土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

浅草寺、お寺を訪ねたはずなんですが。

2013年10月22日 | 江戸の古寺巡り


(2013.10.14訪問)

鎌倉から江戸へ向かいます。
とりあえず、浅草へお蕎麦を食べに行きました。
「なにこの真っ黒けのお出汁」「カラ~」「おそば黒すぎない」「おそばバラバラやん」
「このエビ天、大と違うやろ」「大阪でこんなん出したら袋だたきに遭うで」とか何とか悪口言いたい放題、
もちろん小さい声で。
ボクたちは一体どんな店に入ったんでしょうネ。江戸のお蕎麦ってみんなこんなん?

お口直しで、浅草の観音さんへ。二人とも浅草は初めて、浅草寺ってどんなんかな~。



▼雷門ってどんなんかなと思ってました。こんなんでした。



門の前で皆さんナニやってんでしょうね。
雷門と書かれた大提灯、現在門の改修工事中につき実物ではなく写真がぶら下がってます。


[ 浅草寺 ]
●山号 金龍山 (きんりゅうざん)
●寺号 浅草寺(せんそうじ)通称 浅草観音
●宗派 聖観音宗総本山
●開創 推古天皇三十六年(628年)
●開山 勝海上人(しょうかいしょうにん)
●中興 慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)
●本尊 聖観世音菩薩
▲東京都台東区浅草2-3-1 電話03-3842-0181
▲HP http://www.senso-ji.jp/
▲拝観料 境内無料 御朱印300円

浅草寺縁起 (浅草寺HPから抄出)
飛鳥時代、檜前浜成、竹成の兄弟が江戸浦で漁撈中、一躰の観音さまのご尊像を感得。郷司土師中知はこれ
を拝し、聖観世音菩薩さまと知り帰依、その後出家し、自宅を寺となし、礼拝供養に生涯を捧げた。
大化元年(645年) 勝海上人がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊を秘仏と定め、以
来今日までこの伝法の掟は厳守されている。入江の一漁村にすぎなかった浅草は参拝の信徒が増すにつれ発
展、平安初期、慈覚大師円仁さまが来山、お前立のご本尊を謹刻された。鎌倉時代に将軍の帰依を受けた浅
草寺は、次第に外護者として有名な武将らの信仰を集め、伽藍荘厳はいよいよ増した。江戸時代の初め、幕
府の祈願所と定められてからは、堂塔の威容さらに整い、いわゆる江戸文化の中心として、大きく繁栄した
のである。かくして都内最古の寺院である浅草寺は、浅草観音の名称で全国の人達に親しまれ、民衆信仰の
中心地となっている。


▼仲店ってどんなんかなと思ってました。こんなんでした。





▼仁王門ってどんなんかなと思ってました。こんなんでした。









▼本堂ってどんなんかなと思ってました。こんなんでした。





▼本堂。入堂するのに一苦労でした。





▼本堂内陣奥深くにご本尊がいらっしゃるはずです。





▼本堂外陣の天井画を見てホッとしました。前天人之図は堂本印象さん、奥龍之図は川端竜子さんの画です。





▼さすがに近くに見えますワ。





▼五重塔ってどんなんかなと思ってました。こんなんでした。





▼御朱印です。





境内は相当広いようなんですが、ほとんど回っていません。その代り目が回りました。
早々に東京駅に戻ったのは云うまでもありません。




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