本が好き!な、りなっこのダイアリーです。週末は旦那と食べ歩き。そちらの報告も。
本読みの日々つらつら
休日ランチ♪ 「すし処 函館市場」
3月15日、土曜日。晴れ。
うららかな陽気の今日は、心もうららかに回転寿司を頂いてまいりました。
そう言えば昨日はホワイト・デー。だーさんの都合で一日前にもらっていたのですが。ふんわりしっとりしたマロニエ何とかというお菓子をもらったので、日数かけて食べていこうと思います。甘いものは嫌いじゃないけれど、ちょっとずつしか頂けませんのよ。
さて今日は、まずは三宮のSOGOでだーさんの仕事鞄を購入しました。また良いのが見付からなかったら沢山歩かされるなぁ…難儀な…と思っていたら、さくっと決まりました。
その後はミント神戸へ移動して、二度目の「函館市場」です。満席でしたが、15分ほどで案内してもらえました。この時私は…お腹ペコペコです。
お茶の用意をしながらぐるりと見まわして…。
今回は私も、「先ずは玉子でしょう」というだーさんの流儀にしたがってみました。 一貫で食べ応えがある玉子でした。
“月見ねぎとろ”があったので大喜びして注文!
こ、こぼれおちそうな鶉の黄身が私をそそる…! これ、最初に食べちゃったけれども今日の一等のお気に入りでした。
あまり頂かないものを選んでみました、“トロカレイ”。
なかなか美味しかったです。
前回も頂いたのですが、“ヤリイカの一本握り”です。
生姜でさっぱり、爽やかな甘みです。
だーさんが選んでいたのにつられて、綺麗な“はまち”を。
これも…美味しかったです!!
そして、必ず頂く“炙りトロサーモン”と、〆の“ぼたんえび”。
大好きなトロサーモン、今日のは炙り過ぎでした。残念~。
どうやら回転寿司は、7皿ぐらいにしておくのがいいみたいです。昔はついつい張り切って、食べ過ぎちゃったけれど。
神戸の街の賑わいも、どことなく春らしく華やいで見えたのでした。
ま~わる~ま~わる~よ お寿司~はまわる~♪ …少し浮かれてみました。
飯嶋和一さん、『始祖鳥記』
大空を自由に舞う鳥たちにだって、ちゃんと生活の苦労(?)もあろうかと思うけれど…。それこそ地べたに這いつくばるようにして生きる人の目には、自由の象徴として映るのは今も昔も変わらないのでしょう。
いや、昔は飛行機も高層ビルもなかったのだから、その憧れはもっと切なくもっと直ぐなものだったはず。一度だけでいい、あの鳥のように空を飛んでみたい。一度だけでいい…と、焦がれるように大空を仰いだりもしたでしょうか。
『始祖鳥記』、飯嶋和一を読みました。
とてもとても面白うございました。
まず最初の章にて、読み手の目の前にはある事実だけがどん!と置かれます。詳しいことは何も分からず、ことのあらましについて知らされないまま、一人の男が空を飛んで世間をお騒がせした…と、ただそのことだけをいきなり知らされて、「何だ何だ?」と惹き込まれる。すると次の章では、主人公たちの子供時代にまで時間が逆行してしまう…という、何とも心憎い仕掛けでした。
まず、主人公の幸吉がいいです。何とも魅力的です。
体制におもねることなく、かといって反体制に与するわけでもなく、決して群れることのない男。たぶん、体制も反体制もこの人には何ら意味をなさない。一つところには決して落ち着けない、そんな、何物にも縛られることない自由な魂。空を飛びたいだけの思いを抱き続け、色んなしがらみを振り棄ててでも己だけに忠実であろうとする姿には、そんなの無理…と思いつつ心惹かれてしまいます。
そして、そんな幸吉の“異”業に奮い立つ、幾人かの男たちの姿もまたいい…!
何て言うか、彼らは一人として所謂正義漢ではない。ともすると安穏な生活を守ることだけに甘んじてしまいそうになる、そんな自分自身に忸怩たるものがあって、誰かに背中を押されるのを待っていた男たちである。色んな迷いがありながら、それでもやっぱり己の信じることを成そうとする男たち…。
彼らを動かすのは、夢とは違う。個人が勝手な思惑で抱く“夢”とは違う。自分が間違っていると感じたことに対して、自分がすべきことへの義務感のようなものかも知れない。でも、彼らを決断へと突き動かしたのは、一人の男の抑えきれない衝動であり、身内の目には気がたぶれとしか映らない空を飛ぶ夢だった…というところが、何とも興味深く思われました。
根っこの部分の原動力には、理屈では説明が付けられないマグマがあった。偶然ではなく必然に。…なんて。
この作家さんの作品は初めて読んだけれど、うねるような時代の波が力強く描かれていて、とても読み応えがありました。
『小鳥たち』、『アナイス・ニンの少女時代』
ここ最近、“少女”という言葉を耳にしたり目にしたりすることが多かったです。
自分が大人になってからの“少女”という言葉の響きには、こちらの胸を苦しくさせる秘密がある…ような気がする。籠の鳥であることの儚い美しさなんて、現実の女の子たちには全然感じないのに。
ちょっと前に某所で矢川さんの著書が話題になったとき、そういえば今まで矢川さんのお仕事にはあまり触れてこなかったなぁ…と思ったのでした。それとは別にアナイス・ニンのこの本も気になっていたので、平積みにされているのが目にとまり手に取っていました。矢川さんの翻訳もの。
『小鳥たち』、アナイス・ニンを読みました。
〔 四日目、マニュエルはテラスに出た。十時は休み時間だ。校庭は活気づいていた。マニュエルにとってはさながら脚とスカートの狂宴だった。ごく短いスカートで、競技中に白いパンティがのぞいて見える。マニュエルは興奮してきて、鳥たちのあいだに佇んでいたが、ついに事は計画通りにはこんでくれた。少女たちが上を見上げたのだった。 〕 17頁
収められているのは、「小鳥たち」「砂丘の女」「リナ」「二人姉妹」「シロッコ」「マハ」「モデル」「女王」「ヒルダとランゴ」「チャンチキート」「サフラン」「マンドラ」「家出娘」、です。
アナイス・ニンのことをほぼ何も知らないと言って良いくらい、私の知識は乏しいものでしたが、なぜか名前を見ると顔だけはちゃんと浮かびます。やはり、一度どこかで見たら印象が強く残ってしまう魅惑的な容姿なのでしょうね。蠱惑的でさえあります。
一人のお金持ちの老人のためだけに、匿名で書かれたエロチカ…。すでにこの設定の淫靡なことったら…! 矢川さんの解説によると、“詩は切り落せ”というのが注文主の至上命令だったそうです。電車の中で読んでたりしたので、いささかどきどきしてしまいました。煽情的でもなくねっとりと湿潤でもなく、それでいて、初心な娘に手取り脚取りの手ほどきを施すような繊細な筆致が、素敵に妖し過ぎまする。
そんな中で表題作の「小鳥たち」は、一人の男のフェティッシュをやや滑稽に、どことなくおとぎ話のように描いていて、可笑しみの中にそこはかとない哀しみの味わいが好きでした。どの作品にも清冽な気品と洒落っ気があって、それを訳している矢川さんの言葉の選び方のセンスがまたとても洗練されています。
で、近くの図書館分室でぶらぶらしていた時、目の前に現れたのがこの一冊でしたので、即借りでした。
『アナイス・ニンの少女時代』、矢川澄子を読みました。
アナイス・ニンの死後、改めて世に出された無削除版の日記の中の『ヘンリーとジューン』を読んだ矢川さんは、アナイス・ニン観が180度変わったそうです。“いったいこの女人はどういう人なのだろう”…と。
たった一人の最愛の夫がいて、緊密な絆を最後まで結んでいたにも関わらず、別の男によって性の喜びを教えられ、また違う男たちとも付き合い続けた女性。そして、“私が味わっている自由は、彼からの贈り物”と言い切れる夫婦の信頼関係…! 究極と言えば、これほどの究極の愛がありましょうか。「好きだからこそ独占したい」なんて台詞が、何と遊戯じみて聞こえることか。普通の人には到達することはおろか、理解することさえ難しい域であることも事実だけれど、相手のすべてを受け入れるということを突き詰めていくと、そういうことになるのかなぁ…。などと考えつつ。
この一冊の中では、特に少女時代に照準を定め、彼女の日記からアナイス・ニンという稀有な女性の魂の萌芽を、読み説く試みがなされています。アナイス・ニンのアナイス・ニンたる所以は、少女時代に隠されているにちがいないと。
父親の存在が少女の中で神のようになっていく過程など、とても興味深く読みました。それからとりわけ印象的だったのは、“不愉快な事柄からはわざと目をそらす”という矢川さんの指摘でした。たとえ日記の中であろうと、本当に向かい合いたくない嫌な事実を書く気にはなれない、心に圧し掛かってくるようなことを文章にしたくない、というのは自分にも身に覚えがあるのでとても納得出来ました。日記を、単なる逃げ場には出来ない少女の矜持。
“いくら「親友」のつもりの「日記さん」にでも、これだけは悟られたくない秘密、というのが、この少女にはたしかにあったのだ”という文章の後で、少しアンネ・フランクに触れられていますが、アンネの陽性なあけすけさとは確かに対称的です。家族関係に関する限りは、アンネの方がアナイスよりはずっと恵まれていたのではないかと、矢川さんは比較されています。
美貌の作家として知られているアナイス・ニンですが、幼い頃には自分は醜いと思い込んでいたこと、カトリック的純潔主義の教育を受けていたことなど、大人になってからの彼女にどのように繋がり、どのような影響を及ぼしていたのか…というところも、もっともっと知りたくなりました。
アナイス・ニンの少女時代をめぐる矢川さんの旅は、アナイスの前にヒューゴー・ガイラーという、永遠の伴侶でもあり「父」という存在でもある男性が現れるところで、幕を閉じます。
休日ランチ♪ 「麺屋 楼蘭」「イタリア料理 Civetta(チベッタ)」
3月9日、日曜日。晴れ。
は~るがき~た は~るがき~た♪
電車の座席に座ったら、ゆらゆら陽炎が見えました。今日は四月のような陽気。春物!春物!早く買いたいよう。
さて今日は、二人で梅田へ繰り出しました(先週も行ったぞ)。お昼ご飯を済ませてから、阪神デパートのワイン祭を冷やかしてきました。
だーさんが気に入ったフランスの赤ワインがあったので、買うのかな~?と思っていたら、結局買わなかったです。いや、うちの棚に何本も寝かせてありますからね…(ははは)。私は白の辛口が好きなので、何種類か試飲して楽しみました。いや、白ワインのストックも寝かせてありますからね…(ははは)。さんざん試飲をさせてもらって、そそくさと会場を後にしました。
お昼ご飯は、情報誌に載っていたラーメン店「麺屋 楼蘭」へ。
11時半には着いたけれど、すでに数人の列が出来ていました。おお、人気店らしい…と期待。
醤油も塩も味噌もあります。私は“柚子塩”の味玉付きにしました。だーさんは“醤油のあっさり”、特製です。
店内はカウンター席のみでした。席に着いてからは左程待たされることなく、らーめんが出来上がり~♪
こちら、私の“柚子塩”。
左上にほんの少しですが湯葉があって、湯葉好きな私は喜びました。
そしてだーさんの“醤油”です。
なみだ目玉子がラブリー♪
ここのらーめん、かなり美味しかったです。麺にはちゃんとこしがあるし、スープはあっさりしていても旨味は出てるし。特にだーさんは、「やっと大阪で美味しいと思えるらーめんに出会えた」と言い放っておりました。そこまで言ふ…。
そして、だーさんの仕事用の鞄を新調しなければいけないので、あちらこちらと物色しました。収穫はなかったけれど、街歩きに励みましたよ。
足が疲れた、しかも痛い!と騒いで、途中で休憩。
ちょいと串ものなどを頂きました。
玉ひも…。
お品書きの“玉ひも”が何なのかわからなくて、お店の人にたずねてみました。で、「おお、それは知っています。てか好きです!」という勢いで頼みました。そっか、これ“玉ひも”って呼ぶのですね。
時折こんな風にして、なしくずしにぐだぐだぐだ…呑み続けてしまう休日があるようです。なんてことでしょう。
そしてさらに昨日のランチも。
こちらは神戸は灘区のお店、「イタリア料理 Civetta(チべッタ)」です。 ナポリピッツァが人気という情報で、以前から車で前を通る度に気になっていました。
ピッツァがお目当てだったので、私はピッツァセットにしました。若干の心配は、一枚のピッツァのヴォリュームがかなりあるのではないか…ということだったのですが、心配していた通りでした。ふっ。
だーさんがパスタセットだったので、ピッツァを一目見てシェア決定でしたことよ。
ランチセットのサラダを、250円(だったかな?)で前菜盛りに変えられます。
だーさんの“豚トロベーコンと竹の子のオイルソース”。
パスタのヴォリュームはほど良いのに…(だーさんには少なめですが)。
で、私のピッツァセットは、本日のピッツァ二種類をハーフ&ハーフでお願いしました。のですが…大きかった…。一目見て、でかっと思いましたさ。
“ベーコンとブロッコリーのピッツァ”と、“3種類のチーズのピッツァ”です。
トマトの爽やかな酸味がすごく気に入りました。
“3種類のチーズのピッツァ”も、チーズがとろ~りで美味しかったです。えっと、ゴルゴンゾーラとモッツァレラとパルミジャーノです。
2切れ手伝ってもらっても、やっぱり多かった…。内側の生地は薄いですが、エッジのところが凄くもっちりしていて食べ応えがありました。大好きなのに普段なかなか頂かないので(太るイメージ…イタリアのマンマのように!)、お腹がいっぱいになるほどピッツァを堪能出来たのは、大満足でした。るるるん。
グレアム・スウィフト、『ウォーターランド』
久しぶりに図書館本です。濃厚かつ緻密な物語の世界。
『ウォーターランド』、グレアム・スウィフトを読みました。
〔 というのも、子供たちよ、万物を平坦にならそうとする性質をもち、それ自身は味も色ももたない水という物質は、液体状の〈無〉にほかならないではないか。そしてまた、平坦であるという属性において水とよく似たフェンズの風景は、世の中にある風景の中で、もっとも〈無〉に近いものにほかならないではないか。フェンズの人間なら誰でもそれを、心中ひそかに認めている。 〕 27頁
素晴らしい読み応えでした。物語の重厚な空気感がじわじわひたひた…浸透してくるのを、胸いっぱいに堪能しました。そして湿度が高いです。舞台が沼沢地だけに…ね。
相当に分厚い作品ですが、かなり細かく章立てされています。それもそのはず、行きつ戻りつする時間軸に、時々脱線する潤沢な話題…。この物語の語り手である歴史教師は、フランス革命に思いを巡らしつつウナギの生態についての考察までも試みます。
舞台となるのは歴史教師トムの故郷、イングランド東部の沼沢地フェンズです。干拓と洪水を延々と繰り返す土地、フェンズ。水と人とが鼬ごっこの如く、互いを出し抜き合ってきた風土でもあります。
物語の最初の方で、このフェンズの独特な風土についてと、それに対峙してきた人々の努力の歴史に関する詳しい記述があるのですが、私はここでちょっとつまづきそうになりました。だって、どこまで行ってもくすんだ色合いの暗い風景しか見えてこないから。干拓排水浚渫、干拓排水浚渫…。たゆまぬ努力と用心の上にしか成り立たない、人々の生活がそこにあります。何故そうまでしてこんな土地に住み続けなければならなかったか…と、思えてきてしまいます。
風土とは、来る日も来る日も目に映る変わらぬ風景とは、その土地に生まれ育った人々の人となりや運命に、どれほどの影響を及ぼすものでしょうか?
『嵐ヶ丘』がヒース無くしては語られないように、水郷フェンズでなければそもそもこのような物語は生まれるべくもなかった…と思います。そう思わずにはいられない、物語と風土との不思議な融合がこの作品の中で起こっているのです。
トムの母親、そしてその両親そして…と連なっていく血の中に潜む小昏い狂気。アトキンソン家の繁栄と没落。 真相のわからない幽霊の目撃談。粘液質な気質にもかかわらず、おとぎ話を信じていたクリックの一族。トムの人生に暗い影を落とし続ける、幼馴染の溺死。物語の要素が、これでもかと盛り沢山に詰め込まれています。
幾つもの筋がよれて縺れて、するする解けた時に見えてくる真実とは…。
妻が引き起こした嬰児誘拐事件…。
少女の頃には好奇心旺盛で勇敢だったメアリの心に、一体何が起こってしまったのだろう? 52歳のメアリの心は、若かりし頃の罪悪感に押しつぶされてしまったのかしら? 何だか…切ないな。
川上弘美さん、『古道具 中野商店』
新幹線の中で読んだりしていました。
倉橋さんや笙野さんの作品を読んだばかりなので、主人公たちが普通のお昼ご飯を食べたりしている場面で、とても和みました(人肉喰いとか絶対ないもの)。肩の力が抜けて、ほぅ…っと。
『古道具 中野商店』、川上弘美を読みました。
〔 東京の西の近郊の小さな古道具屋でアルバイトをする「わたし」。ダメ男感漂う店主・中野さん。きりっと女っぷりのいい姉マサヨさん。わたしと恋仲であるようなないような、むっつり屋のタケオ。どこかあやしい常連たち…。不器用でスケールちいさく、けれど奥の深い人々と、懐かしくもチープな品々。中野商店を舞台に繰り広げられるなんともじれったい恋、世代をこえた友情。幸福感あふれる最新長篇。 〕
カレーライスにカツ丼、マサヨさんの作ったなかなか美味しそうなタンメン…。この作品の登場人物たちは、しっかり地に足が着いた人たちの如く、いつもしっかりご飯を頂いている。その割には結構皆、どこかしらとんちんかんなのにね。
全然地に足が着いていないという訳でもないけれど、もの凄く風変わりというのでもないけれど、微妙に世の中からずれている感じがして、まあそこがわかりやすいと言えばわかりやすい。この人たちの中に入って行けたなら、何の気負いも要らなさそうな気がしてくる。
読んでいる最中がとても楽しかったです。たとえば私の好きな『真鶴』に比べると、あわあわしさが物足りなさにも繋がりますが、これはこれで好きでした。
チョキチョキチョキ…。
最近、近くのパン屋さんでハード系のパンを買うのが、日々のあぶくのような楽しみです。
グラハム粉やライ麦を使ったパン・オ・ルヴァン。酸味がいい塩梅に効いています。
皆川博子さん、『恋紅』
大好きな皆川さんの作品。
直木賞を受賞したのが時代物だった為、その後の執筆活動が不自由になってしまったという曰くの作品だが、とてもよかった。どんな時代や国を舞台にしても、猥雑で混乱した過渡期に咲く狂おしい少女たちを描いたら、こんなに素晴らしい作家が他にいるだろうか…とまで思ってしまう。
『恋紅』、皆川博子を読みました。
桜の情景がえも言われぬほど美しかった。染井吉野の誕生秘話が創作されていて、主人公ゆうの物語に絡んでくるところが切ない読み心地をますますつのらせる。はぁ…。
皆川さんの作品には、少女を描いたものが多い。
少女であるということは、ただそれだけで時にはむごく、時には無念なことであるのだなぁ…と、しみじみ感じてしまう。自分が少女だった頃を思い出してみるまでもないのに、どうしても思い出されてしまってますます胸が苦しくなった。己の無力さへの歯がゆさに、受動的な立場に甘んじていなければならない悔しさに、いつも押しつぶされそうになりつつ、人知れず闘っている少女…という存在。
時代は幕末。主人公の少女ゆうは、吉原の遊女屋のお嬢さんである。
幾人もの女たちを踏みにじった上での、まがい物交じりの豪奢。贅沢な暮らし。世間では亡八と蔑み呼ばれる(考・悌・忠・信・礼・義・仁・智の八徳を忘れねばできぬ生業だから)、親の家業。ゆうは、そんな自分の境遇に居心地の悪さを感じているものの、狭く囲まれた世界の内側にさえいれば常にお嬢さんとして大切にしてもらえることを、いつしか当たり前のように感じている。その矛盾には一向に気付けていなかった。
でも、子供の頃の忘れがたい温かな記憶、その記憶の中の男に再会するところから、ゆうの世界が少しずつ変わり始め…。
途中まで読んで気が付いたのは、この物語は『花闇』と背中合わせになっているなぁ…ということでした。片や、稀代の天才歌舞伎役者の凄絶な物語、片や、名もなき遊郭の少女と小芝居のしがなき役者の物語、ですが。どちらかに強い光があたっているときには、もう一方にはより濃い影が出来るような、二つの作品はそんな関係で結ばれているような気がしてなりません。天才沢村田之助の光と影。その芸の力を誰よりも深く理解して焦がれ続けた一人の役者と、彼を支えようとした少女の物語として。
ラストでは、最後の一文が冒頭と美しく呼応して、物語が閉じる。見事です。素晴らしかったです。
難波にて♪ 「風流お好み焼 たけくらべ」
3月2日、日曜日。晴れ。
毎年この時期はすこぶる眠いです。じわじわ少~しずつ温かくなってきて、でも時々真冬に逆戻りするみたいなこの時期。体が変化に追いつかない感じです。
だーさんが勤め先に用事があったから、今日も大阪へ足を向ける。会社の近くのコンビニでこーしーを飲みながら本を読みながら待ちつつ、目の前にあるブルブルブルブル…(DIET‐END?)が気になって、じつと見てしまう。10分300円で2時間歩いただけの運動量って、それは安いのですか高いのですか? ちょっとやってみたかった…。
所用を済ませただーさんと、堂島ロールの行列を横目に駅まで歩く。
今日のランチの希望はお好み焼♪ 地下鉄で難波へ移動して、行き当たりばったりでお店を探した。大阪では粉もん(て言うらしい)のお店はいつも行列が出来ていて、なかなかありつけなかったりするが…。
本当に行き当たりばったり、このお店に吸い込まれてみた。
「風流お好み焼 たけくらべ」は、建物の二階 。
満席ぎりぎりだった店内は、L字型のカウンター席がメインになっていて結構狭い。隣の人と肘がぶつかりそう…だが、お好み焼やさんはそれでいいのかも。
まずは生中。
ぐ~び、ぐびぐびぐび。
お好み焼きは時間がかかるけれど、だーさんが頼んだ野菜炒めがビールにぴったりなタイミングで出されて嬉しい~。
これで一杯飲み干した。
お好み焼きは、私が豚玉でだーさんがシーフード。
これにさらに、マヨネーズ・青海苔・かつお節で仕上げ。
かつお節がじゃかじゃか踊る…。
だーさんが頼んだのがシーフードだけれど、見た目の区別はつかないな…。一切れ貰ったら美味しかった!
このお店に入ったのは二時頃。頼んだ分を私たちがほぼ食べ終えるちょっと前から、店員の男性が何か作り出した…と思って見つめていたら、それがまかないのキムチチャーハンでめちゃ美味しそうだった。鉄板で作ったチャーハン、品書きにはなかった。
ご馳走さまでした♪
ぶらりぶらりと帰路に着く。今夜のメインは蒸し野菜。明日はまたまた地元だよ。
ハービス PURAZA ENT、「旬菜と土鍋ごはん 彩箸」
3月1日、土曜日。晴れ。
コートの下のセーターが、薄めのものでしのげる日が増えてきました。私は春物の色にそわそわし始めています。
今日はだーさんが、義母の病室をのぞいてから帰ってくる。と、待ちかねていたら電話。今日~は梅田で~1時~♪
話が変わりますが、先日地元へ戻るとき、通勤時間の梅田駅で乗り換えをしたら、朝の梅田は怖かったです。改札を抜けてすぐのエスカレーターを、誰も立ち止まらず2列になって上がっていく…! 流石は大阪の人々だと感心しつつ、かなり怖い眺めでした。立ち止まったら蹴飛ばされそうなので、私もエスカレーターを黙々と上がりましたけれど、釈然としないものが(エスカレーターなのに!)。
閑話休題。だーさんと落ち合って向かいましたのは、ハービス PURAZA ENTです。エレベーターで5階に上がってぐるりと見て回り、今日は和食のお店「旬菜と土鍋ごはん 彩箸」にしました。他の店は待ち時間があるようでしたが、ここはすんなり席へ案内されました。
手前が料理、奥が飲み物のお品書きです。こういう和紙使いは好きです。
熱燗と生ビールで、まずは一息。ぷはっ。
テーブルのガラスの下が茣蓙模様…と思いきや、本当に茣蓙がテーブルに組み込まれているようです。“掛川織の芭蕉”らしい。
二人とも「楽」というランチを選んだら、他のランチよりも時間がかかるようでした。
お料理が運ばれてきました~。 まずは、“季節野菜の炊き合わせ”です。
炊き合わせ、味の含ませ具合が絶妙です。春の筍、春の蕗~♪ 素材の味が優しいです。
これが頂きたかったので「楽」にしたのよ、“但馬鶏黒七味焼き”です。 鶏好きには堪らない一品ですね。
皮は程よくぱりぱり、中はジューシー…て、決まり文句ですな。
柔らかくって美味しい!
付け合わせの芽キャベツのほろ苦さも、春らしい味です。
ごはんも運ばれてきました。えっと、“国産筍の土鍋ごはん”です。
魚沼産の希少なコシヒカリですって。ふーん…(お米に関心がない)。
土鍋ごはんは美味しかったです。本当にふっくら…! でも実は二人とも、芯が残ってるみたいなぱらぱらなご飯が好きなものですから、感動は薄かったです。猫に小判りなっこに土鍋ごはん。…いやいやいや、美味しかったですよ。だーさんが一粒残さず平らげてくれました。
最後のデザートまで、残さずしっかりと。
お抹茶は久しぶり。葛饅頭は大好きなので、ひそかに喜んでいました。葛饅頭とかわらび餅とか心太とか、ぷるっとして涼しげな和菓子が好きかな。
そして見上げれば、番傘が。
ご馳走さまでした♪
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