函館文化会と函館市中央図書館共催の歴史講演会「函館は文化の十字路~様々な宗教の中で育まれてきた街~」に参加。会場は中央図書館視聴覚ホール。
講師は北海道教育大学名誉教授佐々木馨氏
結論として、「函館の宗教的文化力」は、「開拓と開教」の内包と「教育、病院・医療、社会事業など」の外延の二重構想で発展してきた。その基盤となったのが、函館は4つの力<歴史力、都市力、科学力、文化力>が共存する街である・・・とのこと。
その具体的内容として、1、函館の歴史軸の推移、2、文化の十字路の歴史的背景 3、文化の十字路の実相の3点について詳しい話があった。
※印象的なことだけメモ的に述べると次のようなことである。
1、函館の歴史軸の推移については
古代・中世の函館文化史は、大船遺跡を含む遺跡や志海苔館などの<東部地域>から始まり、近世になると、函館を挟んで、松前・江差などの<西部地域>に移った。
さらに、近世後期になって、幕府の蝦夷地直轄と黒船来航を機に函館の<西部地域>の整備が進み、一躍歴史の表舞台へ登場し、それ以降は北海道の表玄関として都市化が進行し、開港都市としての都市化と国際化が進んだ。
2、文化の十字路としての歴史的背景については
①グローバリズムとローカリズムの「歴史力」
箱館奉行所の設置と五稜郭の築城、ペリー来航、開港、戊辰戦争の終結。
②北の魅力を創出した「都市力」(大正年代には東京以北最大の近代都市)
北洋漁業の草分けとなった高田屋嘉兵衛の択捉航路、4つの大火からの復活、防災都市計画の推進、函館どつくの創業、青函連絡船の就航、北洋漁業の基地としての発展、
③都市化を導いた「科学力」
武田斐三郎を中心とした<北海道最初の学問所・諸術調所での蘭学、測量、航海、造船などの伝授>。初代駐日ロシア領事ゴシケビッチによる<ロシア正教会建設、地域医療、写真技術の伝授など>。動物学者モースの<市立博物館の開館>。英国人技師パーマの<函館の水道の設計>
3、文化の十字路の実相については
①異文化としてのキリスト教の北海道開拓と開教(ハリストス正教ニコライ宣教師の来函、日本聖公会の英人ニング宣教師の来函、天主公教会の仏人カション宣教師の来函)。教育(アイヌ学校、遺愛学院、白百合学院)、病院、福祉などの外延。
②自文化としての宗教世界(神道、仏教、教派神道、新宗教)の「開拓と開教」
いずれも、檀家を増やすためには開拓移民の推進が必要と、政府の神仏分離の動きに同化せず、仏教と神道が両輪となって「体制宗教」を担った。
外延としての教育(六和女学校、高龍寺吉祥女学校、函館大谷女学校)、病院・医療(高龍寺での高松凌雲の「赤十字精神」、函館厚生院の開設)、社会事業(本願寺道路の開削)など。
専門的な見地からの整理された内容だったが、一番大きな要因は、いち早く開港され異文化が入って来たことと、北海道開拓の表玄関として発展したことではないかと思われた。
◎今年最後のクルーズ船「ウェステルダム」
北埠頭から写した港町埠頭に接岸していた今年最後のクルーズ船「ウェステルダム」
このウェステルダム号は、総トン数82,348t、就航年2004年4月 、乗客定員1,916名 、乗組員数800名、全長285.24m 、全幅32.21m、船籍オランダ。
見た目もシックな感じだが、内装や装飾品等もクラシカルでシックな雰囲気の客船だそうだ。
4月に始まって、今日で最後の函館港へ寄港したクルーズ船は、予定は31回だったが、実質的には27回で終わったようだ。一隻の乗客が1000人以上なので、経済効果はかなり大きいものと思われる。
来年度函館港に寄港を予定するクルーズ客船は、過去最多だった2014年度の延べ37隻を上回り、40隻を超える見通しとなっているそうだ。函館市は年間70隻の寄港目標達成に向け、大型化が進む客船の受け入れ態勢強化に取り組んでいる。港町埠頭は市街地から遠いので、若松埠頭での12万トンクラスの大型船や西波止場への4万トン未満の船の接岸のための工事を進めている。