日々徒然に

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  あしたを考える一日をつくりたいね……

3月。桜が咲き始めるころですが・・・

2020年03月01日 | Weblog
こんにちは。
すこしずつ寒さが和らぐ季節になってきました。毎日通る散歩道でもソメイヨシノという桜がいち早く花を咲かせていました。その下を通る人は必ず上を見上げては花を眺めています。花粉症はありますが、やっと待ちに待った春らしさがやって来たんだと思うひとときでもあります。身近なところにも花が咲き始めるのを見るにつけ、温かさを感じるこのごろです。
 散歩も楽しくなってくるのもこのころです。

 さて今週は先週に引きつづき「新型コロナウイルス」のニュースが日々流れていました。そのなかでは日々感染者の数が増えていく様子がニュースなので報告され行きました。そんな中で思うのは、感染者が増えるのはまだあるのだろうという感じがします。寒さもあるし、対応への遅れがますます感染者を増やしていく・・・ということは実感できるところです。
 でも、日々感染者の人数ばかりを聞かされていると不安ばかりが煽られているように思えます。そんななかで、感染して病院から退院していった人もいると思います。そんな人の状況なども聞かせて欲しいと思います。聞いていると、だいたい罹患している人で悪くなるのは高齢者が多いと見うけられるます。ならば、高齢者への注意とかもっと具体的なニュースなど欲しい気がしましたが・・・。

 「学校一斉休校」に関しても、全部が全部休みになると、共働きをしている人にとっては負担が増大します。もっとその地域社会の独自の取り組みのようなものもニュースで紹介していくことが求めれているように思えます。
 対応する予算は少ない・・・とも思います。こんな時だかこそ政治は国の威信よりは働く人への予算が必要なのではないのでしょうか。国を支えているのは政治家たちではなく、日々育て働いている人たちなのだから。


 散歩道に桜の花がちらほら見らえるような季節になって来たなーと、空を見上げては感心している。何があろとうと、自然はその時期になると自分をしっかり表現している。それも、静かに、けなげにという言葉が似合うような花を咲かせては喜ばしてくれている・・・。

 それに比べて人間のあさましさをみる今年の春である。
 中国から端を発した新型コロナウイルスに今も恐怖を感じている日々である。ただでさえ、老体にはこのウイルスには特効薬なるものがまだできていないことに、さらに怖さがばかりつのる。怖さに拍車をかけるように「見えない怖さ」といこともある。危険になっているはわかるが、その姿かたちがどこまできているのか、明日なのかあさってなのか・・・誰にも分からない。ただわかっているのは、どこで感染者が何人、死亡何人というニュースくらいだろうと思う。分からないことにもう一つ付け加えるのなら「流言飛語」というものがある。誰がどこでどんな目的のために拡散させているのかまったくわからない中、その情報を受けとめた人たちが、薬局の前に長蛇の列をつくっていたりする。(私もその一人だが・・・)

 そして世の中があまりにも便利になりすぎて、そのデメリットに触れようとしないことがまた恐怖である。ここは冷静に・・・などといわれても、電車の中で、お店で、公共機関で感染を防ぐための「手洗い・うがいなど」と方法ばかりが聞こえてくる。そんなことは言われまでもなく分かっていることなのだから、違うことを考えてほしいものだと思う。
 拡散する誤った情報に対する対応のしかたとか、相談すべきところの紹介とか。ちょっとした人々の知恵のようなものを絞りだして紹介してほしい。
 「オカシイ・・・」どこから流れてきた「噂」によって右往左往している日々。「ある日コンビニから〇〇が消えた」とかなる。そんななかで、日々の中で育てられた人と人のつながりも忘れて行動していく。気がつけばとんでもない事態をなっている・・・。みんなであわてている世の中はいいことなど考えられない。そんなことを思う。

 今年もどっしりと腰を据えて咲く桜の花である。この時期当たり前のように咲いている花なれど毎年ちがう状況下で頑張る花、すごい・・・よ。

 
 この時期、大手企業や官公庁では「新型コロナウイルス対策」が実施されている。これが「オフピーク通勤」であったり「在宅勤務」などということなのだろう。やれる会社はうらやましい限りである。
 私のところはと思っていたが、いちおうそれらしいお触れがまわってきたのが今週だった。「とうとう来たか・・・」と思っていたら、就業時間を45分短縮で出退勤をする二つのグループに分けての内容だった。(①9:45~17:00②10:00~18:00)
 さすがに人手不足はゆがめない事実である。それでも、ひねり出した「コロナ対策」だったのだろう。私自身としてはうえれしいことだ。45分違うと電車での混雑は雲泥の差だからだ。世の中の流れもあるのだろう。それにつけてももっと大事なことはぬけてはいないかと思う。残業である。こちらがどれだけいい形にしても客がそれに対応していなくては、残業は同じだろうと思う。要は、どういようかと思ったところで、仕事は関連性のたまものだから無理をどこかでやっているわけだろう。それが、どこかを整理していくことも大事なことだろう。今回の対策は、出来る範囲でやれることでいいと思えば一歩の前進だろうと思う。実施期間は1週間だという。さてどうなるのだろうか。人手不足もあり、どうしていくのか。やれることを探して進しかないと思う。

 

 3月が始まりました。今年の3月はこれまでの3月とは違うなと思います。いつもであればプロ野球やサッカーが動き出して躍動感ある3月がはじまろういう雰囲気でした。そして、高校野球も楽しみの一つとして待ち遠しい時期でもありました。花粉症もその楽しみに忘れるくらいでもありました。今、スポーツが自粛気味のなかでいったいこれから始めることが出来るのだろうかいう危惧もあります。

 今年は「新型コロナウイルス」で世間が楽しく見える季節にはちょっと違う月となっています。いったい、この騒ぎがいつまで続くのだろうか・・・という不安感も日々持つようになりました。ですから、楽しそうなことをあまり感じる日もすくなくなったように思えます。
 電車にのればほとんどの人がマスクをしてる日々です。冬の間はマスクは防寒用にもなっていました。今年は感染防具になっています。過日、地下鉄でマスクをしていない人が咳をしたところ、腹をたてた人が突然、非情通報ボタンを押して電車が停まったこともありました。通常なら考えられないことが起きていることにちょっと怖さもあります。花粉症の私などはいったどうなっていまうのでしょうか・・・ね。



 さて、新型コロナウイルスという名前がまだ消えない月に突入しました。なにかいいニュースがない中、いいことがあるといいですね。
 ちなみ、今までのつけが新型コロナウイルスという形になってでたきた世界中だと思えます。一つに経済優先の人間の生きかたがつくりだした怪物のように見えます。コンビニなどで24時間営業のなかで、人手不足という現実で無理をする日々がありました。人への話す言葉がパワハラ、セクハラ、そして精神的に弱って「ひきこもり」などをつくったり、さらには過労死が多いのにいまだに突然現れる現実・・・。
 そんな中で、人間が何につけ抵抗力(抗体として)がなくなっていることへの警告でもあるように思えます。なんの予告もない出来事がこれほど多く起きているのが近年の状況にも見えます。昨年の台風があれほど大きくなるとは、気象庁くらいはわかっていたくらいでしょう。そして、今年新型コロナウイルスが大流行してきました。過去軌跡をたどってみてみれば、原因がきっとあるはずなのです。それはほとんど私たちには公表されることはないのかもしれません。それでも、どうにか抵抗して前へ進む日々を模索するだけなのでしょう。

 今後がどんな形で変えていかなければいけない、ということを気づかせているときなのかもしれません。

 では、今週はこのへんで。
 読んでくれた人、ありがとうございました。