あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

内田メモ 「 只今から我々の要望事項を申上げます 」

2019年03月07日 06時02分21秒 | 首脳部 ・ 陸軍大臣官邸

村中孝次  
歩兵第十一中隊の二階にある将校室に煌々と明かりが灯る。
栗原中尉の機関銃隊で軍服に着替えた村中、磯部、山本の三名が、夜九時、ここに集合したのだった。
香田と丹生がすでにそこにいた。
中隊長代理の丹生誠忠中尉を中心に、陸相官邸での上層部工作に関しての作業を行うためだった。
村中が殴り書きにした 「 陸軍大臣への要望事項 」 なるメモを香田に見せる。
香田が二、三 意見を述べると、
その個所を修正し、今度は磯部に見せる。
磯部の意見を汲んで、最後は香田が通信紙に清書した。
これだけは手書きである。
なぜ印刷していないのかは、いまとなっては判らない。
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香田は  蹶起趣意書 を読み終わると、 蹶起将校名簿を差し出した。
そして机上に一枚の地図をひろげて、
今朝来の襲撃目標と部署とその成果について地図をさし示しながら説明した。
大臣は一言も発しない。
小松少佐はいそがしくこれをメモしている。
これがおわると
村中が代って
「只今からわらわれの要望事項を申し上げます」
といって、
一、陸軍大臣の斷乎たる決意により事態の収拾を急速に行うとともに、
      本事態を維新回天の方向に導くこと。
一、蹶起の趣旨を陸軍大臣を通じ天聽に達せしむること。
一、兵馬の大權を干犯したる宇垣大将、小磯中将、建川中将を即時逮捕すること。
一、軍閥的行動をなし来りたる中心人物、根本大佐、武藤中佐、片倉少佐を即時罷免すること。
一、ソ連威圧のため荒木大将を関東軍司令官に任命すること。
一、重要なる地方同志を即時東京に招致して意見をきき事態収拾に善処すること。
一、前各項実行せられ事態の安定を見るまで蹶起部隊を警備隊に編入し、現占拠地より絶対に移動せしめざること

と、一気にまくしたてた。
・・大谷啓二著 ・・これまでの通説
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「 天皇親政 」のもとに

一君万民主義を理想とした国家改造を掲げて蹶起したのではなかったのか。
頭をひねりたくなるような内容である。
「 武藤章や片倉衷を省部から追い出せ 」 とか、
統制派の中堅官僚や軍閥の中心人物を名指しして批判するような、内輪もめの要求ばかり。
いささか情けなくなる内容の要望事項であろう。
軍法会議で証拠品として採用された この七項目

「 果して、彼等がその内容で要求したものであろうか 」
だれしも首を埝ひくいるに違いない。
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「 押第四号 」 でいう 要望事項と 異なる内容であったとするものがある。
二十六日の午後二時半、
宮中では臨時政府会議が西溜りの間で開催された。
この会議の出席者の一人 内田鉄相のメモがそれである
この場で
川島義之陸相は、一木枢密院議長と閣僚たちを前に、
早朝から状況報告を行なった。
そこで述べられた
「蹶起軍の陸相への要望事項 」 とは
一、昭和維新を斷行すること
二、之がためには先づ軍自らが革新の實を挙げ、
      宇垣朝鮮総督、南大将、小磯中将、建川中将を罷免すること
三、すみやかに國體明徴の上に立つ政府を樹立すること
四、即時戒厳令を布くこと
五、陸相は直ちに 用意の近衛兵に守られて参内し、我々の意思を天聽に達すること
・・と、
このメモには、決起軍の政治的要求が骨太に述べられている。
昭和維新、新政府樹立、戒厳令公布、上奏隊などのキーワードが並び、
決起軍のバックボーンが明瞭に語られている。

軍法会議史料と 内田メモの骨格が何故異なるのか、
想像を逞しくすれば、当局が手書きであることを悪用して、改竄捏造したともとれるのだが・・・


・・鬼頭春樹著 禁断二・二六事件 から