皆川博子さん、『恋紅』

 大好きな皆川さんの作品。
 直木賞を受賞したのが時代物だった為、その後の執筆活動が不自由になってしまったという曰くの作品だが、とてもよかった。どんな時代や国を舞台にしても、猥雑で混乱した過渡期に咲く狂おしい少女たちを描いたら、こんなに素晴らしい作家が他にいるだろうか…とまで思ってしまう。

 『恋紅』、皆川博子を読みました。
 

 桜の情景がえも言われぬほど美しかった。染井吉野の誕生秘話が創作されていて、主人公ゆうの物語に絡んでくるところが切ない読み心地をますますつのらせる。はぁ…。
 皆川さんの作品には、少女を描いたものが多い。
 少女であるということは、ただそれだけで時にはむごく、時には無念なことであるのだなぁ…と、しみじみ感じてしまう。自分が少女だった頃を思い出してみるまでもないのに、どうしても思い出されてしまってますます胸が苦しくなった。己の無力さへの歯がゆさに、受動的な立場に甘んじていなければならない悔しさに、いつも押しつぶされそうになりつつ、人知れず闘っている少女…という存在。 

 時代は幕末。主人公の少女ゆうは、吉原の遊女屋のお嬢さんである。 
 幾人もの女たちを踏みにじった上での、まがい物交じりの豪奢。贅沢な暮らし。世間では亡八と蔑み呼ばれる(考・悌・忠・信・礼・義・仁・智の八徳を忘れねばできぬ生業だから)、親の家業。ゆうは、そんな自分の境遇に居心地の悪さを感じているものの、狭く囲まれた世界の内側にさえいれば常にお嬢さんとして大切にしてもらえることを、いつしか当たり前のように感じている。その矛盾には一向に気付けていなかった。
 でも、子供の頃の忘れがたい温かな記憶、その記憶の中の男に再会するところから、ゆうの世界が少しずつ変わり始め…。

 途中まで読んで気が付いたのは、この物語は『花闇』と背中合わせになっているなぁ…ということでした。片や、稀代の天才歌舞伎役者の凄絶な物語、片や、名もなき遊郭の少女と小芝居のしがなき役者の物語、ですが。どちらかに強い光があたっているときには、もう一方にはより濃い影が出来るような、二つの作品はそんな関係で結ばれているような気がしてなりません。天才沢村田之助の光と影。その芸の力を誰よりも深く理解して焦がれ続けた一人の役者と、彼を支えようとした少女の物語として。
 ラストでは、最後の一文が冒頭と美しく呼応して、物語が閉じる。見事です。素晴らしかったです。

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