大臣告示について
( 大臣告示は蹶起後半日を經過せる二十六日午后陸相官邸に於て發表したるものだ )
二十六日午后 山下少将將宮中より退下 官邸に來り吾等を集め大臣告示をロウ讀した。
いまソノ大意を記する。
1、諸子の蹶起の眞意は國體の眞姿顯現なることを認める
2、天聽に達した
3、國體明徴については参ギ官一同恐クにタエヌ
4、各閣僚も一層ヒキョウの誠を致す
5、コレ以上は大御心にマツ
この席上 同志は村、香、對、磯、野中、
軍中央部側 次官古莊、山下、鈴木、西村、満井、であつた。
この告示をきいて余は
行動を認めたるや否やにつき疑問を生じたので、山下氏に對し
義軍の義擧を認めたるものなりや、義軍なることを認めたるものなりや と質問せり
對馬君、行動を認めたるものなりや との質問をしたり
山下氏確答をせざりしも、行動を認めたるものなりとの態度アリアリと見えたり。
又行動は認めずと云ふ斷定は山下氏はしなかつた。
この告示をきいて次官以下居並ぶ中央幕僚將校はシュウビを開いた。
一同ホットした安心の態がアリアリと見えた。
そこで西村大佐は直ちに警備司令部にゆき、行動部隊は現地に置く可く交渉をすることを快諾し、
次官は宮中に至り 大臣にその旨を聯絡することになつた。
大臣告示によりこの場に居た十數名の將校が等しく受けた感じは
ホットした安心の気と、ヨシソレデヨシ 事がウマク運ブゾ
と 云った感じであつて、決して重苦しい惡感ではなかつた。
又 決して後になつて云ふ如き、大臣告示によつて青年將校を説得すると云ふ様な気で山下氏は告示をロウ讀せず、
又 吾々同志は斷じて説得とは思はなかつた。
説得と思ったらその場でケンカになつてゐる、行動を認めるのかなど変な、やさしい質問はしない、
そんな事はいゝとしてあの告示の文面をみてみるかいゝ 。
どこに一語でも説得の文句があるか。
吾々をよく云って居る所ばかりではないか、
參議官一同は恐クし、各閣僚も今後ヒキョウの誠を致すと云ってゐるではないか、
吾々は明かに大臣によつて認められた。
而も吾々の要求した所の行動を認めるか否かと云ふ点については、
明かに行動を認めると云ふ印刷物が部隊の將校の方へ配布された。
吾人が義軍であることは眞に明々白々の事實となつた。
二十六日から二十七日にかけて吾々は實にユカイであつた。
戰時警備令下の軍隊に入り 續いて戒嚴部隊に入り、戒嚴命令を受け、
いよいよ吾々の尊皇討奸の義擧を認め 維新に入ることが明かになつたので皆な大いに安心をし
これからは維新戒嚴軍隊の一將校として動くのだと稱して一同非常にゆかいに安心してゐた。
所が大臣告示が變化した。
吾々が二十九日収容されると同時に變化し出した、
先づ最初に告示は陸軍として出したものではないと云ふことを云ひだした。
そして曰く、
あれは陸軍大臣個人として出したのだとつけ加へた。
そんな馬鹿な話があるか 大臣告示と銘打って出したものが 陸軍として出したものでないとか、
川島個人のものだとか云ふ理クツがどこにあるか、
豫審廷でサンザン同志によつて突込まれたあげくの果て、
弱って今度は大臣告示は軍事參議官の説得案だと云ひ出した。
どこ迄も逃げをはるのだ。
そんな馬鹿な話しがあるか、
あの文面のどこに説得の意があるか、
行動を認むとさへ記した印刷物を配布した位ひではないか、
行動を認める説得と云ふものがあるか、
吾人は放火殺人をしてゐるのだ、
その行動を認めると云ふのだ、
祖の行動を認めて尚どこを説得すると云ふのだ、
行動を認めると云ふことは全部を認めると云ふことではないか、
全部を認めたらどこにも説得の部分は残らぬではないか、
宮中に於て行動を認めると云ふ文句の行動を眞意に訂正したと云ふのだ、
ところが訂正しない前に香椎司令官は狂喜して電ワをしたと云ふ、
此処か面白い所だ、
即ち、最初はたしかに全參議官が行動を認めたので吾人はそれだけでいゝのだ、
あとで如何に訂正しようとそんな事は問題にならん、
吾人の放火、殺人、の行動を第一番に、最初に軍の長老が認めたのだ、
吾人の行動直後に於て認めたのだ、
第一印象は常に正しい、
軍の長老聯の第一印象は吾人の行動を正義と認めた、それだけでいゝではないか、
軍事參議官が先頭第一にチュウチョせずに認めたと云ふ事實はもうどうにも動かせぬではないか、
も少し突込んで云ってやらふか、
此処に絶世の美人がある
この美人に認められたらもうしめたものだと思ふ殺人犯の男が平素ねらつていた。
或夜 戸を破って侵入し美人を説いてとうとうウンと云はせた
美人はその男の行動を認めた、
所があとになつて矢かましい問題になつたら 美人は色々と理由をつけてアノ時はいやだつたのだとか
何とか云ひ出したがもう追つかない 女は男の種をやどしてゐた。
これでやめておかふか、もつと云ってやらふか、後世の馬鹿にはまだ判然しないだらふ、
陸軍及陸軍大臣、及軍事參議官等が何と云ひのがれをしても駄目だ
ちや(ん)と國賊? 反軍の種を宿しているではないか。
[ 註、吾人は反徒でも國賊でもないが若し彼等の云ふが如くならば ]・・・欄外記入
その罪の子が生れ出るのがコワイので 軍首脳部はヨツテタカツテ ダタイをしようとして色々のインチキな薬をつかつたのだ。
説得案と云ふインチキ薬が奉勅命令と云ふ薬の次のダタイ薬に過ぎぬのだ。
大臣告示は斷じて説得案にあらず
然し軍は大臣告示を説得案にしなければ自分の身がたまらなかつた事は事實だと云へる。
大臣告示は吾人の行動を認めたる告達文にして説得案にあらずと云ふことを明かにする爲めにもう一言云っておかふ。
[ 吾人の行爲か若し國賊反徒の行爲ならば ]・・・欄外記入
その行動は最初から第一番に、直ちに叱らねばならぬ。
認めてはならぬものだ、吾人を打ち殺さねばならぬものだ、
直ちに大臣は全軍に告示して全軍の力により吾人を皆殺しすべきだ。
大臣は陛下に上奏して討伐命令をうける可きではないか、
間髪を入れず討つ可きではないか、
然るにかゝわらず 却って 先頭第一に行動を認めてゐるではないか。
直ちに討つ可きを討たざるのみか
その行動を認めたと云ふことは吾人を説得する所か反対に吾人の行爲にサンセイし、
吾人の行爲をよろこんだとしか考へられないではないか。
斷じて云ふ 大臣告示は説得案にあらず。
大臣告示は二種ある
その一は
諸子の行動は國體ノ眞姿顯現なることを認む と云ふもの、
他の一は
諸子蹶起の眞意は國體の眞姿顯現なることを認む と云ふのだ。
而して行動の句を用ひたるものは最初に出來たものだ。
眞意と直したのは 植田ケン吉の意見により訂正したものだ。
行動を蹶起の眞意と訂正して見た所で 「 認む 」 と 云ふことがある以上 吾人は認められたのだ。
吾人の行動を認められたのだ。
蹶起の眞意を認められたのだ。
蹶起の眞意を認めると云ふことは直ちに行動を認めると云ふことではないか。
全軍事參議官が認めたので警備司令官たる香椎は狂喜したのだ。
ヨウシ來タ と思って直ちに部下に電命して大臣告示を印刷した、
香椎は正直な男だ その時の狂喜振りを告白している。
二月廿六日宮中に於て軍事參ギ官会同席上の様子をよく知っている香椎であるから
二十六日夜戦戰時警備令下の軍隊に何等のチュウチョなく義軍を編入したのだ。
二十六日宮中於て參ギ官が吾人の行爲を認めず説得すべしと云ふ意見であつたならば、
如何に香椎一人が吾人に同情してゐても決して戰時警備令下の軍隊に編入することはしない筈だ。 磯部浅一
・・・獄中手記 (1) 「 義軍の義挙と認めたるや 」 から