明後日3月1日は、ビキニデーである。本ブログで何度も訴えているが、この日はアメリカのビキニ環礁で、60年前に核実験によって日本のマグロ漁船の第5福竜丸が被爆した日である。
第5福竜丸は150キロも離れていたが、降ってきた死の灰(当時はそう呼んでいた)を浴びて、機関長の久保山愛吉さんが亡くなった。その
後、23名が次々と白血病や肝臓がんで亡くなった。明らかな放射線被害と言える。
当時は、冷戦構造の中で3度目の被爆を受けながらも、日本はアメリカの意向に沿う形で、この核実験被害を隠ぺい工作を行った。200万ドルの見舞金で、すべて終わりとしたのである。
日本は、正力などが平和利用として原発を推し進め、反核運動は日本共産党の社会主義国の核容認で分裂し、政権の好材料となった。
核開発技術は保有国では一段落はしたものの、途上国は核兵器の政治的有用性のため、導入する国が続いた。核保有国はIREAをつくり、保有国以外の開発を認めなかった。一定の抑止効果はあったが、持てる先進国の我儘はあからさまである。
オバマが就任早々、核兵器廃絶を表明したが、何の進展もなかった。
ノーベル平和賞を取る方便であったのではないか。
核兵器ほど政治的に利用される武器はない。それほど危険な兵器で、人類は所有してはならないものである。
歴史からビキニの被爆を葬ろうとしていた日本政府であるが、廃棄されていた第五福竜丸を見つけた人の執念で、現在は夢の島に記念館として保存されている。
ビキニ被爆の後日本は、2年後には東海村の原発計画が始まりまり、5年後の臨界へと進む。まるで、第5福龍丸の事件などなかったように、漁船の廃棄を行い原発50数基の建設へと走ることになる。ビキニデーは3度目の被爆を隠ぺいした日本政府への抗議の意味でも、忘れてはならない。
羅臼港
春誓い羅臼港