昭和維新・中島莞爾少尉

中島莞爾 

昭和九年十月末日、
久留米ノ工兵第十八大隊ヨリ當地ノ津田沼鐡道第二聯隊ニ轉任、
當時ヨリ常々、陛下ノオ側ノ奸臣共ヲ討タネバナラント考ヘテ居リシ事ニ附、氣分ガ新ニナツテ來マシタ。
計畫ト云フモノハ、具體的ニハ全クナカツタノデアリマス。
殊ニ砲工學校ニ來テハ兵ハ居ラズ、部隊外ニアツタカラ全クナカツタト云ツテモ差支ヘナイノデス。
栗原中尉 ( 歩一 )、村中、磯部等トハ同郷關係トカ學校關係トカニヨリ比較的密接ニ交際シテ居リマシタ。
安田少尉トハ士官學校同期デアリ、同志デアルト云フコトハ任官シテ文通シテ初メテ判ッタノデアリマス。
士官候補生時代ニハ、種々ノ考ヘヲ持ッタモノモアツタ様デス。
但シ別々ニシテ、少ナクトモ私ハ一人デ考ヘテヲツタノデ他人迄言フ程ハツキリシマセンデシタ。
安田トハ、信念ニ於テハ少ナクトモ無二ノ同期生位ニ考へて居リマシタ。
村中氏トハ、豫科ノ時ハ他ノ區隊長デアツタカラ、種々ノ動作ヲ見聞シ立派ナ人ダト考ヘマシタ。
即チ武人的ノ人ト考ヘマシタガ、ソノ後次第ニ親シクナツテ來テ、
私ト同ジ信念ヲ持ツテ居ル人デアルトシ、先輩トシテ敬シテ居リマシタ。
栗原中尉トハ同郷デアリ、戰車隊附デアリ、市川デ家ヲ持ツテ居ツタ關係上家ニモ出入シ、
又ソノ以前ヨリ栗原氏ノ事ワ種々聽イテ居リ、
津田沼ニ來テモ話合ツテ同ジ信念ヲ持ツテ居ル人デアルト言フ事ガ判リマシタ。
磯部氏ト村中氏トハ同ジ程度知ッテオリマス。
之レハ十一月二十日事件前後、村中氏ノ家ニテ會ツテ同ジ信念ヲ持ツテ居ルモノト考ヘマシタ。
他ニハ同志デアルト云ツテ特ニ交際シタモノハアリマセン。
又、求メテ實行ノ實ヲ揚ル爲ニ同志ヲ求ムル必要モナク、
必然的ニ此信念ヲ持ツテ行ケバ 同志ト期セズシテ一致スルト云フ時ニ達シ、
何時カハ實行ノ實ヲ擧ゲラルルモノダト考ヘテ居リマシタ。




二十六日
午前四時一寸前ニ眼ヲ醒シ、四時三十分頃兵ハ整列シマシタ。
中橋中尉ハ中隊長代理デアルカラ自分ノ中隊ヲ集メタノデアリマス。
此時兵ハ非常呼集ニテ集合シタノデアリマス。
集合後、明治神宮參詣ノ爲ト營門ニテ衛兵指令ニ中橋中尉ガ云ヒマシタ。
營門出發後、途中高橋邸トノ中間位ニテ ( 何發カ不明 ) 實包ワ渡シマシテ行軍シ 邸迄行キマシタ。
此時初メテ高橋蔵相ヲヤツツケルト云フ事ヲ兵一般に達シマシタガ、
下士官兵ハ沈着シテ一嚮ニ驚イタ様デハアリマセンデシタ。
ソレデ私ハ、ドノ程度迄下士官兵ニ私達ノ信念ガ徹底サレテアルカト内心心配シテ居リマシタガ、
此状態ヲ見テ安心シマシタ。
即チ、私達ノ信念ガ中橋中尉ニヨリ行届イテ居ルコトヲ知ッタカラデアリマス。
蔵相私邸ニ行キ、私ノ分担デアル梯子ヲカケ、之ヲ越シテ先ヅ巡査ヲ説得セシメ、
玄關ニテ執事ノ如キモノニ案内サセテ グルグル ト引廻シテ居リマシタガ、
ヤツト蔵相モ居ル処ガ判ツテ、中橋中尉ハ 「 國賊 」 ト 叫ビテ拳銃ヲ射チ、
私ハ軍刀ニテ左腕ト左胸ノ邊リヲ突キマシタ。
蔵相ハ一言 言ウナリタル如クシテ別ニ言葉ナク倒レマシタ。
ソノ他何等抵抗ナク實行ヲ終リ、兵ヲ纏メテソノ内約六十名ヲ引率シテ首相官邸に行キマシタ。
ソノ時ハ午前五時二十分位ト思ヒマス。
首相官邸ニハ徒歩ニテ行キ、五時四十分頃ニ着イタト思ヒマス。
ソノ目的ヲ達シタラバ首相官邸ニ集マルコトハ中橋中尉カラ聽いて居リマシタ。
中橋中尉ハ多分御守衛ニ行カレタモノト思ヒマスガ、ソノ轉ハハツキリハ判リマセン。
首相官邸到着後ハ、此兵ハ部下デアリマセンカラ曹長ヲシテ待機ノ姿勢ニアラシメ、
自分ハ單獨ニナリ、爾後、陸相、鐡相官邸等ワ往復シテ
 兵ノ監督、庶務業務、傳令、 應對等ニ任ジテ二十八日ニ至リマシタ。
・・・中島莞爾少尉の四日間 

「 午前五時十分頃、細田警手は靑山東御殿通用門に勤務中、
 高橋蔵相私邸東脇道路より、將校一名・下士官二名が現れ、將校が同立番所に來て、
『 御所に向っては何もしませんから、なにとぞ騒がないで下さい 』 と 挨拶した。
細田警手は言葉の意味が解らず、行動に注意していたところ、
同將校は引き返し、道路脇で手招きして着劍武装した兵約一個小隊くらいを蔵相私邸に呼び寄せ、
内 十二、三名を能楽堂前電車通りに東面して横隊に竝べ、道路を遮斷し、經機二梃を据え、
表町市電停留所にも西面して同様に兵を配置し、他は蔵相邸小扉立番中の巡査を五、六名で取り囲み、
十數名が瞬間にして邸内に突入した 」 ・・皇宮警察史
その後、邸内より騒音が聽こえ、銃聲が七、八發したと同書にある。
まず鮮やかな手際ではあるが、わざわざ經機を目立たせた意圖は明白である。
異變の出來を皇宮警察を通じ、守衛隊に知らしめる爲に他ならない。

二十五年の間不幸の子は、名をも棄て此の世を去ります。
徹頭徹尾、貧しく弱い者の味方となり、國の眞の姿をと力めた子は、
國の將來を想ひつつ血の涙を呑んで死に就きます。
日本の國を信ずるが故に何もかも棄てて起ち上りました。
私には御母上の痛い胸の中がよくわかります。
十九人の兄弟の念力は阿修羅になって國を守ります。
・・・『 想痕錄 』