蚊はデング熱やマラリアといった感染症の病原体を媒介し、間接的に人を最も多く殺しているといわれている。
こうした感染症を防ぐため、細菌に感染した蚊を使って、人への感染を防ぐ手法が国際的に注目を集める。
2024年末には世界最大の「蚊工場」が稼働予定だという。 人類と蚊の戦いの決定打になるのだろうか。
米ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団が出資するNP
Oのワールド・モスキート・プログラム(WMP)は細菌
の「ボルバキア」に感染したネッタイシマカをつくる世
界最大の工場をブラジル南部パラナ州に建築する。費用
は1900万㌦(約29億円)の見込みだ。WMPは「今後
10年間で最大7000万人を守ることができる」と試
算している。 感染症の広がる熱帯地域では殺虫剤への
耐性を持つ蚊が増えて対策に苦慮している。その切り札
と期待されるのがボルバキアだ。体長1㍃(100万分の1)
㍍前後の細菌で、自然界ではありふれており昆虫の半分
以上が感染している。複数の系統があり宿主に与える影
響が異なる。 オーストラリアのモナシュ大学などの研
究チームは11年、感染症対策にうってつけの性質を持
つボルバキアの系統を科学誌に報告した。ネッタイシマ
カが感染すると、その体内でデング熱の原因となるデン
グウイルスの増殖が抑えられた。さらに、親から子へ高
頻度で感染が引き継がれた。この研究チームを率いた同
大のスコット・オニール教授がWMPを創設した。 感
染したメスからは一定の確率で感染した蚊が生まれる。
人でもB型肝炎や梅毒のように母から子に病原体が伝わ
ることはある。 感染した蚊を野外に放てば地域にいる
蚊全体へと感染が広がり、人が刺されてもウイルスをう
つされにくくなる。WMPは感染したオス・メスの両方
や、メスだけを放出する取り組みをしている。11年の
オーストラリアを皮切りに14カ国で実施している。
新設する工場では年間約50億匹のボルバキア蚊をつく
る予定だ。対策する場所に工場で産んだ卵を運んで羽化
させる。多くの場合は4~6カ月かけて数百万匹放つ。
「新たな地域の政府などと話し合いを進めている。根拠
を示す段階から世界へ規模拡大を図る段階に来た」(オ
ニール氏)。 先行例で効果はでている。インドネシア
のジョクジャカルタ市での調査によると、ボルバキア蚊
を放った地域では、放っていない地域に比べデング熱の
発生率が77%減り、入院率は86%減った。デングウ
イルスだけでなく、チクングニヤ熱やジカ熱の原因ウイ
ルス、マラリアを起こす寄生虫などの増殖を防ぐ効果も
あるとみられている。
ただ感染症が発生しにくくなると聞いても、蚊に刺されること自体に抵抗を覚える人もいるだろう。 そこ
で蚊の数に注目した戦略をとるのがシンガポールだ。 米アルファベット子会社のベリリー・ライフサイ
エンスシズはシンガポール当局と協力し、感染したオスの蚊のみを放つ事業をしている。 2月から放出
地域を広げ、同国の全世帯の3~4割をカバーする計画だ。
感染したオスと非感染のメスが交尾すると「細胞質不和合」という現象が起きる。 詳しい仕組みは不明だ
が卵がふ化できなくなり、次世代を減らせる。 先行して実施した地域では蚊の数が約9割減り、住民が
デング熱にかかるリスクが最大約8割減った。 オスとメスの両方を放つ方式では蚊が減らないため、市
民の理解を得にくい面があった。
課題も見えてきた。 同国当局によると、同国のネッタイシマカにボルバキアを感染させても、蚊の数を減
らさないとデング熱の感染を減らす効果は弱かったという。 同じネッタイシマカでも地域差があるよう
だ。 長期的な効果の評価もこれからになる。
生態系への影響はどうか。 東京慈恵会医科大学の“嘉糖教授”は「人の生活圏にいる蚊は人の血を吸って増
える。 人と密接な関係があり生態系との関係は薄い。 数が減っても影響はほとんどないだろう」と言
う。 愛媛大学の“渡辺教授”は「ボルバキアは蚊の放出地域には外来生物になる。 ただ人の健康を守る
ことを差し置いて指摘するのはエゴでもある」と話している。
こうした感染症を防ぐため、細菌に感染した蚊を使って、人への感染を防ぐ手法が国際的に注目を集める。
2024年末には世界最大の「蚊工場」が稼働予定だという。 人類と蚊の戦いの決定打になるのだろうか。
米ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団が出資するNP
Oのワールド・モスキート・プログラム(WMP)は細菌
の「ボルバキア」に感染したネッタイシマカをつくる世
界最大の工場をブラジル南部パラナ州に建築する。費用
は1900万㌦(約29億円)の見込みだ。WMPは「今後
10年間で最大7000万人を守ることができる」と試
算している。 感染症の広がる熱帯地域では殺虫剤への
耐性を持つ蚊が増えて対策に苦慮している。その切り札
と期待されるのがボルバキアだ。体長1㍃(100万分の1)
㍍前後の細菌で、自然界ではありふれており昆虫の半分
以上が感染している。複数の系統があり宿主に与える影
響が異なる。 オーストラリアのモナシュ大学などの研
究チームは11年、感染症対策にうってつけの性質を持
つボルバキアの系統を科学誌に報告した。ネッタイシマ
カが感染すると、その体内でデング熱の原因となるデン
グウイルスの増殖が抑えられた。さらに、親から子へ高
頻度で感染が引き継がれた。この研究チームを率いた同
大のスコット・オニール教授がWMPを創設した。 感
染したメスからは一定の確率で感染した蚊が生まれる。
人でもB型肝炎や梅毒のように母から子に病原体が伝わ
ることはある。 感染した蚊を野外に放てば地域にいる
蚊全体へと感染が広がり、人が刺されてもウイルスをう
つされにくくなる。WMPは感染したオス・メスの両方
や、メスだけを放出する取り組みをしている。11年の
オーストラリアを皮切りに14カ国で実施している。
新設する工場では年間約50億匹のボルバキア蚊をつく
る予定だ。対策する場所に工場で産んだ卵を運んで羽化
させる。多くの場合は4~6カ月かけて数百万匹放つ。
「新たな地域の政府などと話し合いを進めている。根拠
を示す段階から世界へ規模拡大を図る段階に来た」(オ
ニール氏)。 先行例で効果はでている。インドネシア
のジョクジャカルタ市での調査によると、ボルバキア蚊
を放った地域では、放っていない地域に比べデング熱の
発生率が77%減り、入院率は86%減った。デングウ
イルスだけでなく、チクングニヤ熱やジカ熱の原因ウイ
ルス、マラリアを起こす寄生虫などの増殖を防ぐ効果も
あるとみられている。
ただ感染症が発生しにくくなると聞いても、蚊に刺されること自体に抵抗を覚える人もいるだろう。 そこ
で蚊の数に注目した戦略をとるのがシンガポールだ。 米アルファベット子会社のベリリー・ライフサイ
エンスシズはシンガポール当局と協力し、感染したオスの蚊のみを放つ事業をしている。 2月から放出
地域を広げ、同国の全世帯の3~4割をカバーする計画だ。
感染したオスと非感染のメスが交尾すると「細胞質不和合」という現象が起きる。 詳しい仕組みは不明だ
が卵がふ化できなくなり、次世代を減らせる。 先行して実施した地域では蚊の数が約9割減り、住民が
デング熱にかかるリスクが最大約8割減った。 オスとメスの両方を放つ方式では蚊が減らないため、市
民の理解を得にくい面があった。
課題も見えてきた。 同国当局によると、同国のネッタイシマカにボルバキアを感染させても、蚊の数を減
らさないとデング熱の感染を減らす効果は弱かったという。 同じネッタイシマカでも地域差があるよう
だ。 長期的な効果の評価もこれからになる。
生態系への影響はどうか。 東京慈恵会医科大学の“嘉糖教授”は「人の生活圏にいる蚊は人の血を吸って増
える。 人と密接な関係があり生態系との関係は薄い。 数が減っても影響はほとんどないだろう」と言
う。 愛媛大学の“渡辺教授”は「ボルバキアは蚊の放出地域には外来生物になる。 ただ人の健康を守る
ことを差し置いて指摘するのはエゴでもある」と話している。