あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

第七十回帝國議會の議場で政友會の今井新造代議士の質問

2020年11月11日 18時27分44秒 | 暗黒裁判・幕僚の謀略2 蹶起した人達


帝国議会・イメージ

第一に御尋致したいことは
二 ・二六事件の原因動機に付きまして、
寺内 ( 前 ) 陸相は
叛乱行動迄に至れる彼等の指導精神の根底には、
我が国体と絶対に相容れざる 極めて矯激なる一部部外者の抱懐する
国家革命的思想が横はつて居ることを見逃す能はざるは 特に遺憾であると、
特別議会で御報告になつたのでありますが、
苟も陸軍幼年学校、士官学校、大学校等に於て
陸軍独自の教育を受けた者、
殊に国体観念に於ては
一般の国民よりも一層徹底した信念を持つて居らなければならぬ帝国の軍人たる者が、
寺内 ( 前 ) 陸相の御話のやうに一部の浪人とも看做みなされるやうな者の、
国体と相容れない思想に動かされ指導されたと言ふやうなことは
吾々は断じてあり得べからざることと確信して居る者であります。
随つて当時、私は寺内陸軍大臣の所謂国体と絶対に相容れない思想とは
如何なるものであるかと言ふことを質問致したのでありますが、
之に対しては御答弁がありませんでした。
なほ 寺内さんは あの事件に対して 前古未曾有と言ふやうな言葉を使はれまして、
殆ど我が尊厳なる国体の何たるも解せないやうな、
又 君臣の別を解せないやうな不謹慎極まる言葉を用ゐられて議会に報告なさつたから、
此の点に付ても 私は自己の所信を述べまして、
前古未曾有と言ふやうな言葉を用ゐることは不謹慎ではないか、
宜しく訂正するが宜しいと申し上げたのでありますが、それも遂に訂正する所がなかつたのであります。
此の点に付ては、此の議会に及びまして、北昤吉君が あなたに御尋ねしました所、
寺内前陸相がさう言ふ言葉を用ゐたのは、一つの修文である、
文を飾る言葉であつたと思ふと言ふやうな、あなたの御答弁であつたのでありますが、
形容詞と言ふものは、苟も君臣の別が分らないやうな、
国体の何たるかも弁ぜざるのであるかと誤解を抱かしむるような形容詞を
陸軍大臣たるものが用ゐると言ふことは、
奇怪千万であると私は今なほ固く信じて居るのであります。
しかも昨年の特別議会に於ける民政党の斎藤隆夫氏のなした演説と、
今回問題となつた政友会の浜田松国氏の演説とは、殆ど内容が同工異曲のものであるにも拘らず、
昨年は斎藤氏の演説に寺内 ( 前 ) 陸相は敬服同感の意を表され、
今年、浜田氏に対しては軍を侮辱する言葉があつたと思ふと言ふやうなことを述べられたのであるが、
かくの如きは洵に定見がないぢやないかと思ふ。
斯う言ふやうな人が現在陸軍の教育総監であることが、果して適任なりや否やと言ふことに付て
私共は多くの疑問を持つのであります。

あわし其の問題は姑しばらく措きまして、
二・二六事件の原因動機に対して、
杉山陸軍大臣は少なくとも二・二六事件の原因動機は政治の腐敗である、
斯う言ふやうに あなたは此の議会に於て述べられた。
然るに政治の腐敗が此の事件の主たる原因動機であつたと言ふあなたの言葉に対して、
予算総会に於て牧山氏でありましたか、斯る現説をなすことは不都合ではないか
と あなたに御尋ねになつた。
所があなたは 其の質問に対して、
それは自分が言ふたのではない、彼等青年将校がさう言ふことを言つて居るのだ
と 御返事になつた。
併し 是は青年将校の考へのみではない、
私共も政治の腐敗が二・二六事件の原因動機であつたと言ふことは、之を認めます、
併し 独り政治の腐敗のみでないと言ふことを既に能く知つて居るのであります。
叛乱将兵判決理由書の中にも、
彼等青年将校が国体の明徴を力説し、国体の明徴ならざるを憂へた点を強調致して、
其の次にはこんなやうなことが書かれてあります。
「 斯クテ前記ノ者ハ 此ノ非常時局ニ処シ
当局ノ措置徹底ヲ欠キ 内治外交共ニ萎靡いびシテ振ハズ、
政党ハ党利ニ堕シテ国家ノ危急ヲ顧ミズ、
財閥亦私欲ニ汲々トシテ国民ノ窮状ヲ思ハズ、
特ニ倫敦条約成立ノ経緯ニ於テ 統帥権干犯ノ所為アリト断ジ、
斯ノ如ニハ畢竟ひっきょう元老、重臣、官僚、軍閥、政党、財閥等
所謂特権階級ガ国体ノ本義ニ悖リ、
大権ノ尊厳ヲ軽ンズルノ致セル所ナリトシ、
一君万民タルベキ皇国本然ノ真姿ヲ顕現センガタメ、
速カニコレ等 所謂特権階級ヲ打倒シテ
急激ニ国家ヲ革新スルノ必要アルコトヲ痛感スルニ至レリ。」
斯のう言ふように彼等の志なるものが明瞭になつて居ります。
又、事件直後に於て、私共が知りました所謂彼等青年将校の趣意書にも斯う言ふことが書いてある。
なほ判決理由書の中には、彼等が事を起します直ぐ前の晩、
二月二十五日夜 歩兵一聯隊に会合致して、前記襲撃及び占拠後、
陸軍大臣に対して要望すべき事項を六箇条ばかり相談致したやうでありますが、
其の中には軍の統帥破壊の元兇を速かに逮捕すること、
軍閥的行動を為し来つたる中心人物を除くこと、斯う言ふような項目がある、
是は判決理由書の中にあるもので、既に公な刊行物として広く国民に知られて居るものでありますが、
之に依つて見ますと、少なくとも彼等があの事件を起こした原因動機と言ふものは、
軍の統制を破つた者、又は軍閥的行動を為した者に対する公憤から発したものと
私共には考へられるのであります。
苟も  光輝ある 天皇陛下の軍隊の中に・・・派閥が対立して抗争すると言ふようなことは
断じてあり得べからざることであると、私共は考へて居つたのであるが、
二・二六事件の原因動機が、主として斯様なことに出発して居るらしく思われますことは、
名誉あり光輝ある軍の為、甚だ遺憾に堪へざる所であります。
若し斯くの如く軍閥、派閥の対立抗争がありとするならば、
全力を挙げて、斯くの如きことを徹底的に一掃することが、蓋し粛軍の本旨ではなからうか、
眼目ではなからうかと、私共は考へますが、
此の点に付いて杉山陸軍大臣は如何様に御考へになられますか、
若し軍閥なるものありとするならば、派閥の抗争ありとするならば、
是等に対して今後どう言ふやうな御処置を執られますか、
此の点に付いて御明答を願ひたいと思ふのであります。

それから第二に御尋申上げたいのは、
奉勅命令の問題であります。
当時戒厳司令部の発表に於ても、彼等は遂に勅命に抗したりと言ふことになつて居ると記憶致します。
更に川島陸軍大臣も
「 昨二十八日早朝に至り 戒厳司令官は畏き勅命を拝したるを以て
聖旨を叛乱部隊幹部に伝へて 更に反復其の反省を促したるも 遂に其の効なく、
已むを得ず兵力を以て之を一掃して治安を確立するに決し 」 云々と言ふやうな声明を発せられて居ります。
斯様の次第で今日に至るまで、
叛乱将兵が勅命に抗したと言ふやうなことになつて居るのでありますが、
此の点に付いて政友会の宮脇君は、先日の本会議に於きまして、斯う言ふ演説を為さつて居ります。
「 国体を擁護せんが為に一身を犠牲にし、蹶起せりと呼号して居る者が直接命令を戴かずとも、
戒厳司令官に奉勅命令があつたことを承知致しますならば、
一人として直ちに帰順せぬ者がありませうか、恐らく命令の伝達が通じなかつた結果と思ひまするが、
果して然らば是は何人の責任でありませうか。
私は叛乱者の行為は洵に憎むべしと思ひまするが、
我国に生を享けた者に対し、勅命に抗したりとの罪だけは除いてやりたいと思ふ者であります。
是は叛乱者に対してのみならず、国民の思想上重大な影響があると思ふからであります 」
宮脇君も斯う言ふことを述べられて居りますが、
此の点に付いては私は徹頭徹尾同感であります。
而も 是は独り宮脇君が斯う言ふ御考へを持たれるだけではなく、
当時の情勢から申しまして、斯う言ふように一般が考へたのではなからうかと思います。
判決の理由書の中にも、
命令が彼等に伝達しなかつたのではなからうかと思はれるやうな点を発見するのであります。
其の理由書の中に
『 偶々小藤大佐ハ
戒厳司令官ニ対シテ下サレタル
占拠部隊ヲ速ニ原所属ニ復帰セシムベキ旨
ノ勅命ニ基ク第一師団命令ヲ受領シ、之ガ伝達ヲ企図セル時ナリシモ、
同人等ノ感情ノ激化甚ダシキニ由リ 姑ク之ヲ保留セリ 』
と あるのであります。
こんな具合に疑問が多々あるのでありますから、
此の点を願わくば斯う言ふ機会に明瞭に致して欲しいと思ふのであります。
それから あの事件の直後、
私共の手に謄写版で刷りました「----」 と言ふものが入つたのであります。
それは斯う言ふ内容であります。
【 速記中止 】

第七十回帝国議会の議場で政友会の今井新造代議士の質問である。
事件の核心を突いたものと言へやう。
この今井代議士の質問内容で 説明の難しい所、
軍の機密とも言うべき部分は 速記を中止されている。

池田俊彦 著  生きている二・二六 から