土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

〆はヤッパリ東大寺。

2013年12月31日 | 奈良の古寺巡り



(2013.12.30訪問)


▼威風堂々。





▼登大路。テールランプの赤い光もまだ見えません。





▼芝生が白っぽいですね、霜です。





▼南大門参道入り口にやってきました。初詣の準備も万端のようで。





▼南大門。今朝はシカクンの姿が見当たりません。





▼中門へ向かいましょう。





▼鏡池に氷です。





▼陽が当たりだした中門。





▼威風堂々第2弾。





▼国宝に光が。





▼威風堂々第3弾。





▼中門を差す朝の光。





▼奈良太郎が除夜を待ってます。





▼俊乗堂。東大寺の大恩人をお祀りしてます。





▼東の高台にやってまいりました。法華堂です。





▼春告げ行事、火の祭典もう少しです。





▼春告げ行事一方の主役でもあります。閼伽井屋(若狭井)若狭からここまで繋がってるんですよ。





▼不動堂。恥ずかしながら、このお堂知りませんでした。





▼四月堂。





▼裏参道から戻りましょう。大湯屋です。刈り取られた稲がまだありました。





▼指図堂。法然さんをお祀りしています。





▼戒壇堂。初めて外から撮ってみました。





▼千手堂。ここのご本尊は見事ですよ。年一回特別開扉があります、そのとき是非どうぞ。



今年はこれにてオシマイ。ありがとうございました。


▼来年こそ輝けるいい年に!




今年も多くの皆様にお付き合い戴きお礼申し上げます。ありがとうございました。
それではまた明年!!


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OSAKA光のルネサンス2013

2013年12月26日 | 


(2013.12.25訪問)

[OSAKA光のルネサンス2013] が今日でオシマイとのことで、中之島へ行ってみました。
なんと云うことでしょう、なんと云う人の群れでしょう。前へ進めません、まだ6時過ぎですよ!



▼光のフェスティバルパーク
 早い話が今はやりの3Dマッピング。中央公会堂に向けてストーリー仕立ての作品をやってます。
























▼これは生の公会堂






▼中之島ローズライトパーク
 中之島バラ園がバラモチーフの光で彩られています。




































▼中之島イルミネーションストリート
 市役所横のケヤキ並木が光のアーケードになってます。






▼市役所ではこんなことをやってました。
 庁舎正面の窓に大阪の伝統文化をモチーフにした光と影のアートを展開。





オールピンボケ写真、手持ちの限界。は、イ イ ワ ケ 。
あ~ハズカシイなぁ~。 夜景はムツカシイなぁ~。




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養源院は、あの茶々さん開基のお寺です。

2013年12月23日 | 京都の古寺巡り


(2013.12.21訪問)


今日は太閤さん関わりの寺社巡りをしようと京都にやってきました。養源院から豊国神社、方広寺、そして
〆にねねさんの圓徳院をというコースです。七条駅では雲間に青空、十分後養源院で小雨、豊国神社に向か
う途中いきなり本降り、見上げると四方黒雲、こりゃいけません、足は京阪七条駅へ。
京にいた時間一時間弱!

浅井三姉妹の長女と三女、その生涯は天地の差。そしてその母君お市さんの波乱の人生、華やかな中に秘め
た悲しい物語は皆さんもよくご存知のこと。長政長女茶々さんが父と母鎮魂の為に立てた養源院を、将軍正
室の三女お江さんが、再興した心のよすが、織田から豊臣へ、そしてドサクサに紛れて天下を奪取したタヌ
キ一族、往時の男社会の殺し合いをお江さんはどう見ていたんでしょう。今このお寺には茶々さんやお江さ
んの片鱗すら感じることはありません。
唯残るは墓標のみ。 


▼ 養源院玄関。手前は枝垂の枝桜、春は相当美観らしいです。





[ 養源院 ]
●山号 南叡山(なんえいざん)
●寺号 養源院(ようげんいん)
●開山 成伯法印(せいはくほういん)浅井長政の従弟
●開基 茶々(ちゃちゃ)豊臣秀吉側淀君(よどぎみ)
●開創 文禄三年(1594年)
●再興 お江(崇源院)浅井長政三女、徳川二代将軍秀忠正室
●宗派 天台宗系 真宗遣迎院派
●本尊 阿弥陀如来立像
▲京都市東山区三十三間堂廻り町656 TEL.075-561-3887
▲拝観料 500円 御朱印300円
▲拝観時間 午前九時?午後四時
▲京阪電車 七条下車 徒歩約10分
 市バス 三十三間堂前下車 徒歩約5分
 市バス 東山七条下車 徒歩3分 

養源院縁起 (養源院由緒書から抄出)
文禄三年(1594年)浅井長政の長女茶々が、父浅井長政追善ため、二十一回忌に豊臣秀吉に願って創建し
た寺院で長政の従兄弟で叡山の僧成伯法印を開山とし、長政の院号を以て寺号「養源院」とした。
その後落雷火災で寺院は焼失。元和七年(1621年)二代将軍徳川秀忠の正室となった三女お江によって再
興されました。現在の本堂は伏見城の遺構を用いて、お江によって再建されたものです。


▼山門。参道両側には散り紅葉の帯が見えますネ。





▼境内参道。寒空に雨がポツリポツリ、枝離れをしない赤い葉が健気に頑張っています。





▼参道脇の石碑を取り巻いて白い山茶花が……。





▼手水舎。





▼右は井戸ですが使われている様子はありません。





▼鐘楼。





▼その証拠に梵鐘はちゃんと架かってます。





▼白鷹龍神と樹齢四百年のヤマモモの巨樹。





▼玄関、拝観はここから。





▼本堂。全景が撮れませんが、お江さんが再興した唯一のお堂です。





▼本堂南面障子戸。





本堂内にはあの建仁寺風神雷神図の宗達の襖絵、杉戸絵を見る事が出来ます。
▼俵屋宗達の杉戸絵「白象図」 (養源院絵はがきから)



本堂には琳派の俵屋宗達の襖絵十二面、杉戸八面があり、伏見城で自刃した鳥居元忠らの霊を慰めるために
描いたものともいい「麒麟図」「唐獅子図」「白象図」が描かれています。

宗達さんは相当高度な技量の持ち主ですね、テクニックをユーモアという衣に包み、思い切ったデフォルメ
で対象を表現、見る人の喜色驚色を想定して描いた如くの凄い腕前だと思いません?
後の酒井抱一さんなどはとことん模写し自身の表現お手本にしたらしいですヨ。


▼俵屋宗達の襖絵「松図」 (養源院絵はがきから)



本堂中央松の間の「松図」は、金地に松の大木の太い枝とそれを支える岩が襖全体に描かれています。



▼護摩堂。





▼お江さんの墓標。この一角だけ華やかさが残っています。





▼浅井三姉妹の母君、お市の方の供養塔。





▼山門を入るとスグ右にある弁財天女堂。境内には、小さなお社と鳥居が点在しています。





▼近隣から掘り出され供養されているのでしょうか、境内南端に石仏の数々。





▼毘沙門堂。





▼表門付近には難転 (南天)がたわわです。





▼表門からの本来の参道でしょう、散り紅葉が敷かれた向こうに勅使門、開かず門です。





▼山門北側に表門、開かず門です。





▼すっかり冬景色のこのお寺の中で、ここだけ秋が……。





▼読めませんけど、御朱印です。お江さん墓の敷き紅葉で。




決して広くない境内に残っている堂宇は、本堂と護摩堂だけ。本堂内部も写真お断りでお見せ出来ませんし、
茶々さんやお江さん名残はありません。ただその雰囲気は柱や壁面の古色、俵屋宗達の襖絵、杉戸絵、本堂
外陣廊下の鶯張り、血天井と云われる天井血痕などで僅かに偲びましょう。
お寺の昔お嬢さんの丁寧なガイドには聞き惚れますヨ。
残念ながら、今日はここでオシマイ。




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芬陀院、雪舟さん作庭のお庭が名高いですね。

2013年12月19日 | 京都の古寺巡り


(2013.12.15訪問)

続いて光明院から約五分ほど、本山六波羅門を左へ、南北参道日下門を左へスグのところ東福寺塔頭の一つ、
芬陀院を訪ねます。芬陀院と云うより雪舟寺のほうが通りがいいようですね。山水水墨画の名人、あの雪舟
さん作庭のお庭、雪舟庭園を訪ねる事にしましょう。 


▼参道脇の惜秋を憂れえるごとしの名残のもみじ。うしろの土塀の色との素晴らしいマッチング、実に美し
 い光景でした。




[ 芬陀院 ]
●寺号 芬陀院(ふんだいん)東福寺塔頭 通称 雪舟寺
●開山 定山祖禅(じょうざんそぜん)
●開基 関白一条内経(いちじょううちつね)
●開創 元亨(げんこう)年間(1321~24年)
●宗派 臨済宗東福寺派
●本尊 阿弥陀如来像
▲京都市東山区本町15丁目803 TEL.075-541-1761
▲拝観料 300円 御朱印300円
▲拝観時間 午前九時~午後五時
▲JR/京阪電車 東福寺下車 徒歩約12分
 市バス/京阪バス 東福寺下車 徒歩約8分 

芬陀院縁起 (芬陀院パンフレットから抄出)
創建は鎌倉後期、後醍醐天皇の元亨年間。関白一条内経が、東福寺開山聖一国師の法孫、定山祖禅和尚を開
山として創建。以来、一条家の菩提寺として今日に至る。二度にわたり堂宇を焼失するが、桃園天皇の皇后
恭礼門院より賜った御所旧殿を移築、唐門も同様。現堂宇は明治三十二年昭憲皇太后から内帑金より改築し
たものである。


▼山門。





▼境内参道。





▼大玄関と唐門。





▼方丈。各お部屋には、趣向の違う水墨襖絵が。





▼方丈仏間。ご本尊は阿弥陀如来像。





▼石川丈山の書。詩仙堂の丈山さんです。





▼方丈の障子越しの南庭、鶴亀の庭の亀島。





▼雪舟庭園、鶴亀の庭の右亀島、左鶴島。



(芬陀院パンフレットから抄出)
様式は禅院式枯山水、寛正、応仁期(1460~68年)の作庭。南庭は「鶴亀の庭」と呼ばれ水墨画家で禅僧
の雪舟(1420~1506年)の作庭。雪舟の本山来山のおり、当時の大檀徒、一条兼良の依頼により雪舟が作
庭した。向かって左の鶴島は折り鶴を、右の亀島は亀の姿を表しています。昭和十四年、重森三玲さんによ
り復元。










▼白山茶花の樹。





▼鶴亀の庭から左に目をやると、丸や角の大刈り込み。





▼東庭。昭和十四年、重森三玲さんの作庭。





▼茶席図南亭(となんてい)茶道に造詣の深かった一条恵観の三百年忌に再建された茶室。





▼図南亭の丸窓越しの東庭。





▼恵観さんの木像が安置されています。





▼図南亭露地には恵観さんゆかりの勾玉蹲と崩家形燈籠があります。





▼御朱印です。





▼東福寺参道の名残の紅葉。それなりに名残紅葉のように見えますが、実際はチリチリまばらです。




禅宗寺院の枯山水庭園、その作庭に込められた作者の奥深いロジカルな意図、理解し難い禅哲学の深遠さ、
ボクなど凡人が長時間縁に座り、眺め、瞑想し、考えるフリをしたところで、到底及ばない禅の心とは…。
なんと云っても宗教家でない限り、理屈はいらない。キレイなものはキレイ、美しいものは美しい、そう
思う心でいいのではないのか、それが凡人の結論でした。



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光明院は東福寺の塔頭寺院で、お庭が絶品です。

2013年12月16日 | 京都の古寺巡り



(2013.12.15訪問)


赤が競う旬も終わり、白い季節の到来との端境期とでも云いましょうか、天下の東福寺洗玉澗の錦景は最早
枝のみ、通天橋の全景がハッキリくっきり、色のない洗玉澗を観るのは初めて、臥雲橋で撮影している人ナ
シ。本山はパスして今日は東福寺塔頭でお庭のお寺を訪ねました。
ラッキーにもほどがあるほど「 波心の庭」独り占め、辞するまでどなたとも会いませんでした。シーズンが
外れると有名処も「寂」が身に沁みるようです。


▼枯山水庭園「波心の庭」





[ 光明院 ]
●山号 寳珠山(ほうじゅさん)
●寺号 光明院(こうみょういん)東福寺塔頭
●開山 金山明昶(きんざんみょうしょう)
●開創 明徳二年(1391年)
●宗派 臨済宗東福寺派
●本尊 釈迦牟尼佛坐像
▲京都市東山区本町15丁目809 TEL.075-561-7317
▲拝観料 志納(玄関に大きな竹筒があります、300円位と書いてありましたよ)
▲拝観時間 午前九時~午後五時
▲JR/京阪電車 東福寺下車 徒歩約10分
 京阪電車 鳥羽街道駅下車 徒歩約5分   
 市バス/京阪バス 東福寺下車 徒歩約10分 

光明院縁起 (光明院パンフレットから抄出)
明徳二年、金山明昶の創建による東福寺の塔頭。
別名「苔の虹寺」と称され、苔の美しい新緑や紅葉時には、ひそやかな禅寺も華やぎを増 す。方丈の前に広
がる池泉式の枯山水庭園は、昭和十四年、東福寺方丈庭園と同時期に設計されたもの で、重森三玲の初期の
名作。方丈庭園とはうってかわって、平安式の洲浜型の枯池に多数の石組みを配 している。寺号にちなんで
光明をテーマに作庭されており、大海を表す白砂に構成された三ヵ所の 三尊石組から仏の光のごとく斜線状
に立石が並ぶ。背後にはサツキやツツジの大刈り込みでダイナミックに雲紋をデザインし、その雲の上には
茶亭「 蘿月庵」が佇む。これは禅語の「雲ハ嶺上二生ズルコトナク、月ハ波心二落ツルコト有り」による も
ので、昭和三十二年建築の蘿月庵は窓、壁、障子を含めて月を象徴し、「 波心の庭」と命名された庭から眺
めれぱ、東の空に月が昇る姿を楽しむという仕掛けになっている。


▼山門。





▼山門横に達者な筆でこんな内容が、心して入山したいものです。





▼山門脇、残り紅葉と石碑。





▼山門を入ると正面に三尊石。





▼いきなりですが、客殿からの「 波心の庭」





▼「 波心の庭」苔と石と白砂と大刈り込みの妙!
 決して石がバラバラに置いてるだけなどと思わないこと。そこに深い意味があるのです。













▼客殿から「 波心の庭」





▼「 波心の庭」









▼客殿から「 波心の庭」





▼「 波心の庭」正面奥、三尊石。





▼ダブルの蹲。





▼本堂。





▼山号が書かれた本堂扁額。





▼畳敷きの本堂から「 波心の庭」





▼亭を通して「 波心の庭」





▼今日一のお庭。亭の障子窓を通して見ると、一窓々が色紙窓。





▼亭の網代窓から三尊石。





▼悟りと迷いの窓? 迷いのためか、目が悪いのか相当ブレてます。





白砂の池を囲む苔の緑が映える頃の写真、雲紋を表すさつきとツツジの刈り込みがピンクや赤に変わる頃の
写真、稜地に立つもみじや楓が紅く染まる頃の写真、プロやブロガーの方々の写真を拝見すると別名「苔の
虹寺」と称されている意味がよく判ります。

今日のお庭は色気なし、無と静と寂の世界にこそ枯山水の美が…、と思うのは負け惜しみと思います?
冬、白いチャンスがあれば再訪したい「 波心の庭」でした。




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