あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

「 エイッこの野郎、まだグズグズ文句を言うか 」

2019年03月16日 05時38分09秒 | 首脳部 ・ 陸軍大臣官邸


磯部浅一 

流血の陸相官邸

官邸大広間における 緊張した空気に一ときは流れた。
そこへ 官邸や陸軍省を回っていた丹生中尉が興奮した面持ちで入って来た。
「 正門には将校が続々とつめかけてとても静止しきれません 」
と 報告した。

磯部は 「 手荒なことをしてはいかん、丁重にことわって省内に入らないようにしてくれ 」
と いったが、それでも 気がかりなので情況を見るために玄関に出た。
ちょうどそこに山下少将が入ってくるのに出会った。
磯部が「 閣下、やりました、どうか善処していただきます 」
と いうと、
山下は緊張した顔を一層ひきしめて、
「 ウウ 」 と うなずいたきりで官邸へ入ってしまった。

磯部が官邸正門の前まで来ると、
ここでは兵隊たちに阻止された将校たちが一団となって兵隊たちとやりあっている。
磯部は
「 とにかく省内には入れませんから今日は引きとって下さい 」
と なだめるが、
なかなか云うことをきかない。
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陸相官邸外のバリケード ( 26日 )  陸相官邸正門 ( 撮影日不明 )    陸相官邸門内 
< 註 1 > 
・・・磯部浅一 『  第十五 「 お前達の心は ヨーわかっとる 」  』 からの引用
・・
傍聴者 ・ 憲兵 金子桂伍長 ・・その時の証言 ・・「 真崎大将の動静に関する件 」
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こうしたやりとりをしているとき、

一大の自動車が歩哨の停止命令もきかずに警戒線を突破して門内にすべり込んできた。
眞崎大将である。
磯部は走りよって、
「 閣下、統帥権干犯の簇類を討つために蹶起しました。情況をご存知でありますか 」
「 とうとうやったか、お前達の心はヨオックわかっとる、よおっわかっとる 」
「 どうか善処していただきます」 

眞崎は ウムウム と 大きくうなずきながら邸内に消えた。 ・・< 註 1 > 
磯部も眞崎のあとを追って官邸に引き返し大広間に入った。
磯部はそこで齋藤少将を捉え、
「 閣下、問題は簡単です、われわれのした事が義軍の行為であることを認めさえすればよいのです。
 閣下からそのことを大臣や次官に十分に申し上げて下さい 」
と いうと、
「 そうだ、義軍の義挙だ、よし俺がやる 」
と 斉藤少将は意気込んで引きうけた。
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斎藤瀏少将               石原莞爾大佐

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かたわらに、いつ入って来たのか石原大佐が傲然と椅子に腰かけていた。

栗原が石原大佐を見つけて、つかつかと近づき、
「 大佐殿の考えと 私どもの考えは根本的に違うように思いますが 維新に対してどんなお考えをもっておられますか 」
「 僕はよくわからん、襆のは軍備を充実すれば昭和維新になるというのだ 」

この石原の冷たい態度に突っ放された栗原はぐっと石原を睨みつけ、
磯部たちの方に向かってどうするかといいピストルを握った。
石原大佐は彼らからは統制派幕僚と見られていた、
当時参謀本部の作戦家長だった。
磯部はこの栗原の身振りにはわざと答えなかった。
栗原も磯部の態度を見て殺すことをやめ引き下がった。
官邸前のざわめきも相かわらず聞こえてくる。
何だか殺気が到るところに感ぜられる。
すると、入れ違いに齋藤少将が石原に近づいて何か話し始めた。
二言三言問答していたが、
石原が、
「 言うことを聞かねば軍旗をもってきて討伐します 」
と 声高にいったので、部屋は一瞬きっとけわしいものが流れた。
齋藤は気色ばんで
「 何をいうか 」
と どなり返した。

大臣と眞崎は別室に入って話しあっている。
山口大尉は石原、齋藤の中に入ってしきりに談合していた。
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磯部浅一        片倉衷少佐
丁度、集合位置に関する命令案が出来て下達しようとする所であった。
その時 丹生が来て、
とても静止することが出来ません、射ちますよと、云ふ。
余が石原、山下、その他の同志と共に玄関に出た時には、
幕僚はドヤドヤと玄関に押しかけて不平をならしてゐる。
山下少将が命令を下し、
石原が何か一言云った様だ。
成るべく惨劇を演じたくないといふチュウチョする気持ちがあった時、
命令が下達されたので、余はホットして軽い安心をおぼえた。
時に突然、片倉が石原に向って、
「課長殿、話があります」
と 云って詰問するかの如き態度を表したので、
「エイッ此の野郎、ウルサイ奴だ、まだグヅグヅと文句を云ふか ! 」
と 云ふ気になって、
イキナリ、ピストルを握って彼の右セツジュ部に銃口をアテテ射撃した。
彼が四、五歩転身するのと、余が軍刀を抜くのと同時だった。
余は刀を右手に下げて、残心の型で彼の斃れるのを待った。
血が顔面にたれて、悪魔相の彼が
「射たんでもわかる」
と 云ひながら、傍らの大尉に支えられている。
やがて彼は大尉に附添はれて、
ヤルナラ天皇陛下の命令デヤレ、と怒号しつつ去った。

・・・磯部浅一 『 行動記 』 第十六 「 射たんでもわかる 」
リンク → 「ブッタ斬るゾ !!」
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その頃、
田中中尉が 「 片倉が来ている と 磯部に告げた。
磯部はすぐ官邸正門に出てみたが、どれが片倉かわからない。
約十四、五名の将校が丹生中尉などと 押問答している。
磯部はまた広間に引き返した。
彼は幕僚は憎いがこれらと討ち合いをすることによって、
この回天の大事が始めから同情を失うことを恐れていた。
だから片倉を殺すことにいささか躊躇して玄関を出たり入ったりしていたのである。
その時、幕僚の一群がガヤガヤと不平をならしながら門内に入ってきて丹生の制止もきこうともしない。
磯部はこうなっては一人位殺さねば幕僚どもの始末がつかぬと思いながら
その一群をみつめていると、そこに片倉がいることを認めた。
その頃広間ではこの混雑をさけるために
陸軍省の者は偕行社、
参謀本部の者は軍人会館に集合せよ
と の命令が起案され、これがまさに下達されようとしていた。
磯部が石原、山下 その他二、三の同志とともに玄関に出てきたとき、
幕僚の一群はドヤドヤと玄関に押しかけてきた。
山下少将が命令を下し 石原が何か一言いったようだ。

突然、片倉が石原に向かって、
「 課長殿話があります 」
と 詰問するかの態度を示した。
かたわらに憎悪の眼を片倉からはなさなかった磯部は、
「 エイッこの野郎、ウルサイ奴だ、まだグズグズと文句をいうか 」
と 怒り心頭に発し、
いきなりピストルを握って片倉の右こめかみ部に銃口をあてて引金を引いた。
にぶい音とともに片倉は四、五歩よろめく。
磯部はさらに軍刀を抜いて右手にさげ残心の型で、彼の倒れるのを待った。
血が顔面にたれて気迫をおびた片倉は、
「 射たんでもわかる 」
と 言いながらかたわらの三品大尉に支えられていたが、
やがて彼は大尉につきそわれて、
「 ヤルナラ天皇陛下の命令でやれ 」
と 叫びながら後退した。
流血雪を染めて点々。
玄関にいた多数の軍人はこの一事によっておじけついたか、
いままでの鼻息はどこへやら消えて影だになかった。
磯部はこうして 十一月事件以来の宿敵片倉少佐を撃った。

大谷敬二郎著  二 ・ニ六事件 から

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27日
正午頃 陸相官邸ニ電話ヲ掛ケマシタ処、
村中ハ居ラズ、磯部ガ電話口ニ出マシテ、
「 自分ハ誠ニ殘念デ堪ラナイ。片倉少佐ヲ撃損ジタ。
 片倉ハ自分ト出會頭ニ文句ヲ言ツタカラ、何ヲ言フカト申シテ拳銃デ射撃シタ 」
ト申シマシタ。
私ハ相澤中佐ガ公判廷ニ於テ、
憲兵隊ニ連行サレル途中担架ニ乗セラレテ行ク永田少將ノ姿ヲ見テ、
殺シ損ネタカト殘念ニ思ヒタルモ、直ニ殺シ得レモノモ殺シ得ナイノモ、皆神ノ御思召ダト思返シ、
殘念ダトノ気氣持ガ去ツタト陳述シタコトヲ不圖思出シタノデ、
磯部ニ對シ
「 夫レナラ夫レデイイデナイカ。
 長イ間苦シメラレ、感慨深イ因縁ノアル片倉少佐ニ、

陸相官邸ノ門前デ偶然出會ツタノヲ奇縁ト思ヘバ、會ツタダケデヨイデハナイカ。
夫レモ皆神ノ御思召ダラウ 」

ト申シマスト、
磯部ハ
「 我々ハ、最初カラ反乱軍タルコトヲ覚悟ノ上デ蹶起シタノデアルカラ、
 今更奉勅命令トカ何トカ云ツテ脅カサレテモ、此処迄來タラ一歩モ退カヌ。
癪ニ障ル幕僚等ヲヤツツケ様ト云フノハ当然ノ事ダガ、中ニハ弱イ者モ居ル 」
ト言ヒ、大シタ勢デアリマシタカラ、
「 夫レハサウダ、サウダ 」
ト申シテ言葉ヲ合シテ置キマシタ。
・・・西田税