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マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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続、高田会所水振祭

2008年06月18日 07時48分28秒 | 桜井市へ
儀式を終えると膳食の場に移る。

区長の挨拶を受けて食事が始まる。

10年ぐらい前までは箱膳と呼ばれるひとりずつに盛られた膳だったが、簡素化されてパック御膳に変わった。

頃合いを見計らって酒を注ぎ回る手伝い役。

代表者の歓談がしばらく続いた時間に手伝い役の膳が盛られて共によばれの時を過ごす。

最近の話題やニュース、グローバルなオリンピックに始まって、同所の八坂神社やメスリ山古墳へと繋がる会話は2時間余り。

「水」が縁でこうやって会話が弾むのも先達らのおかげ、ありがたいことだと歴代区長の額縁写真を見入る。

水振祭(みずふるまい)は、川下4カ地区(安部、橋本、吉備、生田)のうち、生田を除く3カ地区の代表者を招待する習慣で、徳川時代から続く儀式です。

寺川に流れる水を、各地区で耕作水田を灌漑するのに四分六井堰の管理権をもつ川上の高田地区は、余水世話料として川下の地区より「水振米」をいただくことになっている。

招待者は1区2名ずつで、接待役の高田区長を入れて計7名の席が設けられる。

昭和38年には吉野川分水の水が通水され一定の水量となったことから、水振米を止めるような意見が出たが、川下の区からは親睦として続けてほしいと願われ減米(額)して現在も続けられている。

水振祭の儀式は、膳宴を終えて区長の挨拶のあと、最後にもう一度、開宴の儀式と同じ朱塗りの重ね酒盃が差し出される。

盃の作法もまったく同じだ。作法は、三三九度の儀式といわれ、交わす盃は所謂、三献固めの盃で、水振祭はかための儀式であると考えられる。

(H20. 5. 4 Kiss Digtal N撮影)


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