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そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

原発が危険な理由の数々

2012-07-16 | 原発と再生可能エネルギー

13日の本ブログのコメントに、酪農家かと思われる匿名の方のコメントが寄せられています。原発を止めるべきだということと、今の生活をどう担保してくれるのだという、現実的な意見はいつの世でもある一見相矛盾するジレンマです。

本来どうあるべきかという本質論と、今をどう生きていくかとする生き方の矛盾と言えるでしょう。

環境問題に取り組んでいる人々に、車で集まってくるなという意見も同様です。

原発にこれを当てはめるならば、原発依存を容認してきた我々自身も問われなければならない。

原発をなくしてどうするのだという呪縛から一旦のがれて、原発を続けてどうするのだという視点こそ、我々が経験した福島原発事故の教訓・視点です。

現実から逃避して考えるというのではなく、現実には電力が必要でしょう。しかし、電力を無駄に使うことは、原発以前のモラルとしてあるべきでしょう。

節電キャンペーンも、電力会社の事前の言い訳だと見えてくる。脅しか言い訳だと思えてくる。

それは、原発を国家権力・政治的主導で進めてくることで、本来醸成されるべきであって、様々な発電手段の芽が摘み取られてきたのだと言えます。

酪農家が免税軽油があるため、トラクターなどを無為にいつまでも動かしている姿も同じです。高価であればこんなことはしないでしょう。保護・政治主導は本来の姿を見えなくしてしまします。

小さな水力発電を考案した酪農家がいましたが、彼は河川法とか発電に関する法律でしょっぴかれました。規制や政治主導は、弱いものにあるいは必要なもの、保護されるべきものになされるべきです。

原発は果たしてこうした範疇に入る、保護される産業だったのだろうか?私は即座に否定したい。

過剰な政治主導によって、進める側も、監視しなめればならない側も、研究する側も、政策支援する政府の側も、一体化してしまった馴れ合い所帯(原子力ムラ)になってしまった。

①原発は稼働そのものが危険である。 ②稼働中に必ず事故は起きるが、極めて寛容のない取り返しのつかないものになる。 ③簡単に核兵器の転用が可能になる。 ④必ず出る放射性廃物の処理法が解決されていない。

匿名投稿の酪農家さん、それでも今日の搾乳のために、原発稼働を求めるのでしょうか?

コメント
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