土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

僧侶といえども生身の人間、安楽さん、住蓮さんはお気の毒。そんな法然院を訪ねました。

2011年09月27日 | 京都の古寺巡り


(2011.09.24訪問)

京都は快晴でした。この日は、何を思ったか法然さんの旧跡を訪ねようと、蹴上か
ら南禅寺をスルー、哲学の道を北行、先ず法然院へ。そして黒谷の金戒光明寺を訪
ねました。大阪を出たのが午後からでしたので、さてスケジュール消化は?

▼白川疎水の鯉。
来月の受注何とかならんかと、あれこれ思い巡らしながら哲学の道を歩いています
と、小橋小橋でカメラおじさんたちが川中を狙っています。
よく肥えた大きい<あらい>が悠然と泳いでいます。うまそ~。



  鯉のあらいレシピ
  1.包丁の背で頭を叩いて気絶させ内臓を抜く。
  2.三枚におろし、皮をひき、身を薄く削ぎ切りにする。
  3.身を氷の上に盛り付けます。
  4.酢みそでいただく。

こんなバチアタリを云ってる場合ではありません。これからお寺を訪ねるんですよ、
法然院へ急ぎましょう。

[ 法然院 ]
●山号 善気山(ぜんきさん)
●院号 法然院(ほうねんいん)
●寺号 萬無教寺(ばんぶきょうじ)
●宗派 浄土宗単立寺院
●開基 法然上人
●創建 鎌倉初期
●中興 萬無上人、忍澂上人
●本尊 阿弥陀如来坐像

法然院縁起(法然院HPから)
鎌倉時代の初め、専修念佛の元祖法然房源空上人は、鹿ヶ谷の草庵で弟子の安楽・
住蓮とともに、念佛三昧の別行を修し、六時礼讃を唱えられた。1206年(建永元)
12月、後鳥羽上皇の熊野臨幸の留守中に、院の女房松虫・鈴虫が安楽・住蓮を慕
って出家し上皇の逆鱗に触れるという事件が生じ、法然上人は讃岐国へ流罪、安
楽・住蓮は死罪となり、その後草庵は久しく荒廃することとなった。江戸時代初
期の1680年(延宝8)、知恩院第三十八世萬無和尚は、元祖法然上人ゆかりの地に
念佛道場を建立することを発願し、弟子の忍澂和尚によって、現在の伽藍の基礎
が築かれた。

▼参道入り口に、円光大師御旧跡(法然上人)の石標。



▼参道入り口。
和装のおねえさんお二人が下りてきました、何をお願いしたんでしょうか。



▼石段上部に黒門風の門が、ここから左に曲がります。



▼山門が見えてきました。



▼山門。
春夏秋冬、常に絵になる茅葺き屋根、苔が美しく光ります。



▼白砂壇(びゃくさだん)。
山門を入ると、両側に壇状の盛り砂。水を表わす砂壇の間を通ることは、心身を
清めて浄域に入ることを意味しているとか。



▼蹲の水落ち。
木の葉に小石を置き水を落とす、何ともオシャレな感じ。



▼複雑な木。
どれが幹やら枝やら、相当悩み深き性格の木なんですね。



▼も一度、山門。



以上、非常にモノタリナイ法然院訪問で、法然さんのほの字も感じることは叶い
ませんでした。 以下言い訳!

拝観について(法然院HPから)
行事のないかぎり、本堂前までの参道を開放いたしております。
本堂への入堂はご遠慮いただいておりますので縁側からのご参拝となりますが、
本尊阿弥陀如来像にはおまいりいただけます。(この日、本堂は閉まっていました)
方丈庭園や方丈の襖絵、中庭の三銘椿等のご拝観は、
4月1日7日と11月1日7日の伽藍内特別公開の期間のみとなります。ご了承下さい。

そういう事情なので法然院 オ シ マ イ