日 | 書評
福島原発事故の放射線被ばく健康管理調査で、福島県と専門家の仕組んだストーリー作り 第1回

序(その1) 
 2011年3月11日の東日本大震災が発生した。その後に襲った大津波で死者・行方不明者は約2万人に上った。同時に東電福島第1原発第1-4号機の冷却用全電源喪失によって炉心溶融事故が起こり、圧力容器・格納容器の破損などで遺漏していた大量の放射性物質が建屋の水素爆破によって外気に流出し、その時の風に乗って高濃度放射性物質プルーム(煙流)が北西方向へ拡散した。その時漏れた放射性物質の量はチェルノブイリ事故の1/7であった。事故の危険度はレベル7とされた。本書は東京電力福島第1原子力発電所の事故そのものには言及していないので、原発事故事故の技術的詳細は淵上正朗/笠原直人/畑村洋太郎著 「福島原発で何が起こったかー政府事故調技術解説」(日刊工業新聞B&Tブックス 2012年12月)、事故原因の政治的社会的詳細については東京電力福島原発事故調査委員会著 「国会事故調報告書」(徳間書店 2012年9月)にあるので参照してほしい。本書はおそらく長い期間にわたって住民と環境に影響を与えるであろう低線量被ばく問題をとりあげるが、低線量被ばくの疫学的・医学的・放射線生物学的な科学的アプローチではない。それについての解説書は多数刊行されているが、新潟大学医学部教授の岡田正彦氏の著した 岡田正彦著 「放射能と健康被害」(日本評論社 2011年11月)は簡単明瞭であるので紹介する。
 人類にとって放射線被ばくの経験は、1945年8月の広島・長崎の原爆投下によるものと、1956年焼津のマグロ漁船「第5福竜丸」のビキニ環礁水爆実験での被ばく、1986年旧ソ連のチェルノブイリ原発事故でに被曝、更に近年では2003年イラン戦争での劣化ウラン爆弾による被ばく、1999年の茨城県東海村JOC臨界事故、そして2011年3月東電福島原発事故などがある。広島・長崎の原爆投下被ばく、「第5福竜丸」のビキニ環礁水爆実験被ばく、劣化ウラン爆弾による被ばくはすべて米軍による行為であり、チェルノブイリ原発事故、JOC臨界事故、東電福島原発事故は原子力発電所と燃料加工場での被ばくであった。また広島・長崎の原爆投下被ばくでは原爆の光熱による高線量被ばくと周辺環境における低線量被ばくの両方を含む。「第5福竜丸」被ばくは「死の灰」を被った高線量被ばくであった。JOC臨界事故は6-20シーベルトの高線量暴露被ばくであった。低線量被ばくとしてはチェルノブイリ原発事故と東電福島原発事故である。今回の東電福島原発事故は炉心のメルトダウンがあったが燃料および高濃度放射性物質は圧力容器に封じられていたので低線量被ばくの範疇となる。
 従って福島原発事故の住民に及ぼす低線量被ばくの影響を推測するには、チェルノブイリ原発事故の例が参考となるはずである。ところが旧ソ連の秘密主義と、原発を推進する組織の国際原子力機関IAEAの壁のもとでは、被ばくと健康被害の因果関係は否定されてきた。IAEAは1996年になって「小児の甲状腺がん」だけを事故の影響として認めた。アカデミックな民間NPOである国際放射線防御委員会ICRPは原子力推進側の人や金が入り込んでいるためその客観性に疑問を持つ人も多いが、IAEAは基準が厳しすぎるという批判がある。たとえば許容被ばく量として、年間1ミリシーベルトを掲げるが、IAEAは100ミリシーベルトまでは被ばくの影響はないとという隔たりがある。
 この年間被ばく量1ミリシーベルトと100ミリシーベルトを巡る基準の設定の齟齬が本書のメインテーマとなっている。低線量被ばくについての科学的データーは存在しないといつもIAEAは主張し、日本の科学者および原子力関係機関もそれに追随するが、「科学的」データーが存在しないことと影響がないことは同義ではない。環境訴訟において原告は被害を実証する必要があるが因果関係は実証する必要はない。因果関係がないことは被告側(国や企業)が実証しなければならない。見る目によっては疫学的には十分すぎるほど被害は発生しているが、科学者や行政側はそれには目をつぶって事実はないと無視し、低線量放射線が原因であるという事実を裏付ける「動物実験」データがないことを言うだけのことかもしれない。疫学は科学ではないとでもいうのだろうか。ある事実が発生し、それ以降ある生物的事象が起こるようになったとすれば疫学的な調査が開始され、その結果を待たずに予防措置を取ることは欧州委員会で「予防原則」として推奨される行政的措置である。「科学的」データがないから対応はとらないとか影響はないと断言することは、国会事故調報告がいうように、今回の3.11日東日本大地震による大津波の到来を科学的根拠がないといって無視し対策を取らなかったために原発事故を招来した電力会社の不作為が事故の原因の一つである。

(つづく)


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