画家・東郷青児はフランスから帰国した後、絵を描くかたわら翻訳を始めた。
青児訳によるジャン・コクトーの「怖るべき子供たち」が白水社から最初に発売されたのは1930年(昭和5年)のことである。
本書はその45年後の1975年(昭和50年)に同じ白水社から刊行された。
ポールに雪球を投げたダルジュロスはポールの生と死を支配する。
この物語では、ダルジュロスに酷似した少女アガートと結ばれない絶望に
ポールは死んでしまうが、それはダルジュロスを仰ぎ見るような憧れをいだいたコクトー自身をポールに投影させ
ダルジュロスがコクトーにとって美の絶対的存在であることを示している。
美の特権は素晴らしいものである。美は美を認めさせないものにさえも働きかけるのだ (東郷青児 訳)
美の特権は絶大である。美はそれを認識しない人びとの上にも働きかける (鈴木力衛 訳)
美の特権には、限りがない。美は、その存在を認めない人々にさえ、働きかける (高橋洋一 訳)
そしてエリザベートとポールが放心状態で「出かける」夢想の世界こそが二人の愛であった。
しかしそこに近親相姦的なものは存在しない。コクトーが描きたかったのは世俗を超えた愛の美しさである。
ポールの愛は共有世界が崩壊するはじまりであった。
ポールとアガートを引き離しジェラールをもあざむくエリザベートが守りたかった愛は悲劇で終わることしか出来ない愛であった。
伏目がちな横顔に詩情をただよわせてたたずむ女性を描いた東郷青児。
誰もがわかる絵でありながらもそこにはロマンチシズムがあふれている。
本書には右のエリザベートの肖像画を含め11枚のデッサンが収められている。