土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

[ 雑感 ] よく暴動が起こらないものだ

2007年11月16日 | 
京都有名寺院の特別開扉が今日(11月11日)までのところが多いので久振りの京訪問、特に東寺五重塔初層開扉はまだ拝観したことがなかったので、ワクワク気分で京阪電車に乗った。京に近づくにつれ雲の濃度が濃く、暗く、低く、怪しくなってきた。およそ小春日和とは云い難い「降るのか降らないのかハッキリしろ」といいたくなる空模様…。近鉄東寺で降りる。

南大門をくぐる、秋の恒例なのか人々の大洪水とスピーカーからの大音響、区民大会らしい。拝観料を払うやいなや静寂の世界、不思議とあの騒々しさは聞こえてこない。真っ先に五重塔へ向かう。最終日にもかかわらず拝観者は少なくスッと東口から入塔、心柱を大日如来に見立て、東西南北に五智如来四体が須弥壇上に、その脇侍としてそれぞれ二体の八大菩薩が安置、講堂の立体曼茶羅に較べ各お像は小粒ながらミニ立体曼茶羅の様子を感じさせ、四天柱、外陣周囲の壁には諸尊、諸天が描かれ長押には彩色文様が見事、剥落も多いがまさに密教曼茶羅の世界が粛々と其処にある。講堂の感覚とはおよそ別空間の感で金剛界を巡ること10分少々、空海哲学の僅かにでも触れることが出来たのかは甚だ疑問。五重塔は五代目といい江戸初期の再建、塔内お像全てが同時代の造像で木像、漆箔も見事に残されさすが時代の浅いものは現代仏とほとんど変わらない新鮮な息吹を仏に感じた。8世紀末から現代まで1200年間の時代凝縮がこの東寺で体感できる、嬉しいではありませんか。その後、東寺拝観の王道を行き大師堂にも初めて入堂、お厨子が閉ざされ大師坐像にはお目にかかれなかったのが残念。大師堂を出た途端大粒の雨が、人々の流れが大きく動いたがスピーカーの音量は変わらず続いていた。宝物館と観智院拝観、今日はパス。

ボクが「さて次は…」と同時に女房が「先にお昼でしょ!」の一言。反対する理由もないので雨の中地下鉄で四条烏丸へ。駅から地上に出たらスカッと青空、女房の顔を見ながら「○○○ごころと秋の空」と呟いてみたが反応無し。何か悩んでいる様子、「どうしたん」女房「京都に来るとなにを食べようか凄く迷うワ、どこかいいとこ知らないの」「高級老舗なら知ってるけど(これは嘘)昼食処なんか知るかい」さんざん迷って昼食を済ましイノダコーヒーへ、相変わらずこのお店は人気店らしくお客で一杯、幸い喫煙席で暫し休息。午後の予定を話したが全然気乗り無し「アッそう」でおしまい。

三条京阪から東福寺へ、駅から数分で東福寺北門に、途中臥雲橋から通天橋が望めるが天下の紅葉もまだ青々。今日の東福寺訪問の目的は三門楼上特別公開だ。禅宗寺院では最大にして最古の三門という、楼上内はさすがに広い。楼内北側に南面して中央に宝冠釈迦如来坐像が、左右ほぼ一直線に脇侍と十六羅漢像が安置、お像は小像ながら迫力あるワイド感はスゴイ。そして南北に渡る巨大な梁数本とそれを支える柱、天井と柱を繋ぐ組み物、何れも間近で見られる大きさに圧倒され、しかもそれぞれに極彩色で絵や文様が描かれ室町初期の画家の技の高さが今もハッキリと見ることが出来る。天井には巨大な飛天が舞っている、女房「あんなところへどうして描いたの?」ホントどうして描いたのだろう。「ベリーグー」これ以外の言葉は見当たらない三門楼上の浄土空間でした。ただ必死でガイドをしてくれていた学生さんに責任はないが、お寺の由緒は本来寺僧がすべきではないのだろうか、が地上に降りたときの感想。暫く境内を散策するも法堂や通天橋、塔頭庭園拝観、今日はパス。

坂の上から望む御寺の仏殿、雪に煙る荘厳な美、写真で見る泉涌寺を次に目指す。東福寺から歩いて約20分、東山山麓の所在なのでダラダラ坂が少々きつい。ここは皇室縁のお寺といい歴代天皇の位牌が祀られていると云います。御門を入り坂上から著名な仏殿を見下ろす、こぢんまりと質素に建ち屋根の一部に午後の陽光が瓦を光らせ後ろの山の色づきかかりの緑によく映える。ただ影の部分は暗く鬱蒼の樹々がことさら坂道をグラデーションで墨流し。仏殿の須弥壇北面に狩野探幽の白衣観音水墨画が掛かる。大作を1m前後で見る辛さを寺僧方は知っているのだろうか。御殿と庭園拝観、今日はパス。

訪問した各古刹で特別開扉、特別公開以外パスした有名処が幾つもあった。一古刹で堂宇や建物毎に拝観料が必要と云うことは寺院経営上経営基盤の相当部分を占めるため判らないではないが、プラスをするとそれなりに、特別と云う言葉での高額(ボクの印象)な拝観料設定に疑問が湧く。「文句があるなら拝観するな」的匂いがプンプンするのはボクだけだろうか。!!が?に、錦秋にもまだ遠い京の一日でした。という最後の6行でいささか不穏なタイトルになりました。