あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

大御心 『 まさに陛下は雲の上におわしめたのである 』

2020年05月26日 09時28分58秒 | 池田俊彦

本庄日記
昭和九年二月八日
尚、此機会に繰り返して将校等が、
部下の教育統率上政治に無関心なる能はずとする事情を述べ、
同時に政治上の意見等ありとすれば、
其筋を経て改善の方法を申言すべく、
断じて直接行動すべからずとの方針なる旨言上したり、
然る処、
二月八日午前十時
之に対し、更に御下問あり
将校等、
殊に下士卒に最も近似するものが農村の悲境に同情し、
関心を持するは止むを得ずとするも、
之に趣味を持ち過ぐる時は、却て害ありとの仰せあり。
之に就き、余儀なく関心を持するに止まり、
決して趣味を持ち、積極的に働きかくる意味にあらざる次第を反復奉答せり。
陛下は此時
農村の窮状に同情するは固より、必要なるも、
而も農民亦自ら楽天地あり、
貴族の地位にあるもの必ずしも常に幸福なりと云ふを得ず、
自分の如き欧州を巡りて、自由の気分に移りたるならんも心境の愉快は、
又其自由の気分に成り得る間にあり。

これを読んで、秩父宮殿下の如く
実際に兵の家庭の事情に触れられた方とはお考えが違うと思った。
農村で娘の身売りをしなければならない者に楽天地などあったであろうか。

陛下は政治に御熱心で
側近の人々から様々な情報を御聴取遊ばされておられたようであるが、
私は側近の人々の気持が分らない。
陛下のお側近く仕える人々は、すべて名門の出である。
これ等の人々は
当時の逼迫した大陸の情勢や国内の農村の窮状、
労働者の生活状態を見て、
青年将校がどんな心情を抱いていたかなど
全く理解していなかったのではないかとしみじみ思った。
まさに陛下は雲の上におわしめたのである


池田俊彦 著
生きている二・二六 から