土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

一言寺、本名金剛王院、醍醐寺の塔頭です。

2013年09月17日 | 京都の古寺巡り



(2013.09.14訪問)

台風18号の猛威まざまざと見せつけられた昨日、度々訪ねている所が大きな被害、嵐山渡月橋の映像には驚
きました。全国の被害地と被災された皆様には、お見舞いと一日も早い復興をお祈りいたします。

例によりもう一つはっきりしない週末天気の中、醍醐の「いちごんさん」を訪ねました。
葛城の一言主の神も「いちごんさん」と親しまれ、ここ京醍醐の金剛王院も「いちごんさん」と親しまれて
いる観音さんがいます。ニュアンス差はあるかも知れませんが、一言で願いを聞いてもらえる有難い存在が
地元では人気があるのでしょう。

▼参道石段。




[ 金剛王院 ]
●寺号 金剛王院(こんごうおういん)通称一言寺(いちごんじ)
●宗派 真言宗醍醐寺派
●開創 12世紀
●開山 阿波内侍(あわのないじ)
●本尊 千手観音菩薩像
▲京都市伏見区醍醐一言寺裏町21 TEL075-571-0011
▲拝観料 境内自由
▲地下鉄東西線醍醐駅または石田駅下車徒歩約15分
 京阪バス六地蔵から一言寺下車徒歩約5分
 
一言寺縁起
一言寺は本来金剛王院とは別寺院で、高倉天皇中宮の建礼門院徳子に仕えた侍女阿波内侍が、出家し真阿と
名乗り、清水観音の霊告で創建したと寺伝は伝えます。金剛王院創建は平安後期。醍醐寺座主聖賢が、醍醐
寺の塔頭として創建しました。一言寺は明治初期廃寺となりましたが、この地に醍醐寺山内より金剛王院が
移転して再興され、一言寺の名を残したまま金剛王院となって、現在に至ります。


▼旧奈良街道沿いに建つ道標。ここから参道に。





▼すぐに山門が見えてきます。





▼山門両脇に立派な石灯籠がドンと控えています。





▼灯籠横に阿波内侍念持仏一言寺観世音の石碑が。





▼山門石段です。





▼山門です。





▼鐘楼です。





▼手水舎です。





▼地蔵堂です。





▼地蔵堂前にびんずるさんが。





▼放生池の畔に弁財天堂。





▼実を付け出した境内の百日紅。そうそう、このお寺は隠れた紫陽花の名所らしいですヨ。





▼妙見さんの小さな祠が地蔵堂の裏手に、前には妙見宮宝前と刻された碑が建てられています。





▼この鬱蒼樹はヤマモモの樹なんです。樹高9.2m、周囲3.18m、樹冠約10m、樹齢約400年。京都市指定
天然記念物。





▼幹はこんなんです。完全に内部は空洞、しかし枝の張り、樹勢の豪快なこと、凄い生命力ですネ。





▼本堂。桁行三間、梁間四間、入母屋造、本瓦葺、一間向拝付。文化七年 (1810年) 再建。
内陣後ろに土蔵造りの奥内陣が設えられた珍しい構造、本尊千手観音像はこの中に安置されています。





▼本堂広縁。観世音と書かれた扁額が正面に。





▼長押左に掛かる「ただたのめ 仏にうそはなきものぞ 二言と言わぬ 一言寺なり」の御詠歌奉納額。
ただ一心に祈ると願いが叶うとされ、一言寺の名の由来になっているそうです。



奉納額はネットからお借りしました。



▼本堂内陣。一言寺観世音菩薩と書かれた提灯で荘厳されています。奥の白壁が奥内陣、本尊が祀られてい
ますが、秘仏でお目にかかる事は出来ません。角格子からのぞいて堂内を撮らせていただきました。









▼本堂角柱と軒の木組みには、阿吽の木鼻が、正面に向かって獅子、外に向かって象が彫刻されています。









▼本堂と庫裏を繋ぐ渡り廊下。





▼本堂裏の竹林。





▼境内を囲むように散策路がある竹林が広がっています。未整備の部分が残っていますが、ライトアップで
もされると、嵯峨野竹林とええ勝負が出来そう。





▼竹の葉絨毯を踏むサクサク音は心地いいですよ。





▼竹林。









庫裏の呼び鈴を押せども押せども返事無し、どうもお寺の方ご不在のようで結局本堂拝観不成功、御朱印も
頂けませんでした。阿波内侍の開山と寺伝にはあるらしいですが、境内を巡る限りそれらしきものは発見出
来ません。
今日は思いつき訪問、やはり前もって連絡する、反省です。




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浄住寺、街なか異界に吸い込まれました。

2013年09月13日 | 京都の古寺巡り


(2013.09.07訪問)

地蔵院から地蔵院岐れの道標まで戻り、そのまま住宅街を南に行くと間もなく浄住寺です。
住宅街の中にお寺は在るんですが、一歩参道に入ると別世界に飛び込んだよう。シトシトと来ている中でひ
とっ子一人いない山門の中を恐る恐る覗くと一本道が異界へおいでおいでと呼んでいるようで、思わず吸い
込まれてゆきました。

▼参道。この前は生活道路、道を挟んで住宅街です。





[ 浄住寺 ]
●山号 葉室山(はむろざん)
●寺号 浄住寺(じょうじゅうじ)
●宗派 黄檗宗
●勅願 嵯峨天皇(さがてんのう)
●開創 弘仁元年(810年)
●開山 慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)
●中興 葉室定嗣 (はむろさだつぐ)
●開山 興正菩薩叡尊 (こうしょうぼさつえいそん)
●本尊 釈迦牟尼仏坐像
▲京都市西京区山田開町9 TEL075-381-3417
▲拝観料 境内自由だと思います
▲阪急電車嵐山線上桂駅下車徒歩15分
 嵐山から京都バス苔寺下車徒歩約10分

浄住寺縁起 (浄住寺案内板から抄出)
弘仁年間嵯峨天皇勅願寺として慈覚大師円仁の開山で常住寺として建てられ、その後、葉室定嗣が西大寺の
叡尊を招き中興、永仁六年 (1298年) 将軍家祈願所となり、塔頭四十九を誇る大寺となも重なる戦火で衰退。
元禄二年 (1689年) 黄檗山万福寺の鉄牛道機が復興、現在に至っている。


▼寺標。いきなりボケボケ、字読めます?





▼石柱を白壁と繋ぐシンプルな山門。





▼そう長くない参道の先に本堂が見えます。樹叢鬱蒼で錦秋にはさぞやの感ありそう。





▼枯淡が滲み出る味のある石段じゃありませんか。濡れているのでソロリソロリ。





▼石段の上、本堂です。





▼本堂扁額。





▼本堂本尊釈迦牟尼仏坐像です。



堂内は豪快な黄檗堂宇とは違い、中国風雰囲気はありますが、簡素な造りで中央に須弥壇、左右は坐禅道場
を兼ねているようです。


▼本堂。寺院屋根には珍しい切妻造、本瓦葺、桁行七間の簡素なお堂です。





▼境内にこんな竹が。亀甲竹といい孟宗竹の変異種だそうで、観賞用や工芸品に珍重されるらしく京都は結
構な産地らしいですよ。





▼境内。誰もいません、ゾクゾクしてます。





▼方丈玄関の扁額。山号が記されています。





▼玄関先に吊られている版木巡照板。



曰く、修行者に申す。生死は事大にして、時過ぐるは速し、各々自覚して無駄に時を過ごさぬように。
と書かれているそうです。


▼境内。





▼方丈と本堂を繋ぐ渡り廊下。





▼渡り廊下の菱格子から覗いてみました。苑池庭園が見えます。右堂宇は方丈。





▼方丈庭園。菱格子にレンズが入りませんのでこの視角。





▼本堂横の奥まったところに祠。鎮守社でしょうか。





▼観音堂。京都洛西観音霊場第三十番札所らしいですが、相当傷んでいるようで、堂内を覗くと物置状態に
見えました。





▼中興鉄牛道機禅師の遺偈。裏面に禅師三百九回遠忌に建立と刻まれています。




寺務所に声を掛けましたが応答なし、庫裡や方丈、お庭の拝観は出来ませんでした。相当不用心なお寺で、
本堂は開けっ放しのまま、悪さでもされたらどうするんでしょう。チョットご近所へお使いにでも行かはっ
たんやろか。


▼フロク
今日の渡月橋第二弾。 
対岸からの渡月橋。こんなに雲が降りているのは初めて見ました。





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地蔵院、秋霖と云えば聞こえはいいのですが、竹のお寺は糠雨でした。

2013年09月10日 | 京都の古寺巡り


(2013.09.07訪問)

阪急電車での京都行きは初めてです。梅田から京都線桂で嵐山線に乗り換え、上桂で降ります。
ここんところ週末は雨にたたられ、今日も嫌な予感がズバリ、案の定お寺に着いた途端降り出しました。
陽光の揺れるこぼれ陽と竹葉の囁き合う音、緑グラデーションの混じり合う変化、そんな竹林を想像して来
ただけに、嗚呼無念! 下手な写真の言い訳を先に書いときますワ。


▼竹林。竹の寺と親しまれているだけに、さすが見事な竹林が本堂参道の両サイドに続きます。
が、嗚呼無念!




[ 地蔵院 ]
●山号 衣笠山(きぬがさやま)
●寺号 地蔵院(じぞういん)通称 竹の寺
●宗派 臨済宗単立
●開創 南朝正平二十二年・北朝貞治六年(1367年)
●開基 細川頼之(室町幕府管領)
●創建 宗鏡禅師 (そうきょうぜんじ)
●開山 夢窓国師 (むそうこくし)
●本尊 地蔵菩薩立像
▲ 京都市西京区山田北ノ町23 TEL075-381-3417
▲拝観料 400円 御朱印 300円
▲阪急電車嵐山線上桂駅下車徒歩15分
 嵐山から京都バス苔寺下車徒歩約3分


地蔵院縁起 (地蔵院パンフから抄出)
もと衣笠内大臣藤原家良の山荘を貞治六年(1367年)、官領細川頼之が、宗鏡禅師を招請し、伽藍建立当寺を
建設した。宗鏡は夢窓国師を開山に仰ぎ、自らは第二世となった。 以後北朝系の三天皇御願寺に任じられ一
大禅刹となるも、応仁の乱により諸堂悉く灰燼。
その後、皇室の深恩と細川家の援助などにより宝永元年(1704年)に、第十四世古霊和尚によって寺観が整え
られた。現在の本堂(地蔵堂)は昭和十年(1935年)に再建。堂内には、夢窓国師、宗鏡禅師、細川頼之の木像
を安置している。


▼ 地蔵院岐れの道標。





▼参道。JR東海、そうだ京都行こう2013初夏キャンペーンはここ地蔵院、このカットから始まってましたネ。





▼境内イラスト案内板。





▼簡素な山門ですが山内の竹林が早くおいでと誘ってくれてます。





▼竹林。





▼振り返ってみる山門と青もみじ。





▼本堂が見えてまいりました。





▼本堂。四方三間の宝形造。





▼本堂扁額。地蔵院と半彫りされています。





▼堂内須弥壇のご本尊、地蔵菩薩立像ですが残念ながらお顔を拝せません。





▼須弥壇横の吊り灯籠。





▼本堂横に鎮守社、石の上に小さなお社、開福稲荷大明神。





▼方丈への参道。





▼方丈庭園への中門。





▼中門から内庭。ここから内部は撮影禁止。名高い十六羅漢庭園も方丈に坐り鑑賞のみ。



方丈の間には、細川元首相の水墨襖絵が飾られています。



▼本堂前に広がる苔庭。





▼境内の南隅に細川頼之と宗鏡禅師の墓所があります。





▼細川頼之墓。巨木に食い込むように、自然石を積み上げただけの墓石、刻字も何もありません。





▼宗鏡禅師墓。このお墓も自然石そのまま、刻字はありません。





▼参道から少し入った所に細川頼之顕彰碑が建てられています。





▼竹林をもうワンカット。





▼御朱印です。



決して広くない境内に、方丈、庫裡を除いて堂宇は本堂のみ。現在庫裡を修復中で覆いがかかりしかもこの
お天気、拝観はボク一人、方丈庭園の十六羅漢の庭は独り占め、小雨の庭園美を堪能させていただきました。


フロク
今日の渡月橋、嵐山は変なお天気にも関わらず、相変わらず多くの観光客で一杯です。





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ダルマ寺、達磨大師がダルマさんになったお寺。本名法輪寺。

2013年09月02日 | 京都の古寺巡り


(2013.08.31訪問)

ダルマさんオンパレードのお寺、だるま寺法輪寺を訪ねました。
色んなダルマさんがいます。苦にもメゲズ、楽にもおごらない、倒れても転んだ力の大きさで起き上がる、
起き上がりダルマの本質を訴える禅精神がこのお寺にはありそうです。人生七転び八起き!

▼ダルマさん。




[ 法輪寺]
●山号 大宝山(だいほうざん)
●寺号 法輪寺(ほうりんじ)通称 だるま寺
●宗派 臨済宗妙心寺派
●開創 享保十三年(1718年)
●創建 万海慈源和尚 (ばんかいじげんおしょう)
●開山 大愚宗築禅師 (だいぐそうちくぜんじ)
●中興 第十代伊山和尚 昭和八年、起き上がり小法師をもって禅の大衆化を図った
●本尊 釈迦三尊
▲ 京都市上京区下ノ下立売通天神通西入る行衛町 電話075-841-7878
▲拝観料 300円 御朱印 300円
▲JR円町駅、市バス円町下車、円町交差点を北へ、一つ目の信号を東へ入る徒歩約5分
 嵐電北野線北野白梅町から西大路通南へ、 四つ目の信号東へ入る徒歩約15分

だるま寺法輪寺縁起 (法輪寺パンフから抄出)
享保十三年(1718年)大愚宗築禅師を開山とし、荒木光品宗禎居士が開基となり、万海慈源和尚が創建したも
のである。創建には十年の歳月を要し開基の荒木氏は両替商で、武家の開基になる寺院が多い妙心寺にあっ
ては異色の禅刹である。
爾来昭和八年第十代伊山和尚が起き上がり達磨禅を鼓吹、禅の大衆化、生活化を図り今日に至る。


▼寺標。




▼山門。




▼参道。




▼これが噂の起き上がり達磨堂。




▼全国から奉納された大勢のダルマさんで身動きとれません。




▼須弥壇中央のダルマさんが三国一の起き上がりダルマさん、脇左右のダルマさんは相当大きい立像です。




▼ダルマさんの天井画です。




▼十二支ダルマさん。台座の周りに十二支の石像が囲んでいます。
下の台座はペットの納骨所になっているそうです。




▼鐘楼。




▼梵鐘鐘木。鐘木のいわれが書かれています。




▼衆聖堂。三間四方の宝形造。本瓦葺。




▼衆聖堂扁額。




▼衆聖堂堂内の一角。初層は講堂的役割のお堂でしょうか。




▼髭のないダルマさんは珍しいのでは。




▼墨跡豪快、絵も字も。大迫力の屏風水墨です。




▼衆聖堂上層は、釈迦涅槃像が祀られ、映画人六百有余の御霊を祀っているキネマ殿。




▼境内のダルマさん。








▼本堂。単層、桁行五間、梁間四間、入母屋造、本瓦葺。享保十三年(1718年)建造。




▼本堂扁額。転法輪と揮毫されています。




▼本堂仏殿。本尊釈迦三尊。




▼本堂外縁。




▼蹲。いわくありげな大小石柱が囲んでいます。




▼軒には鉄製透かし吊り灯籠が。素晴らしい! 夜の灯りを見てみたいものです。




▼勿論ここにもダルマさん。本堂大屋根の鬼瓦。




▼庫裏です。山門入ったスグ右に在ります。




▼庫裏入り口三和土に判じもん、○△□衝立。大乗の根本思想を表現しているとか。



仙?義梵(せんがい ぎぼん)和尚が初書。江戸時代の臨済宗古月派の禅僧、
禅味溢れる絵画で知られ多くの洒脱、飄逸な禅画を残した一休さんみたいな人だったらしいです。


▼お庭に芙蓉が咲き始めています。




▼庭園門。




▼本堂前庭。禅の悟りの段階を示す枯山水庭園「十牛の庭」ドドッとお見せします。
























▼このワシから一言「人生七転八起」だよ。




▼御朱印です。




面壁九年禅宗初祖、達磨大師から禅の真髄が伝わりざっと千五百年、我が国でも幾多の名僧を配しながら臨
済、曹洞禅が今日まで連綿と禅哲学を伝えています。坐禅とは、禅の真髄とは、誰のための禅か、ボクたち
はサッパリ理解出来ませんが、この法輪寺の起き上がり達磨運動は、非常にシンプル、誰もが理解出来る、
取っ付きやすい禅普及の一方法ではないでしょうか。
人生七転八起! これですわ。

フロク
▼ここは西大路通妙心寺道から一本南の交差点、ここを東に三分。






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