澁川善助 「 笑ってはいけません。 安藤さん、あなたは禅を知らないからです 」

相澤三郎
相澤中佐とは、わたくしも三、四回会っている。
一見朴訥な田舎親爺だが、頬骨が高く こめかみが凹み、眼光のどこかに時々鋭いものがあった。
しかしそれも剣道四段と聞いて なる程と思う程度で、まず田舎者という感じが一番あたっている。
口は重いというよりは非常な咄弁 とつべん で、
面と向って話しても、調子というものが全然合わなかった。
十の思を一言で述べるといった具合で、
聞きての方が余程想像力を逞しくしないと、何を云っているのかわからない位だった。
何事でも議論よりも実行という型で、急進将校の中でも急先鋒だったようである。
東北の藩士の家系に生れ、厳父は自分の藩が大義名分を誤ったのを遺憾とし、
中佐に訓戒するにこれを間違うなと、口癖のように云われたと相澤自らが語っている。
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永田軍務局長を斬った時の感想として、
「 私の心の中の覚悟としましては、総て確信による行動であるから、
事の成ると成らざるを問わず、行動を終ればそのまま平然と任地に赴く考えでありました 」
と、澁川がその速記録を見ながら、相澤の心境を語った時、
安藤輝三大尉がクスクス笑い出してしまった。
これは笑うのがあたりまえだ。 一般国民でもかれは精神異常者ではないかと噂したほどであるから。
安藤は澁川と昵懇なので遠慮がないから笑えたので、一緒に他の者が笑わなかったのは、
ただ失礼と思っただけである。
澁川は陸士三十九期の中途退学生である。
「 笑ってはいけません。 安藤さん、あなたは禅を知らないからです 」
澁川が大きな声で叱った。
澁川のこの言葉に、一同は なる程そう云うものかなと、全面的に納得はゆかぬものの、
話はそれで進められた。
澁川善助
澁川は陸士でも成績優秀で、恩賜賞も貰えるほどの生徒だったが、
卒業直前教育問題で区隊長と衝突し退校になった。・・・渋川善助の士官学校退校理由 
血色のよい 平べったい感じの要望をし、挨拶の し方も今もって軍人めいた、如何にも真面目そうな人物であった。
何時の間に蓄えたかスターリン張りの口髭が、暫く見ない間にかれに凄味を添えて来た。
話ぶりも この頃は依然と変り、何か熱狂的なものが感ぜられた。
・・・新井勲 著  『 日本を震撼させた四日間 』 ・・相澤公判をめぐりて