私が生まれて最初に会った有名人は今話題の星野仙一、まさにその人である。
小さい頃、京都に住んでいた私は、日本には阪神タイガースしか存在していないと勘違いをし、ファンになり、バットのグリップエンドに「31」と油性マジックで誇らしげに書いて白球を追っていた。(マラドーナ~という山本アナの連呼によって別の世界にのめりこむのはまたあとのこと)
熱狂的な巨人ファンの父をほだして、甲子園に連れて行ってもらい、帰りに寿司を食べるという現在の生活スタイルの原型をここで完成させていた私は、あの日も甲子園で焼きそばを食べながら応援をしていた。
私が応援しにいくと大抵負けるというジンクスはその日もきっちり守り果たされていたのだが、帰ろうとすると父がスタンド上段を見上げ、「おっ、星野だ」と呟いたのだった。
その日、解説をしていた星野仙一は、当時の私の野球知識でいうと、さほど重要な人ではなかったが、プロ野球選手に会えると思うと自然に足取りも軽くなった。今では人だかりも半端ではなさそうだが、当時はほのぼのとしていて、意外にすんなりと近くに寄ることが出来た。とりあえず握手をしてもらったが、いかんせん、サインをもらうには道具が足りなすぎた。なにせ、手に持っていたのは焼きそばが乗っていた皿だけ。
「サインか?」
と聞かれたが、どうにも戸惑う。すると
「それじゃ、まずいだろう。何か別のもん持って来い」
と皿をみて微笑みながら言うのである。私は急いで背負っていたスポーツバッグをひっくり返し、何か紙はないか、と必死に探した。その間『ほしのさん、ほしのさん』と頭の中がグルグルとまわっていた。ほしのさんは他の人にサインなどをしつつずっと目の前に立っていた。
バッグには何も入っていなかった。だが、スポーツバッグの底に敷いてあるプラスチックの板があった。子供は恐れを知らずそれを差し出した。ほしのさんは今も変わらぬあの笑顔で
「これか。まあいいよ」
と笑いながら、サインをしてくれた。ペンは他の人がサインをもらうのに渡していたものだ。そしてサインをするとサッと奥へと下がっていったのだった。
燃える男、星野仙一
なんて、かっこいいのだろう。
その星野が、巨人の監督になるという話が出た。私はその話を受けたとしても同情的だった。何故なら、一瞬、燃えただろうからである。そこに燃えないの星野は星野仙一ではないからである。
果たして、今「対巨人」がそんなに燃える材料なのか。星野にとっては野球界の「脱巨人」こそがもっとも燃える動機付けなのかもしれない。コミッショナーを目指す? 策士? 大いに結構。ホリエモンじゃないんだ。話題と勢い、はたまた名声のためだけに動く人間とは違うのだ。
星野は阪神ファンも中日ファンも裏切らない(というか裏切るという表現は中日ファンしか使えない)。お座なりな野球の構造改革に燃える、男・星野仙一である。
だが、残留したので乾杯(笑)
小さい頃、京都に住んでいた私は、日本には阪神タイガースしか存在していないと勘違いをし、ファンになり、バットのグリップエンドに「31」と油性マジックで誇らしげに書いて白球を追っていた。(マラドーナ~という山本アナの連呼によって別の世界にのめりこむのはまたあとのこと)
熱狂的な巨人ファンの父をほだして、甲子園に連れて行ってもらい、帰りに寿司を食べるという現在の生活スタイルの原型をここで完成させていた私は、あの日も甲子園で焼きそばを食べながら応援をしていた。
私が応援しにいくと大抵負けるというジンクスはその日もきっちり守り果たされていたのだが、帰ろうとすると父がスタンド上段を見上げ、「おっ、星野だ」と呟いたのだった。
その日、解説をしていた星野仙一は、当時の私の野球知識でいうと、さほど重要な人ではなかったが、プロ野球選手に会えると思うと自然に足取りも軽くなった。今では人だかりも半端ではなさそうだが、当時はほのぼのとしていて、意外にすんなりと近くに寄ることが出来た。とりあえず握手をしてもらったが、いかんせん、サインをもらうには道具が足りなすぎた。なにせ、手に持っていたのは焼きそばが乗っていた皿だけ。
「サインか?」
と聞かれたが、どうにも戸惑う。すると
「それじゃ、まずいだろう。何か別のもん持って来い」
と皿をみて微笑みながら言うのである。私は急いで背負っていたスポーツバッグをひっくり返し、何か紙はないか、と必死に探した。その間『ほしのさん、ほしのさん』と頭の中がグルグルとまわっていた。ほしのさんは他の人にサインなどをしつつずっと目の前に立っていた。
バッグには何も入っていなかった。だが、スポーツバッグの底に敷いてあるプラスチックの板があった。子供は恐れを知らずそれを差し出した。ほしのさんは今も変わらぬあの笑顔で
「これか。まあいいよ」
と笑いながら、サインをしてくれた。ペンは他の人がサインをもらうのに渡していたものだ。そしてサインをするとサッと奥へと下がっていったのだった。
燃える男、星野仙一
なんて、かっこいいのだろう。
その星野が、巨人の監督になるという話が出た。私はその話を受けたとしても同情的だった。何故なら、一瞬、燃えただろうからである。そこに燃えないの星野は星野仙一ではないからである。
果たして、今「対巨人」がそんなに燃える材料なのか。星野にとっては野球界の「脱巨人」こそがもっとも燃える動機付けなのかもしれない。コミッショナーを目指す? 策士? 大いに結構。ホリエモンじゃないんだ。話題と勢い、はたまた名声のためだけに動く人間とは違うのだ。
星野は阪神ファンも中日ファンも裏切らない(というか裏切るという表現は中日ファンしか使えない)。お座なりな野球の構造改革に燃える、男・星野仙一である。
だが、残留したので乾杯(笑)