サッカールーの何でもござれ パート2

シドニー在住者のサッカーについてのざれごとです。

東京あるある

2019-04-22 17:03:36 | 日記
FM東京の高橋みなみの番組で地方から東京に出てきて、東京のここにびっくりしたことという特集があり、ネットニュースで紹介されていた。かくいう筆者も静岡県出身の立派な田舎者で、小学校6年生の時に静岡県から東京に家族で引っ越した。筆者の体験したあるあるをご紹介しよう。


①普通にしゃべっていると思っていたのに方言だと指摘されて困惑
静岡県東部(三島とか沼津とか)にはイントネーションというか、「ら~」を質問文の語尾に付ける。たとえば「みんなでどこそこ行くら~?」とか「君、このお菓子食べるら~?」といった具合である。


最近の若い人の話言葉は変わってきているだろうからもう違うかも知れない。それでも40才代以上は「ら~」をつけるはずだ。東京の学校に転校し始めたころは、できるだけ標準語を話すようにしていたのでばれなかったが、友達ができて油断していてすぐに「ら~」がでてしまい、周囲から指摘されて「ら」が方言であることを悟った。半年もしないうちに「ら」は出ないようになった。


②冬に教室にストーブがあった
今はどうか知らないが筆者の小学生のころは静岡県の小学校には、冬でもストーブがなかった。いくら温暖な静岡県でも冬はそれなりに寒い。しかし子供を甘やかさないためか真冬でもストーブは設置されていなかった。


東京の小学校には教室の真ん中にコークスのストーブがあり、これには非常の驚いた。小学生でもストーブを使用できるとは東京の小学校は恵まれていると感心した。


③プール開き
静岡県の小学校のプール開きは6月1日だったが、東京では7月1日だった。夏の開始が1か月も違うとは思えなかったが、とにかく1か月の差があった。しかし水泳の授業が1か月長くても泳ぎが達者な子供が多いことはなかった。


④少年サッカー教室
静岡県の小学校の校庭では土曜日の午後にはサッカー教室が開催されていて参加している子供が多かった。一番の人気スポーツは野球だったが、サッカーをやる子供も多かった。


東京では小学校の校庭で週末にサッカー教室は開催されておらず、サッカーはかなりマイナーだった。サッカー王国静岡は小学生年代からの下地があったわけだ。