飯嶋和一さん、『始祖鳥記』

 大空を自由に舞う鳥たちにだって、ちゃんと生活の苦労(?)もあろうかと思うけれど…。それこそ地べたに這いつくばるようにして生きる人の目には、自由の象徴として映るのは今も昔も変わらないのでしょう。 
 いや、昔は飛行機も高層ビルもなかったのだから、その憧れはもっと切なくもっと直ぐなものだったはず。一度だけでいい、あの鳥のように空を飛んでみたい。一度だけでいい…と、焦がれるように大空を仰いだりもしたでしょうか。

 『始祖鳥記』、飯嶋和一を読みました。
 
 
 とてもとても面白うございました。
 まず最初の章にて、読み手の目の前にはある事実だけがどん!と置かれます。詳しいことは何も分からず、ことのあらましについて知らされないまま、一人の男が空を飛んで世間をお騒がせした…と、ただそのことだけをいきなり知らされて、「何だ何だ?」と惹き込まれる。すると次の章では、主人公たちの子供時代にまで時間が逆行してしまう…という、何とも心憎い仕掛けでした。

 まず、主人公の幸吉がいいです。何とも魅力的です。
 体制におもねることなく、かといって反体制に与するわけでもなく、決して群れることのない男。たぶん、体制も反体制もこの人には何ら意味をなさない。一つところには決して落ち着けない、そんな、何物にも縛られることない自由な魂。空を飛びたいだけの思いを抱き続け、色んなしがらみを振り棄ててでも己だけに忠実であろうとする姿には、そんなの無理…と思いつつ心惹かれてしまいます。

 そして、そんな幸吉の“異”業に奮い立つ、幾人かの男たちの姿もまたいい…!
 何て言うか、彼らは一人として所謂正義漢ではない。ともすると安穏な生活を守ることだけに甘んじてしまいそうになる、そんな自分自身に忸怩たるものがあって、誰かに背中を押されるのを待っていた男たちである。色んな迷いがありながら、それでもやっぱり己の信じることを成そうとする男たち…。
 彼らを動かすのは、夢とは違う。個人が勝手な思惑で抱く“夢”とは違う。自分が間違っていると感じたことに対して、自分がすべきことへの義務感のようなものかも知れない。でも、彼らを決断へと突き動かしたのは、一人の男の抑えきれない衝動であり、身内の目には気がたぶれとしか映らない空を飛ぶ夢だった…というところが、何とも興味深く思われました。
 根っこの部分の原動力には、理屈では説明が付けられないマグマがあった。偶然ではなく必然に。…なんて。 

 この作家さんの作品は初めて読んだけれど、うねるような時代の波が力強く描かれていて、とても読み応えがありました。

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コメント
 
 
 
これ。 (きし)
2008-03-18 01:27:57
おもしろかったですね。(いつも同じようなコメントで申し訳ないのですが。)
こうして、りなっこさんの記事を読むと、その時の記憶が戻ってきたり、ああ、そうか、と思うところがあったり。
私はきっとりなっこさんの読み方がすきなのでしょうねぇ。
 
 
 
Unknown (りなっこ)
2008-03-18 19:15:03
あ、きしさんも読まれてましたねー。
さっき記事を読ませていただいて、「おおお、砂絵師のことを書き忘れてたわ!」と思ったり。

>私はきっとりなっこさんの読み方がすきなのでしょうねぇ

ひゃあ、嬉しいけれども恐縮ですわ~(笑)。 ありがとうございます♡
 
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