加計学園の獣医学部新設をめぐる安倍首相の疑惑で、文科省の前事務次官・前川喜平氏が記者会見(25日)で「総理のご意向」とした文書は「本物に間違いない」と証言したことは、余人の「証言」とは比較にならない爆弾証言です。にもかかわらず、安倍政権は前川氏の証人喚問や文書の再調査さえ拒否し、逃げ切ろうとしています。
なかでも聞き捨てならないのは、菅義偉官房長官の前川氏に対する個人攻撃です。
菅氏は26日の記者会見で、午前、午後の2度にわたり、読売新聞(22日付)が報じた「出会い系バー通い」についての前川氏の釈明をとりあげ、「考えられない」「強い違和感を覚えた。多くの方もそうだったのではないか」などと述べました。
「加計学園問題」と前川氏の「出会い系バー通い」が、何の関係もないことは言うまでもありません。にもかかわらず官房長官が再三これに言及したのは、前川氏のイメージダウンを図り、「加計学園」に関する会見の内容も否定しようとするきわめて愚劣なやり方です。
菅氏の会見、さらにその呼び水となった読売新聞の記事(問題の「文書」の出どころは前川氏と察した読売あるいは官邸によるスキャンダル記事)で想起されるのは、「沖縄返還」をめぐる日米政府の「密約」事件。密約公電を暴露した西山太吉毎日新聞記者(当時)が攻撃された「外務省機密漏洩事件(いわゆる西山事件)」です。
1972年の「沖縄返還」に際し、本来アメリカが負担すべき「軍用地の原状回復補償費」400万㌦(当時のレートで約12億円)を日本側が肩代わりするという「密約」が交わされました。同年3月の国会で追及されましたが、佐藤栄作内閣(当時)は頑として否定。そこに「密約」を証明する外務省の機密公電が明らかになりました。暴露したのが西山氏でした。西山氏に資料を渡した外務省女性事務官(当時)と西山氏は「国家公務員法違反」で逮捕。裁判では当初「密約」の存在や「国民の知る権利」「報道の自由」が争点になりましたが、途中から西山氏と女性事務官のスキャンダルに論点が大きく転換され、肝心の「密約」は後景に追いやられました。
そのきっかけを作ったのは東京地検の起訴状。書いた佐藤道夫検事(当時。のち参院議員)はのちに、「『ひそかに情を通じて』という言葉を私が思いつくと、幹部は喜んでね。(中略)『これはいい』と(検事)総長が言ったのを、今でも覚えていますよ」(2005年5月15日付朝日新聞)と、国家権力による論点そらしを自画自賛しました。
この問題を一貫して注視してきた作家の澤地久枝さんは、「問題の核心は、取材者が男女の仲となった情報源から機密を入手していたことではない。国家が国民を欺いて密約を結んだことにある」(諸永裕司著『ふたつの嘘ー沖縄密約』講談社より)と指摘しています。
菅氏の前川氏に対する個人攻撃や読売新聞の「スキャンダル」記事は、「密約」事件の焼き直しです。国家権力(およびその゛手先”)が考えることは、40数年前も今も変わらないものだと痛感します。
問題は「国民」の方です。「密約」事件の時、当初「知る権利」「報道の自由」を前面に掲げていたメディアは、佐藤検事の起訴状以後、一気に「男女のスキャンダル問題」へ傾斜していきました。当の毎日新聞自体、西山氏を最後まで守ることができませんでした。結果、肝心の「密約」はあいまいになり、国家権力(佐藤政権)の思うツボとなりました。
この苦い歴史を繰り返すことはできません。国家権力のやることは変わらなくても、私たちは過去の教訓から学び、変わる必要があります。
その後、「密約」の存在は米公文書などで明らかになりましたが、日本政府は一貫して認めようとしていません。これに対し、学者やジャーナリストらが原告となって、政府に情報開示を求める訴訟が起こされました(2008年)。原告の1人、奥平康弘氏(憲法学)はこう述べています。
「沖縄における日本国主権の回復は…どのような経緯(交渉、駆け引き、妥協、決定など)を経て成立したのかという情報をわれわれ国民は、欠けることなく『知る権利』を有しています。なぜならば、こうした背景情報無しには全島基地化されている沖縄の原状が抱える諸問題を、われわれ市民は正しく理解できないからなのです」(諸永氏著前掲書より)
「加計学園問題」と「沖縄密約事件」は、国家権力が「スキャンダル」で論点をそらそうとしている点で似ていますが、根本的な共通点は、いずれも本来公表されるべき「文書」・真実が、国民に隠されているということです。
問題の核心は、「国民の知る権利」であり、その根幹の「主権在民」です。