アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

翁長知事・「オール沖縄会議」は県民大会を「撤回」回避の隠れ蓑にするのか

2017年08月13日 | 沖縄・翁長・辺野古・...

     

 12日行われた「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」。
 炎天下4万5千人(主催者発表)が集まり、「辺野古新基地建設断念、オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖・撤去の実現」(大会宣言)を安倍政権に突きつけた意味は大きく、県民のみなさんに心から敬意を表します。

 しかし、そうした県民の願いとは裏腹に、大会であいさつした翁長雄志知事、そして大会を主催した「オール沖縄会議」の姿勢には強い疑念をいだかざるをえません。県民大会を「埋立承認早期撤回」を回避するための隠れ蓑にしようとした意図がうかがえるからです。
 
 前回のブログで、大会決議(宣言)に「承認撤回」が盛り込まれることを強く望むと書きましたが、その期待は見事に裏切られました。「大会宣言」には「埋立承認撤回」については一言も触れていません。

 それだけではありません。壇上で発言し要旨が紹介されている7人(高里鈴代氏、高良鉄美氏、玉城愛氏=以上「オール沖縄会議」共同代表、山城博治氏・オール沖縄会議現地闘争部、稲嶺進名護市長、城間幹子那覇市長、野国昌春北谷町長)のうち、誰一人として「承認撤回」について触れる人はいませんでした(13日付琉球新報、沖縄タイムスの発言要旨)。これは果たして偶然でしょうか。

 肝心の翁長氏はどうだったでしょう。
 翁長氏は壇上のあいさつで、「工事を強硬に推し進める状況は、必ず埋め立て承認撤回につながっていく」(13日付琉球新報)としながら、「撤回の時期を私の責任で決断する」(同)と述べただけでした。
 大会後記者団に対しても「埋め立て承認の撤回を「必ずやる」と明言」(13日付沖縄タイムス)しながら、「撤回時期は示さなかった」(同)のです。

 <埋め立て承認撤回に向けては、今年3月25日の名護市辺野古の県民集会で翁長知事は「撤回を力強く、必ずやる」と初めて明言した。その後は撤回時期を問われるたび「工事の在り方等を考えると撤回は十二分に検討に値する」「あらゆる状況を想定して検討している」「撤回は視野に入れながら議論している」としか言及してこなかった。
 この日の県民大会でも撤回についての知事発言は従来の範囲内で目新しさはなかった。大会後の取材にも、時期についての質問に「時期は言えない」と答えるにとどめた>(13日付琉球新報「解説」)

 これだけでも問題ですが、さらに、たんに「従来の範囲内」と見過ごすことができない重大な報道があります。

 <大会主催者のオール沖縄会議は、4月の護岸工事着手後から、県民大会開催の機会を探ってきた。大会のタイミングを誤れば、早期撤回を求める声が噴出し、知事へ決断を迫る「圧力」にもなりかねない。県側の差し止め訴訟の動きも見ながら、開催時期の決定を慎重に調整してきた>(13日付琉球新報「透視鏡」)

 驚くべきことです。「8・12県民大会」は「早期撤回を求める声が噴出し、知事へ決断を迫る「圧力」」にならないように見計らって「差し止め訴訟」のあとにした、すなわち「8・12県民大会」には「早期撤回」の「圧力」を回避する意図があったというわけです。「大会宣言」や発言者が「承認撤回」に一言も触れなかった背景はそういうことだったのですか。

 翁長氏の「必ず撤回する」も額面通りには受け取れません。

 <「雰囲気による撤回はできない」(県幹部)と、県側は、明確な根拠を得ない限り撤回には踏み切れないとの考えに変わりはない。撤回カードを切る決定打はいまだ見えないが、知事を支えるオール沖縄会議の関係者の一人は「県民投票の可能性がないわけではない」と述べ、今後も撤回へ向けた環境づくりに注力していく姿勢を強調した>(13日付琉球新報「透視鏡」)

 この記事の「県幹部」の発言や「県側」の考えが翁長氏の意向と相違しているとは考えられません。つまり「明確な根拠」がないかぎり「撤回」には「踏み切れない」というのは翁長氏自身の本音だと言わざるをえません。そういう本心を持ちながら、県民大会や記者会見では「必ず撤回する」と言うのは、県民世論対策の二枚舌でなくてなんでしょうか。

 仮に「必ず撤回する」がほんとうだとしましょう。しかし、今問われているのは、そして新基地阻止のために決定的に重要なのは、「撤回の時期」です。なぜなら、「撤回が遅れれば遅れるほど結果的に公有水面埋め立て工事が進み、今後の撤回訴訟に不利益を生む」(仲宗根勇氏・元裁判官、4日付琉球新報「論壇」)からです。

 翁長氏はなぜ頑として「時期」を明言しようとしないのか。そこには、来年の知事選まで引っ張って、「撤回」を「公約」にして選挙戦での求心力を高めようとする政治戦略があるからではないでしょうか。

 「オール沖縄会議」(そのもとに集まる人びと)の目的、共通の要求・願いは、決して翁長氏を支持する(あるいは知事選で再選させる)ことではないでしょう。言うまでもなく辺野古新基地を阻止することでしょう。ならばなぜ大会で「承認撤回」を求めないのですか。なぜ「早期撤回」に反対するのですか。
 「オール沖縄会議」とは何なのか。自ら根源的に問い直す必要があるのではないでしょうか。
 


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沖縄県民大会で「埋立承認撤回」の決議を

2017年08月10日 | 沖縄・翁長・辺野古・...

     

 「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」が12日那覇市内で行われます。
 折からのオスプレイ墜落・飛行再開強行に対し、「オスプレイの飛行即時停止と配備撤回を求める特別決議」を行うと、主催団体の「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」が8日発表しました。

 当然の特別決議です。同時に県民大会でぜひ決議して(大会決議に盛り込んで)いただきたいことがあります。辺野古埋立承認の「撤回」です。

 オール沖縄会議は、県民大会は「工事差し止めを求めて国に提訴した翁長雄志知事を支える意味がある」(9日付琉球新報)としており、岩礁破砕差し止め訴訟を前面に掲げながら、「撤回」には言及していません。しかし、岩礁破砕差し止め訴訟は辺野古新基地を阻止する有効な手段ではありません。それどころか逆に闘いにとって大きなマイナスになります(7月25日ブログ参照http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20170725)。今求められているのは速やかな「承認撤回」以外にありません。

 そのことは最近の県紙に掲載されている識者の指摘でも明白です(写真中)。

 <埋め立て承認撤回望む 今回の提訴(岩礁破砕差し止めー引用者)は辺野古新基地建設を止めるのに十分ではない。…8月には県議らを中心に訪米行動も予定されている。その際に埋め立て承認が維持された状態では国際社会には何の説得力も持たない。沖縄県には早期の撤回を求める>(安部真理子氏=日本自然保護協会主任・海洋環境学、7月31日付沖縄タイムス)

 <承認撤回の道筋、県示せ 差し止め訴訟は…なによりいつになるか分からない判決が出るまで、工事を止められないのが最大の難点である。…8月12日の県民大会までには、県は「あらゆる手法」の本筋である承認の撤回について、辺野古現地での闘いと呼応した道筋を示すべきである>(本田博利氏=元愛媛大教授・行政法、8月2日付沖縄タイムス)

 <民意に応え承認撤回を 県は闘いの一環として裁判(岩礁破砕差し止め訴訟ー引用者)を提起するのだろうが、そこに県民や国民の意識が向けば向くほど問題が矮小化されていくのではないか、と危惧する。…国の対応には撤回で闘うしかない。…埋め立て承認撤回を公約に掲げながら、現時点で撤回に踏み切らない翁長雄志知事への不満もくすぶっている。…撤回するなら今年12月(知事任期まで1年―引用者)がタイムリミットで、それを過ぎれば撤回できないのではないか。12月にもなれば護岸工事は進み、既成事実が積み上げられているだろう。辺野古新基地建設反対の民意に応え、結束し闘うには撤回の決断しかない>(照屋寛之氏=沖縄国際大教授・政治学、8月3日付沖縄タイムス)

 <県の岩礁破砕差し止め提訴 賢明な選択だったのか 国は本案(岩礁破砕差し止め訴訟ー引用者)の審理を故意に長引かせ、承認撤回の無力化と撤回裁判で県が勝訴した場合に県が国になすべき補償額を極大化する訴訟戦術に出るだろう。…撤回が遅れれば遅れるほど結果的に公有水面埋め立て工事が進み、今後の撤回訴訟に不利益を生む結果となり、県が自ら墓穴を掘ったということになりはしまいか>(仲宗根勇氏=元東京簡裁裁判官、8月4日付琉球新報)

 「翁長知事を支え(る)」ことと「辺野古に新基地を造らせない」ことと、どちらが真の目的であるかは言うまでもないでしょう。後者の目的達成のためには、翁長氏を無条件に「支える」のではなく、やるべきことをやらせる、公約の実行を迫ることこそ必要なのではないでしょうか。
 県民大会決議に「承認撤回」が盛り込まれることを重ねて強く望みます。


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オスプレイ飛行強行の根源は日米安保条約

2017年08月08日 | 沖縄と日米安保・自衛隊

     

 米軍がオーストラリア沖で墜落(5日)したばかりのMV22オスプレイ(同型機)を、原因も究明されないまま、沖縄上空に飛行させた(7日)ことは、まさに言語道断です。

 「政府は米側に「運用上必要だ」と言われれば、口出しできない。県民の不安よりも外国軍隊である米軍の言い分を優先しているのである。とても主権国家とはいえない」(8日付沖縄タイムス社説)

 まったくその通りです。問題はなぜそうなるのか、その根源は何かです。

 普天間基地所属のオスプレイは昨年12月にも名護市安部の海岸に墜落しました(写真中)。この時も原因究明のないまま6日後には飛行再開を強行しました。その際、在沖米軍のトップ、ニコルソン四軍調整官は、こう言いました。「(日本人は)感謝すべきだ」「(オスプレイは)日本の防衛に役立っている」

 ニコルソン氏がそう言ってはばからないのはなぜか。日米安保条約があるからです。安保条約第6条はこう明記しています。
 「日本国の安全に寄与し、ならびに極東における国際の平和および安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍および海軍が日本国において基地を使用することを許される
 米側に「運用上必要だ」と言われれば日本政府は「口出しできない」のは安保条約があるからです。

 さらに同条は、「前記の基地の使用ならびに日本国における合衆国軍隊の地位は…協定および合意される他のとり決めにより規律される」としています。これが「日米地位協定」の根拠です。
 「地位協定の抜本改正」が言われますが、その根拠となっている日米安保条約にメスを入れずして「地位協定の抜本改正」はありえません。

 ところが、今回のオスプレイ飛行再開強行に対し、沖縄県紙のみならず朝日新聞や東京新聞が社説を書いていますが、「飛行中止を求め続けよ」(8日付朝日新聞社説)などと言うだけで、元凶である日米安保条約について指摘してい論説は1つもありません。沖縄県紙の社説や「識者談話」も例外ではありません。

 特に指摘しなければならないのは、沖縄の翁長雄志知事の言動です。
 翁長氏はオスプレイの飛行再開が強行された7日、記者会見すら開いていません。かろうじて県庁での”ぶらさがり”で、「起こるべくして起きた事故。とんでもない飛行機で、原因究明も全く当てにならない」「日本政府に当事者能力がない。日本国民を守る気概があるのか。認識が大変弱い」(8日付沖縄タイムス)と述べましたが、「オスプレイ撤去」さえ要求しませんでした。

 翁長氏に代わって沖縄防衛局の中嶋浩一郎局長を県庁に呼んで「遺憾」の意を示した富川盛武副知事は、「「日米安保も揺らぎかねない」と強い懸念を示した」(8日付沖縄タイムス)と述べ、日米安保体制の「揺らぎ」を懸念するという本末転倒ぶりです。

 翁長氏も昨年12月の墜落後の飛行再開に際して、「日米安保に貢献する県民を一顧だにしないもの」(12月20日付琉球新報)と述べ、沖縄県民を「日米安保に貢献する県民」に仕立て上げたうえで日米安保を維持する立場から「憤り」を示しました。

 欠陥殺人機・オスプレイを沖縄から、日本から撤去するためには、元凶である日米安保条約に反対することが不可欠です。安保条約の支持・擁護を持論とする翁長氏は、オスプレイ撤去、辺野古新基地阻止で、自民党・安倍政権と正面からたたかうことはできません。

 


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満蒙開拓団で人身御供にされた女性たち

2017年08月07日 | 戦争の被害と加害

     

 知っていなければならないのに、知らなかった戦争の史実が、ここにもありました。

 5日夜NHKのEテレで放送された「ETV特集 告白~満蒙開拓団の女たち~」。

 岐阜県の山間地・旧黒川村から満蒙開拓団として約650人が旧満州(中国東北部)に入植。敗戦で取り残され、現地の住民(もとはといえば土地を奪われた人たち)が「襲撃」してくるとの情報が入った。他の開拓団は多くが「集団自決」していた。「集団自決」以外に道はあるか。開拓団の幹部たちは話し合った末、進駐してきていたソ連軍に「警備」を頼むことにした。ソ連軍はその依頼を了承した。条件付きで。代わりに女性を差し出すこと。

 開拓団の幹部たちは協議の末、未婚の女性15人を差し出した。「接待」と称して。「接待所」までつくった(「接待」と「慰安(婦)」、なんというおぞましい共通性でしょうか)。佐藤ハルエさん(92)=当時20歳は証言する。「ソ連兵は汚いものを触るみたいに鉄砲の先で私たちを動かした。鉄砲を背負ったまま私はやられた。抵抗して暴発したら死んでしまう」

 別の女性の証言。「「お母さん、お母さん」と泣くだけ。友達を手をつないで「頑張りなね」しか言えなかった」

 安江善子さん(当時21歳)は妹のひさ子さんを差し出す代わりに、ひさ子さんの分まで犠牲になった。ひさ子さんは女性たちの体を洗浄した。零下30度にもなる極寒の中で。善子さんの証言。「開拓団の子供やみなさんをお救いするかは、娘たちの肩にかかっていると思ったんですね。なんとしても日本へ帰りたい、命を救いたいと…」

 女性たちの犠牲によって、黒川開拓団は過半数が日本へ生還することができた。しかし、15人の女性たちのうち、4人は発疹チフスで世を去り、帰還することはできなかった。

 今から36年前、黒川村は開拓団の「記念誌」をつくった。その中ではソ連兵を「豚の料理などで接待した」と書かれ、女性たちのことは一言も記されていなかった。

 この事実が明らかになったのは、4年前、安江善子さんが語り始めてから。「(子供たちに)私のたどってきたような人生だけは送らせたくない」と。善子さんに続いて佐藤ハルエさんも告白を始めた。

 以上が番組の概略です。この事実初めて知り、大きな衝撃を受けました。「従軍慰安婦」(戦時日本軍性奴隷)との共通点、そして相違点。

 共通点は、戦争は女性を犠牲にするということ。性の奴隷にして人権も尊厳もズタズタに切り裂くということ。

 相違点は、黒川開拓団の場合、女性たちに性の「接待」を強制(事実上)したのが、日本軍ではなく、同じ村の人々(男たち)であったこと。ここには一言で片づけられない、戦争の本質にかかわる深い意味があると思います。
 「記念誌」でも事実を隠した男たちが、今もなお「みんな被害者だった。極限状態だった」と語っているのが象徴的です。

 もう1つの共通点は、いずれも被害女性自身の告白・告発によって初めて事実が明るみに出たこと。「慰安婦」問題も韓国の金学順さんの告発が大きな契機になりました(1991年8月14日)。被害を受けた女性たちが、勇気を出して忌まわしい過去を口にしなければ、事実が表に出ることさえないというこの現実。

 番組は満蒙開拓団の背景については一切触れていませんでした。しかし、この悲劇をもたらした根本的な元凶が、「王道楽道」の幻想をふりまき、「開拓団」として農民・市民に満州侵略の片棒をかつがせ、敗ければ置き去りにして自分たちだけさっさと引き揚げた天皇制帝国軍隊・政府にあることは明らかです。これこそ最大の共通点にほかなりません。

 再放送が8月10日(木)午前0時からEテレであります(60分)。


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安倍首相に助け舟を出す「ジャーナリスト」たち

2017年08月05日 | 政権とメディア

     

 共同通信の世論調査では安倍改造内閣の支持率が8・6㌽上昇して44・4%になったとか(不支持率は9・9㌽減の43・2%)。悪い予想が当たってしまいました。
 前回のブログで述べたように、この責任の大半は劣化した日本のメディアにあります。

 同時に、「政治評論家」としてテレビに出演する一方、安倍首相と陰に陽に「密談」を交わし、政権に助け舟を出している「ジャーナリスト」と称される人物たちの存在も見逃せません。
 ここでは、田原総一朗氏と田崎史郎時事通信社特別解説委員(写真右)を取り上げます。

 稲田朋美氏が安倍氏に防衛相の辞表を提出して約2時間後の28日正午すぎ、田原氏は首相官邸で約1時間半、安倍氏と昼食をともにしながら2人だけで会談しました。
 前日に田原氏と菅官房長官が会い、田原氏が菅氏に何やら「提言」したことを安倍氏が聞きつけ、安倍氏の方から田原氏を官邸に招いたと言われています。

 会談の直後の”ぶらさがり”で田原氏は、安倍氏に「政治生命をかけた冒険をしないか」と話したと明かしました(写真中)。その中身は、「話したらぶち壊れちゃうので言えない」(19日テレビ朝日「モーニングショー」)としており、明らかになっていません。田原氏が安倍氏とのサシの会談で「進言」するのは今回が初めてではありません。

 一方、田崎氏は「夜の料亭・レストラン」で頻繁に安倍氏と会食しています。最近では安倍氏が閉会中審査に出席すると急に方針転換した7月13日の夜、東京・紀尾井町のレストランで島田敏男NHK解説副委員長らとともに安倍氏を囲んでいます。

 テレビのワイドショーをかけもちして安倍政権の方針を解説(代弁)することが多い田崎氏ですが、内閣改造が行われた3日も朝から「モーニングショー」(テレビ朝日)に出て、改造内閣を「仕事師内閣」と持ち上げました(写真右)。

 その日夕、組閣後に記者会見した安倍氏は、改造内閣を「仕事人内閣」と命名しました。安倍氏と田崎氏のネーミングの一致は、はたして偶然でしょうか。

 加計学園疑惑の告発に踏み切った前川喜平前文科省次官は、日本記者クラブでの会見(6月23日)で、「今回の問題で認識を新たにしたのは、国家権力とメディアの関係だ」とし、個人攻撃を行った読売新聞を批判するとともに、「報道番組を見ると、コメンテーターの中には官邸の擁護しかしないという方がいる」と政権を擁護する「コメンテーター」の存在を指摘し、「メディアまで(国家権力に)私物化されると、日本の民主主義は死んでしまう」と述べました。

 ジャーナリズムの原点は言うまでもなく市民の立場に立って権力を監視することです。首相に乞われて「秘策」を提言したり、政権を擁護・代弁するコメントをふりまく人物が、「ジャーナリスト」の名に値しないことは明らかです。


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「安倍内閣改造」報道に狂奔するメディアの劣化

2017年08月03日 | 政権とメディア

     

 第3次安倍再々改造内閣がきょう3日午後発足します。
 加計学園疑惑の中心人物である萩生田光一官房副長官の党幹事長代行抜擢(閣僚未経験者としては異例)に象徴されるように、一連の疑惑・不祥事に対する反省のかけらも見られない改造内閣です。

 見過ごせないのは、今回の内閣改造をめぐる一連のメディア報道です。
 新聞各紙もテレビも、1日以降、改造内閣の顔ぶれの事前報道(予測)に狂奔してきました。その報道にいったいどんな意味があるのでしょうか。

 そもそも内閣改造は、首相による閣僚の首のすげ替えにほかならず、首相が変わらない以上、さらには政権党が変わらない限り、何の意味もありません。意味があるのは、入閣を待望している自民党議員たちにとってだけです。

 しかも今回の内閣改造の狙いが、目先をかえて世論の追及(加計・森友疑惑、南スーダン日報隠蔽など)をかわし、内閣支持率の下落に歯止めをかけようとする安倍首相の姑息な思惑にあることはあまりにも明白です。

 これに対しメディアは、改造の3日も前から、誰が次の大臣になるかの報道に終始してきました。このかん加計・森友、日報隠し疑惑は紙面の表舞台から消えました。
 そして野田聖子氏の起用が決まるとこれを「サプライズ人事」ともてはやし(自民党内のたらい回しの何がサプライズ?)、全体を「安定感を重視した顔ぶれ」(3日付共同配信)などと持ち上げました。まさに安倍氏の思惑通りではありませんか。

 もっとも問題なのは、閣僚の人選や自民党内の派閥の動向に終始するこうした報道は、大臣の顔ぶれが変われば「政治」が変わるかのような幻想をふりまき、「政策」ではなく「政局」に目を向ける「劇場型政治」を助長するものだということです。これは日本の「政治」の後進性であり、それに手を貸しているのがメディアの劣化です。

 いまメディアが報道しなければならないのは、そしてわれわれが目を向けるべきは、加計・森友疑惑、日報隠蔽疑惑とともに、安倍政権がこのかん(前回の改造以降)行ってきた、トランプ政権との日米軍事同盟強化、共謀罪法強行、辺野古新基地建設工事強行など、安倍政権の政策の根本ではないでしょうか。

 内閣改造後、安倍政権の支持率がどう変わるか分かりませんが、もし下落に歯止めがかかるとすれば、一連のメディア報道がそれに大きく寄与したことは間違いないでしょう。
 


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稲田前防衛相の最大汚点は「教育勅語」賛美

2017年08月01日 | 憲法と安倍政権

    

 稲田朋美氏は防衛相を辞任(7月28日)してからも、離任式(31日)で謝罪の言葉の代わりに笑顔を振りまいてひんしゅくを買い、閉会中審査への参考人出席を拒否するなど、悪評を広げています。

 稲田氏の辞任にともなって各メディアはあらためて稲田氏の数々の問題言動を取り上げています。南スーダン日報隠蔽、都議選での「自衛隊、防衛省ともどもよろしく」発言、森友学園弁護の虚偽答弁など、もちろん見過ごせない問題ばかりです。
 しかし、肝心な問題が、忘れ去られたように抜け落ちています。「教育勅語」賛美答弁です。

 稲田氏は3月8日の参院予算委員会(および同9日の参院外交防衛委員会)で、こう答弁しました。

 「(教育勅語が)全くの誤りというのは違う。日本が道義国家を目指すべきだという精神は変わらない。その精神は取り戻すべきだ

 稲田氏の持論ですが、それを国会の答弁で、しかも自衛隊という軍隊を指揮・統括する防衛相の立場から臆面もなく主張したことは極めて重大です。

 教育勅語は1890年に明治天皇が「臣民」に言い渡す勅語として発表されました。「教育勅語の成立によって、学校では天皇による聖なる「教」が絶大な威力を発揮することになった」(島薗進氏『国家神道と日本人』岩波新書)のです。その本質は「国家神道の聖典」(村上重良氏『天皇制国家と宗教』講談社文庫)にほかなりません。

 「教育勅語」の核心は「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」で、旧文部省はこう訳しています。「万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ」

 これが天皇制帝国日本の東アジア侵略戦争、植民地政策の精神的支柱になったことは明白な歴史的事実です。
 だからこそ戦後まもない1948年、「教育勅語」は衆院で「排除」、参院では「失効確認」の決議が行われました。

 重大なのは、「教育勅語」賛美が稲田氏の答弁だけで終わらなかったことです。稲田答弁から約1カ月後、安倍政権は「教育勅語」を学校教材に使うことを容認する「政府答弁書」を閣議決定(4月4日)しました。

 さらに、「教育勅語」賛美は、「天皇元首化」「家族の尊重」を盛り込んだ自民党改憲草案(2012年)ともつながってきます。
 <この草案について党関係者は「教育勅語のくだりを意識した」と証言する>(4月5日付中国新聞=共同配信)

 この背景には安倍首相自身が官房長官時代(2006年)、衆院の委員会答弁で「大変素晴らしい理念が書いてある」と「教育勅語」を持ち上げた経緯があります(4月5日付中国新聞=共同配信)。

 安倍氏が稲田氏を国会議員にスカウトし(写真右)、「秘蔵っ子」としてかばい続けているのは、歴史観・思想がきわめて類似しているからです。その類似性、安倍氏と稲田氏の「絆」を端的に示しているのが「教育勅語」賛美です。

 稲田氏は本来この答弁の時点で辞任すべきでした。しかし野党はそれを見逃し、稲田氏が防衛相を辞任したいま、報道からも消えようとしています。

 「教育勅語」賛美答弁こそ稲田氏の最大の汚点であり、憲法「改正」を狙う安倍政権の本質にかかわる重大問題です。けっして見逃すことはできません。


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