土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

六道珍皇寺、冥界の入口だそうですヨ。

2015年01月28日 | 京都の古寺巡り



(2015.01.24訪問)


六波羅蜜寺からものの五分ばかり「京の冬の旅」で特別公開されている六道珍皇寺へ向かいます。
このお寺土地柄平安の昔は葬送の地であり六道の分岐点、この世とあの世の境、お盆には精霊が冥土からこ
こを通って帰ってくると信じられ、現在も夏の風物「六道まいり」として賑わい、また平安貴族小野篁(お
ののたかむら)のスーパーマンぶりを伝える井戸のお話など、冥界、冥土、閻魔、精霊、黄泉などとゾクゾ
クッとする言葉が氾濫するお寺なんです。


         ▼非公開文化財特別公開「京の冬の旅」パンフ。





[ 六道珍皇寺 ]
●山号 大椿山 (だいちんざん)
●寺号 六道珍皇寺 (ろくどうちんのうじ)
●開基 伝 慶俊僧都 (きょうしゅんそうず) 他異説多数
●開創 伝 延暦年間 (782年~805年) 他異説多数
●中興 聞溪良聰(もんけいりょうそう)
●宗派 臨済宗建仁寺派
●本尊 薬師如来坐像 (重文) (秘仏)
▲拝観料 境内無料 本堂庭園は要予約有料 朱印 300円
「京冬の旅」特別公開中は600円
▲拝観時間 9:00~16:00
▲京都市東山区大和大路通四条下ル4丁目小松町595 Tel.075-561-4129
▲http://www.rokudou.jp/
▲京阪電車「清水五条駅」下車 徒歩約10分 または「祇園四条駅」下車 徒歩約10分 
 市バス「清水道」下車 徒歩約5分


六道珍皇寺縁起 (六道珍皇寺HPから抄出)
当寺の開基は、弘法大師の師にあたる慶俊僧都で、延暦年間(782年~805年)の開創である。建立には諸
説あり、空海説や小野篁説をはじめ承和三年(836年)の平安前期に当地の豪族であった山代淡海が国家鎮
護の道場として建立したなど起源には多くの説がある。 珍皇寺はもと真言宗で、平安鎌倉期には東寺を本寺
として多くの寺領と伽藍を有していたが、中世の兵乱で荒廃、南北朝期の貞治三年 (1364年) 建仁寺の住持、
聞溪良聰により再興、現在に至っている。 




▼山門。





          ▼山門手前に「六道の辻」碑。





▼山門から本堂まで一直線の参道。





▼参道右に薬師堂、旧本尊薬師さん (重文) が安置されています。コンクリート収蔵庫です。





▼薬師堂に並んで一棟二堂の閻魔、篁堂です。
 左閻魔堂には閻魔大王像、右篁堂には小野篁像が祀られています。





         ▼平安のスーパーマン小野篁。 ホンマにスーパーマン?



         写真はネットから借りてきました。



         ▼冥界のキング閻魔大王。 ホンマにコワイです!



         写真はネットから借りてきました。



▼四方が壁に封印された鐘楼、手前の綱を引くと鐘が鳴り精霊迎えに撞くので「迎え鐘」と云うそうです。





▼お地蔵さんを中心に石仏が並んでいます。





▼本堂です。本尊 薬師如来像、脇侍に「日光・月光菩薩像」の薬師三尊が祀られています。
 前に建つのは野辺送りに先立ち引導を渡したという「三界万霊十方至聖」の石塔婆。





         ▼小野篁にとことん拘ってます。





▼本堂東に小さいながらも枯山水庭。









▼お庭北に、かの有名な「冥土通いの井戸」 お姉さ~ん、あんまり覗くと吸い込まれるヨ。



小野篁は昼は朝廷に、夜はこの井戸から冥土へ行き、閻魔大王のもとで死者の裁判に立会ったという。
篁の冥官説は平安時代に始まり、今に伝わるそうです。



▼「黄泉帰りの井戸」のお話は上手く出来ていて、冥土通いの井戸から冥土へ行った篁は、この井戸から現
 世に帰って来たそうで、この井戸は(2011年)に発見されたそうです。
 嵯峨薬師寺にも黄泉帰りの井戸のお話が残ってるんですが。





         ▼本堂中庭の石仏、後ろに山茶花が一輪。





▼御朱印です。





小野篁という宮廷人は偉丈夫で身長186cmの大男だったそうで、和歌や詩が上手く武芸優秀、嵯峨天皇の受
けもすこぶるよく参議にまで登ったが、不羈な性格で奇行が多かったそうです。
ちなみに篁は小野小町のおじいちゃんです。

されば、嵯峨天皇にかわって質問! 篁は簡単に読んだそうですよ。

「無善悪」これなんて読むでしょう。

「子子子子子子子子子子子子」なんと読むでしょう。

●解説と答えはネットでどうぞ。




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六波羅蜜寺、空也上人願いのお寺。

2015年01月26日 | 京都の古寺巡り



(2015.01.24訪問)


西国観音霊場の御朱印を戴きかたがた、付近はよく徘徊するのですが、未だ訪ねたことがない六波羅蜜寺を
訪ねました。「南無阿弥陀仏」を称える口から六体の阿弥陀さんが現れる空也上人像で著名なお寺で、場所
柄旧鳥辺野と云う悪地で現世と冥土の境地「六道の辻」に立地する空也上人創建のお寺です。


▼本堂。




[ 六波羅蜜寺 ]
●山号 補陀洛山 (ふだらくさん)
●寺号 六波羅蜜寺 (ろくはらみつじ)
●開基 空也上人 (くうやしょうにん)
●開創 天暦五年 (951年)
●宗派 真言宗智山派
●本尊 十一面観音立像 (国宝) (秘仏)
▲拝観料 境内無料 宝物館 600円 朱印 300円
▲拝観時間 8:00~17:00
▲京都市東山区五条通大和大路上ル東入2丁目轆轤町81-1 Tel.075-561-6980
▲http://www.rokuhara.or.jp
▲西国三十三カ所観音霊場第十七番札所
▲京阪電車「清水五条駅」下車 徒歩約8分 または「祇園四条駅」下車 徒歩約10分 
 市バス「清水道」下車 徒歩約5分


六波羅蜜寺縁起
六波羅蜜寺は、天暦五年醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創された西国第十七番の札所である。当時
京都に流行した悪疫退散のため、上人自ら十一面観音像を刻み、御仏を車に安置して市中を曵き回り、青竹
を八葉の蓮片の如く割り茶を立て、中へ小梅干と結昆布を入れ仏前に献じた茶を病者に授け、歓喜踊躍しつ
つ念仏を唱えてついに病魔を鎮められたという。現存する空也上人の祈願文によると、応和三年八月諸方の
名僧六百名を請じ、金字大般若経を浄写転読し、夜には五大文字を灯じ大萬灯会を行って諸堂の落慶供養を
盛大に営んだ。これが当寺の起こりである。



            ▼六道の辻に建つ寺標。





▼山門とフェンス内は本堂。





▼平素は閉じられている山門。





▼門柱飾りのミニ多宝塔が二基。





         ▼西門から入ると、十一面さんが迎えてくれます。
          この観音さんは本堂本尊のレプリカ像と云われています。





▼西門正面に弁天堂。





▼弁天さんと思えない姿形、まさにヒンドゥー女神サラスヴァティーそのもの。





         ▼清盛塚もあります。





▼お地蔵さんもピラミッド状に。





▼本堂前の枡形石に信者の願い石がいっぱい。





▼本堂 (重文)。桁裄七間、梁間六間、寄棟造、本瓦葺、三間向拝付。貞治二年 (1363年) 建造。





▼本堂扁額。





▼向拝軒の鮮やかな彩色。お堂彩色は昭和四十四年 (1969年) の解体修理の際、再彩色したものです。





         ▼本尊十一面観音立像 (国宝)。像高259cm、檜一本造、漆箔。伝空也上人作。
          内陣須弥壇厨子内に祀られる本尊。
          十二年に一度の辰年に秘仏開帳されるそうです。


 
         写真はネットから借りてきました。



▼久しぶりに天気上々。


 




かの有名な空也上人像、少々怖い目つきの平清盛像、運慶、湛慶座像や平安鎌倉期の重文仏と会える宝物
館は見応えがあります。


▼「南無阿弥陀仏」を称える口から六体の阿弥陀さんが現れる空也上人立像 (重文)。運慶の四男康勝の作。
 市中の聖としてボクたちが受ける印象そのままの姿で念仏による救済を説く清貧な姿を、運慶四男康勝は写
 実的に表現した。さすが運慶の子としての実力は並ではない感じを受けます。
 皆さんご存知でしたか、小さいお像ながら目は玉眼が嵌まってますよ。



         写真はネットから借りてきました。



▼御朱印です。




市中のお寺の宿命か、寺域は狭く堂宇も本堂をのぞいて新しく、空也上人の精神性というものを感じること
は出来ません。創建時の印象は違ったんでしょうが、目に飛び込んでくるどこもかしこも鮮やかな朱色に目
はチカチカ、どうにも落ち着かないお参りでした。




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梅蕾み堅しの梅林で、黄色の高貴な薫りが馥郁と…。

2015年01月24日 | 花巡り



(2015.01.23訪問)





彩さんの「大阪城公園の蠟梅と梅」の記事に誘われて、昼過ぎそ~っと抜け出し大阪城梅林へ。
しかしお天気がねぇ「薄陽のち曇りのちだだ曇りのち雨パラパラのち曇りのち薄陽」と妙な天気です。
さすがにこんな天気と風の強さとこの寒さ、居るんですワ物好きおっさん三人、ボクも入ってますが。
梅の蕾はまだまだ堅し、株は少ないですが、お目当て蠟梅は高貴な薫りが馥郁と…、咲いてましたヨ。

























































フロク
今日のお天気映り込み。(けっして3Dマッピングではありません)







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宝山寺、商売繁盛のご利益大きいそうですヨ。

2015年01月20日 | 奈良の古寺巡り



(2015.01.17訪問)


景気の荒波に翻弄され続けている我が社も、いよいよヤバさプンプンなので、ここは一つ聖天さんに願掛け
に、ということで生駒の聖天さん宝山寺へお参りかたがた訪ねることにしました。商売繁盛のご利益大なる
で聞こえる宝山寺、果たしてどんなご利益が戴けるのか、ポケットのお賽銭小銭を握りしめてワンちゃんケ
ーブルに乗りました。


▼宝山寺金剛殿本尊不動明王坐像。





[ 宝山寺 ]
●山号 生駒山(いこまさん)
●寺号 宝山寺(ほうざんじ)愛称 生駒の聖天さん
●開基 湛海律師 (たんかいりっし)
●開創 延宝六年 (1678年)
●宗派 真言律宗
●本尊 不動明王
▲拝観料 無料 朱印 300円
▲拝観時間 いつでも
▲奈良県生駒市門前町1-1 Tel.0743-73-2006
▲http://www.hozanji.com/
▲近鉄奈良線「生駒駅」下車 生駒ケーブル線「鳥居前駅」から「宝山寺駅」下車 徒歩10分

宝山寺縁起
お寺草創開山は延宝六年江戸中期、開祖は湛海律師という方です。本尊は不動明王像、このお像は行の完成
を「不動明王」に暗示された湛海律師が刻したと伝わり、今は本堂に祀られています。寺歴は江戸初期です
がこの生駒の地の由緒伝承は古く役行者や空海さんの名が出てきます。修行地の謂われは本堂後ろの岩山に
見える洞窟、般若窟に役行者が般若心経を納め修行を積み事実上の開山、空海さんもここで修行したそうで
す。その後湛海律師は大聖歓喜自在天を勧請し、生駒山の鎮守に仰ぎ、修行と理想の密厳浄土建設を目指し
大聖無動寺と号した。伽藍は約十年でほぼ完成し名を宝山寺と改めたそうです。


▼ワンちゃんケーブルが降りてきました、これに乗るんです。





▼ケーブル宝山寺駅降りるとスグ、昭和レトロな看板が参道に。





▼そしてこの石段、いきなりめげます。
 参道左右に旅館や料理屋さんが並んでいます。生駒聖天通り、そう郷愁を呼ぶあの花街、宝山寺新地でし
 ょうか? 勿論ボクはそこんところは知りませけど、かっての名曲は不思議と知ってるんですよね。
   
      ♪女に生まれてよかったわ 本当はいいことないけれど 
             せめて心で思わなきゃ 生きてはゆけないこの私 
                    生駒は哀しい女町


 



▼邪念を捨てよう、ひたすら上ろう。





▼大鳥居が見えてまいりました。神仏習合の一つの形ですネ。このお寺は。





▼歓喜天と刻された大鳥居の扁額。





▼惣門の手前右手に金剛殿、しょっぱなのお堂です。





▼本尊はお不動さん。





▼惣門。





         ▼聖天さんの根本霊場であります。





▼惣門を潜るとすぐ左、お大師さんを中心に五体の石仏が……。





▼鐘楼。手前に並んでる石柱の金額を見てください。





▼こんな金額の石柱もあります。





▼この門を入ると伽藍群がギッシリ。





▼先ずは立派な手水舎。





▼五重の宝塔が。朝日宝塔と呼び、たくさんの宝鐸を付けた五層銅塔。明治三十三年(1900年)建立。





         ▼そして水掛お不動さんが控えています。





▼本堂。桁行五間、梁間五間、重層、寄棟造、本瓦葺、護摩堂様式。





▼不動堂という意味の「阿遮羅場」と書かれた扁額です。





         ▼本尊不動明王坐像。開祖湛海律師自らの作。



         友人F君撮影の写真を借りました。



本堂後方の岩山の窟が般若窟。以前は近くまで上れたらしいですが、今は禁止になっています。
▼下から見上げて右の窟には左、荒神さん、右、弁天さんをお祀りしています。





▼下から見上げた左側の窟には弥勒さんがお一人で岩場にお坐りです。
 この山塊が弥勒浄土であると信じた湛海さんが、金銅弥勒菩薩像を造像。造像は仏師院達。





▼当たり前ながら煙モウモウの線香場。





▼アートな巾着賽銭箱。巾着は聖天さんのシンボルらしいです。
 最後写真の御朱印はこの上にのせて撮りました。





▼聖天堂拝殿。現在修復中で、外拝殿、中拝殿、聖天堂ともお堂を拝することは出来ません。



歓喜天とはどんな神様。
夫婦和合、良縁や子授け、商売繁盛のご利益があり、象の頭をもった男女が抱き合った像というが、非公開
のため実態は不明。湛海さんのみぞ知る。



▼聖天堂外拝殿内陣は二十四時間開放されているそうです。





▼石垣の苔が結構目立ってます。





▼文殊堂。





▼文殊堂扁額。





▼本尊文殊菩薩。





▼常楽殿。





▼常楽殿須弥壇の三仏。





▼参道から境内、そして生駒の街が見えそで見えません。





▼観音堂。桁行三間、梁間一間、宝形造、本瓦葺。天和四年(1864年)建立。





▼観音堂扁額。これがまた読めないのが悔しい! 最後の文字。





▼本堂前庭から見た多宝塔。





         ▼多宝塔。本尊愛染明王、塔高約15m、昭和三十二年(1957年)竣工。





▼奥之院への参道両側には約三百体の石仏が並んでいます。





▼左にちょっと入りますが、生駒山の地主神を祀る五社明神。





▼石仏にお賽銭一円を順番に奉じているお母さんに逢いました。
 相当根気がいるそうですが、癖になるそうです。





▼空海さんが留錫修行した伝承地に建つ大師堂。





▼お大師さんが本尊です。





▼もう少しで奥之院です。





▼奥之院開山堂。





▼本尊はモチロン湛海律師。





▼奥之院本堂。
 桁行五間、梁間三間、本瓦葺。相当紆余曲折のあったお堂も安政三年(1856年)再興。





▼本尊は黄金の不動明王坐像。湛海律師作の不動明王に似せて刻されたと伝わるそうです。





▼本堂裏手の高台に大黒堂。





▼大黒堂扁額。





▼ちょっと怖い本尊大国さん。





▼白壁に囲まれた、開祖湛海律師の開山廟。





▼五輪塔台座に「當山開祖湛海」と刻されています。





▼御朱印です。




湛海さんの御廟をお参りしたところで今日の宝山寺はオシマイ。
帰りかけ空にわかに暗く、風強く、雪が、寒いはずです吹雪いてます。

建て込んでいる伽藍群は山岳寺院特有の無規則性。一見ゴチャゴチャしていますが、このお寺相当お金持ち
信者がおられ、奉賛金や永代浴油金と称する石柱の金額表示は桁が違います。キット歓喜天さん凄い御利益
があるんでしょうね。ご利益は金額順なんでしょうか。100円じゃだめでしょうか。




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中山寺、聖徳太子創建のお寺ですョ。

2015年01月13日 | 兵庫の古寺巡り



(2015.01.10訪問)


我が家の菩提寺でありながら、西国三十三カ所観音霊場第二十四番札所の中山寺の御朱印を戴いたことがな
いのは、いささか礼に失するのではと云うことで、本年初発「古寺を歩こう」は宝塚の中山寺です。


▼中山寺のシンボルタワー大願塔。





[ 中山寺 ]
●山号 紫雲山(しうんざん)
●寺号 中山寺(なかやまでら)愛称 中山観音
●開基 伝 聖徳太子 (しょうとくたいし)
●開創 伝 七世紀初頭
●宗派 真言宗中山寺派大本山
●本尊 十一面観音菩薩 (秘仏) 毎月十八日に開扉
▲拝観料 無料 朱印 300円
▲拝観時間 いつでも
▲兵庫県宝塚市中山寺2丁目11の1 Tel.0797-87-0024
▲西国三十三カ所観音霊場第二十四番札所
▲http://www.nakayamadera.or.jp
▲阪急電車宝塚線「中山観音駅」下車 徒歩約1分
 JR宝塚線「中山寺駅」駅下車 徒歩約10分


▼楼門形式の立派な仁王門。三間一戸、二層楼門、十二脚門、入母屋造、本瓦葺。
 天保三年(1646年)徳川家光再建。





中山寺縁起 (中山寺HPより抄出)
中山寺は、聖徳太子の創建と伝えられ、わが国最初の観音霊場です。御本尊は十一面観世音菩薩で、古くよ
り安産、求子の観音として数多くの婦人より篤く信仰されてきました。御本尊は勝鬘夫人(古代インドアユ
ジャ国の王妃で仏法に帰依し、釈尊の教えを悟得された女性)が女人救済の悲願をこめて、自ら等身像を刻
したことに由来する尊像と伝わり、人々の正しい願いを聞き入れて、憂いや苦しみを取り除き、心の畏れの
ない境地を与えられるご本尊本来の願いを、その両手にあらわされているお姿であり、平安初期のすぐれた
尊像です。皇室の崇信もあつく、安産祈願本邦随一の霊場として、源頼朝をはじめ武家、庶民にも深く信仰
されていました。ことに、豊臣秀吉は当山に祈願して秀頼を授かり、秀吉亡き後、秀頼は片桐且元に命じ伽
藍再建をしました。これが現在の伽藍です。


▼寺名が書かれた仁王門扁額。





▼金剛力士阿形像。





▼金剛力士吽形像。





▼三が日が済んでもこの人気!





▼参拝のほとんどの方はこの石段を上りません、右側にらくちんエスカレーターあり。





▼鐘楼。





▼刈り込みの中にきれいな寺名碑。





▼真っ先に目に入るのが五百羅漢堂。





▼五百羅漢堂扁額。





▼本尊宝冠釈迦如来座像。脇侍はカショウ尊者とアナン尊者。





▼お堂内左右いっぱいに羅漢さん。五百人ではなく八百人はいるらしいですよ。





▼閻魔堂。





▼閻魔堂扁額。





▼須弥壇中央に、ギョロ目が半端じゃない閻魔さん。





▼本堂エリアへ行きましょか。ほとんどの人は右のエスカレーターを使ってます。





▼本堂前の線香台です。ここから前はギッシリ人人人…





▼最近のお線香はあまり煙が出ないんでしょうか。





▼とりあえず本堂の人群れです。慶長八年(1603年)豊臣秀頼再建。





▼本堂の扁額です。





▼皆さんが並んでいるの、わかります?





▼内陣の様子。中央のお厨子内に本尊十一面観音菩薩が祀られています。





▼本堂軒の吊り燈籠とカラフル彩色。





▼少し遠目から吊り燈籠。





▼本堂右の護摩堂。





▼護摩堂扁額。五大尊と書かれています。





▼そうなんです、須弥壇中央に不動明王座像、左右二体ずつ明王さん。各々のお名前確認するの忘れました。





▼護摩堂隣の開山堂。





▼聖徳太子と書かれた扁額。





▼本堂左の石段を上ると大願塔、多宝塔がドッシリと。
 五間四方の多宝塔、塔高22m、平成十九年(2007年)再建。かつて中山寺に存在していたとされる大塔
 を再建したもので、中山寺寺伝の参詣曼茶羅には現存しないものが幾つか見られ、その中の一つに多宝塔
 が画かれているそうです。





▼大願塔の一層目は祈祷室で安産祈願、中山寺のシンボルタワーとして、地下層は位牌室になってるそうです。





▼鎮守社。鎮守神えべっさん(恵比寿神)を祀ってます。





▼大師堂。
 大師堂前に以前石段参道があったのですが、今、五重塔再建工事現場になり、大回りしてこちらに来なく
 てはなりません。





▼内陣須弥壇には本尊空海さんが祀られています。





▼五重塔再建計画看板。やはり五重塔も中山寺参詣曼茶羅に画かれているそうです。





▼五重塔基礎工事真っ最中。大師堂の真ん前です。





▼大師堂への迂回路に子授け地蔵堂。





         ▼子授けお地蔵さん。両脇に祈願のよだれかけが。





▼阿弥陀堂。このお堂と大願塔地下が繋がっているそうです。





▼阿弥陀堂扁額。





▼大黒堂。





▼もちろん本尊はダイコクさん。





▼寿老人堂。





▼もちろん本尊は寿老人さんですが、お厨子後ろのお地蔵さん、目立ってません?





▼最後に宝蔵。





▼さて帰りましょうか、本堂前石段上から参道。まだまだ人の波が続いています。向こうに見えるのは仁王門。





▼やたらゴーストが出まくっている今日の青空。





▼第二十四番札所、中山寺の御朱印です。





未歳第一弾、中山寺 オ シ マ イ

常は墓参のみで、境内を歩くことはあまりなかったんですが、改めて歩いてみるとマァなんと、たくさんの
お堂が、そしてなんと多くの人々が。アップダウンのきびしい境内には、エスカレーターやエレベーターが
完備され、お年寄りや体のご不自由な方々にもお参りできる配慮がなされています。こんなところにもこの
お寺の人気の秘密が。
それにしてもこの中山寺、第二十四番札所とともに子授け、安産祈願、お礼参りと、ご利益大の聞こえめで
たく、若いご夫婦や、赤ちゃん連れのご夫婦など、それを求める人々で大変な賑わいでした。





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