日々徒然に

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臓器移植法案に思う…

2009年06月21日 | Weblog
 梅雨の合間の快晴日。今日のも休日の摩川散歩を楽しんでいたら空中にひとが浮いていました。よーくみると一人乗りのりのプロペラつきパラグライダーが飛んでいました。風邪もなくゆっくり空を散歩している姿は気持ちがよさそうなので写真にとりました。(冒頭の写真:誰か?そんなことは詮索しないで下さい。人です…)
風邪もなくゆっくり川の上を歩いているような情景。イイですね…。

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┃今┃週┃の┃気┃に┃な┃る┃事┃…┃
 さて、今週の「気になる事…」は11年ぶりに改定になったという「臓器移植法改正案」。18日衆議院本会議で賛成263、反対167で可決されました。
 以前、私の知り合いで某大手組合の組合員のお子さんが心臓病でどうしても移殖が必要でアメリカへ行く旅費や手術費が足りないということでカンパしたことがありました。考えてみれば、生まれてきた子どもが移殖するほどの大病を患って生まれてくることなど、夢にも思わなかったでしょう。しかし、この世に誕生したからにはまっとうに生きたい…と思うのは人間ならすなおな思いでしょう。
 ところが生まれた社会が自分の病気に対処していない…。費用がかかりすぎる等など悪条件ばかりそろっているのは、大人の責任です。そんなことを考えました。

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 私は今回の法案には「反対」です。なぜなら、「脳死を人の死とする」ということだそうで、この文には正直なところ今、脳死状態の患者はいったどうなってしまうのかということを考えると不安です。さらに年齢制限がとれて子どもであれ、大人であれ脳死になったら親の同意さえあれば、移植できるそうです。
 一方、臓器移植をまっている親からしてみれば、すぐにでも自分の子どもを助けてやりたいと思うのは当然だと思います。しかし、臓器を提供できる脳死でもいつかは助かる、甦るとおもって看病している親にとっては脳死であっても助けることを一生懸命になるのが親心であると思います。と…思うのは自分の子どもが脳死でもないし、臓器移植する病気でもないから…というからかもしれません。
 そう実態から思うのは、今の現実から早急すぎる法案であるかしれません。
 なぜなら、自分の子どもを虐待している親が少なくない事件が多くなってきたことにも起因しているのかもしれません。さらに、年々減る一方の医師不足、看護士不足で超過勤務による「過労死」という実態があります。
 そんなことをいっても自分の子は助けたい…思うのは私も同じです。
 また、反対の理由として以前「臓器売買」の新聞報道(2007年5月11日・東京)で読んだことがあります。フィリピンで生活の貧しさから自分の臓器をうって貧困から抜け出そうとしている人たちが書かれていました。こんなことが起きている実態では不安です。
 とは言っても、報道される移殖さえできれば助かる自分の子どもたちの親も必死であると思います。それを思うと、反対なんて健常者のエゴになっているようで複雑なところです。

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┃今┃週┃の┃現┃場┃は┃…┃
 そろそろ労働者にとってはうれしい季節…夏季一時金の季節。年々、格差がひろがるといわれていますが、私のところも同じです。
 春闘で一時金50万カット妥結…などいう記事を読んでみたりするとよっぽど一時金をもあらっているんだなあ…と思います。なんだ、かんだといっても出る方はいいです。それに比べて、年々減らされる格差が自分の身近になってくるとこの怒りどこへぶつけたらいいのかと思います。
 ただただ、妬みになっているようですが、現実、100万円でも少ないという企業にとっは、やっぱり少ないのでしょうし大変だと思います。
 ときどき思います。格差が広がって最低今の生活さえ維持できればいいとあきらめれいることもあります。この少ない一時金でうまく使おうと考えるしかないようです。
 まいってしまう世の中ですね…。

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 たまたま、読んでくださった方、ありがとうございました。

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