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マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

念願のミニクーパーで帰郷

2019年09月16日 09時29分17秒 | いどう
平成10年もののミニクーパーがやってきた。

磨きをかけて傷んでいた屋根を修理してもらったミニクーパー。

走行6万kmのミニクーパーは車検済。

ハンドルは日本仕様の右ハンドルであるが、ウインカーや前照灯レバーははヨーロッパ仕様のため、逆である。

そんな運転操作だけに、日本公道に慣れるまで少し時間がかかる、という。

足は堅いからちょっとした路面段差を拾ってしまうから、揺れ方、振動の感じ方は柔らかい日本車よりも劣る。

その堅さが好みだという人も少なくない。

ミニクーパーは修理に費用がかかりそうなので次の車検に買い替えるかも、という長男。

念願のミニクーパーを購入してすぐに帰郷と相成った。

前夜の午後10時に東京を出発して走った高速道路。

午前3時半には帰郷していた。

その日は着くなり就寝。

疲れを癒して一日を過ごした。

明日の2日は友人たちと飲み会。

3日は結婚式に出席。

4日は和歌山の友が島へ行く予定。

ちっともゆっくりしとらんな。

(H30. 5. 1 SB932SH撮影)

榛原・危機一髪の救出劇

2019年06月26日 09時31分40秒 | いどう
瀬戸際にのこった、のこった。

映像はシュールではない・・リアルそのもの・・・の崖っぷち、である。

先週の3月3日に発生した崖崩れ。

それを知らずに山登りをする車輪が脱輪。

今にも落ちそうになっている状況写真である。

ひやひやにどきどきしながらもなんとか降りて撮った。

運転手側のドアの下は崩れた崖。

今にも崩れそうな状態に、そろり、そろりと助手席に移動する。

ドアを開けて降りたときもバクバクの心臓。

ここは宇陀市榛原の萩原・小鹿野地区である。

村の行事取材に度々お世話かけている区長に電話して救援要請をする。

区長は田圃におられた村人2人に電話で声をかけて、ワイヤーロープとか「あゆみ」をがけ崩れ手前まで運んできた。

崖っぷち車の助手席に乗って道案内していた村の一人はすぐ近くの家から自前重機のユンボで出動してきた。

もってきた鋼ロープが短い。

家にある、といって取りに帰った区長さん。

そのロープを繋いで長くした。

窓ガラス辺りに養生板をかます。

コンボで持ち上げるときのきしみ音。

いつ崖崩れが再発しれやもしない現場に緊張感が走る。

何度かトライして吊り上げた車体を山陰に寄せて軟着陸。

日暮れぎりぎり時間に間に合ったセーフ感に浸る心の余裕はない。

そもそも、崖崩れ発生は昨年の台風の影響によるもの。

ちょっとやそっとの区費では賄えない工事は先の、先のずっと先になろう。

話せば長くなる経緯は記録に残しておく。

崖崩れしたこの上に不動滝があると教えてもらった小鹿野の村民。

3月末に行われる不動明王の大祭に集まった村の人たちが心経を唱える。

そう、聞いていた。

その場がどんなところであるのか、事前にある程度の地を確かめようと山を登りかけたら、赤いポールでこの先通行禁止立札があった。

この先の山道は通行してはならぬという村が立てた通行禁止の標識である。

とても狭い山道で行うハンドル切り返し。

なんどもなんども切り返してUターン。

下った先に地元の人がいた。

この先はこの先通行禁止立札があったから、不動滝には行けないから帰ります、と伝えたら、「そんなとこ、わしらが昔に砂利混ぜのコンクリート道にしているから大丈夫や」という。

「四駆の軽トラでこの前も登ってきたばかりや、大丈夫、わしが助手席に乗ったるから道案内する」と、まぁ云い出したら、ダメダメ、イヤイヤと断っても無理強いするMさん。

この年の初祈祷行事に来られていた77歳の男性。

村のことは知り尽くしているように云われる。

無理や、と断ったものの助手席に座ったMさん。

行けるとこまで、と思って走らせたものの、狭いうえに急カーブ、急坂のすごい山道。

ところどころに崩れた崖石が道にいっぱい広がって落ちている。

踏んだタイヤがパンクしないかと不安、不安の連続である。

「あそこをぐっと上ったところの急カーブを行ったところのちょっと上は若干平たん。

そこから歩いてすぐや」というので、なんとか行けそうな気配も感じるが・・。

ところが左側の崖ぎりぎりにタイヤを詰めて上がっていったが、タイヤがずるるずると回転滑り。

泥土にそこへもって落葉の杉の葉にずるずる・・・。

この状態では、4駆でない限り、無理な急坂。

そろそろとバックで下りかけた・・・・・数メートル・・・・ガクッ。

一体何が起こったんだ。

運転席側から見た右の状態。

ぞっとするような光景が眼前に迫る。

コンクリート道が大きく割れたところにある右後輪。

いわゆる脱輪であるが・・・車体はやや傾き加減。

心臓がバクバク云いだした。

いつ、この道路が、さらに陥没してもおかしくない状態にぞおぉっとする。

おそるおそる助手席のドアを開けて脱出したものの膝はガクガクに震えている。

助手席に乗っていたMさん・・・「だからもっと左に寄らんとあかんやろ」と、云われるが・・・。

そのことを承知で左いっぱいギリギリに寄せていたのに・・・。

陥没したところ。

登るときはすんなりと通り抜けていたが、バックした際に車体の重さがかかって崩れたもよう。

アップした写真だけでは不思議な感覚になる方は多いだろう。

実は、この年の正月初めに行われた初集会に区長や村民が話していた昨年秋の台風による崖崩れの件である。

村内の何カ所かに被害があったらしく、予算がついて道路改修工事が終わるまで規制をしているという件だった。

昨年秋の台風被害は奈良県内至るところで崖崩れ、道路陥没がみられた、とニュースが報じていた。

村の道路は国費が費やされるわけでなく、もちろん村費も、であろう。

物流運搬の動脈になっている幹線道路であっても工事に半年もかかっているところはザラ。

小さな村では区費で賄うこともできない実態である。

もうひとつは工事業者の取り合いもあり、予算取りも含めて優先順位は下の下の下の後回し。

それはともかく「2輪駆動はあかんかったっな」と、つぶやくMさん。

「そういいましたやん」、と何度も云ったのに、根負けしたのが悔やまれる。

心の中のつぶやきはむにゃ、むにゃ・・・。

無事に脱出できた身体。

地面に立つ足が感じる。

生きてて、ほんまによかった。

これも取材地でお世話になった神さん、仏さんの賜物、だと思っている。

さて、脱出までの工程である。

この場から車を救い出すにはどうしたらいいのだろうか。

もし、単独できたならどうしていただろうか。

まず、思い起こすのは加入している自動車保険会社への救援通報であろう。

しかし、ここへ救援者がどうして来ようか。

狭い山道に稼働する重機は入って来れようか。

連絡してからすぐにここへ来れるわけない。

事故発生時刻は午後3時40分。

到着に1時間以上。救出対応に1時間・・。

Mさんは78歳。

そこらにある木材をかまして二人がかりで持ち上げようとしても・・・無理、無理・・。

「ちょっと待ってや、うちにあるユンボで車ごと持ち上げよう」と、云いだした。

電話で応援を頼みたいが、持ってこなかったというMさん。

私の携帯には区長の番号も登録してある

なぜか、山の中なのに電波アンテナが3本線を立っていた。

これで助かると思って区長に救援要請。

しばらく待っていたら、2人の村の応援者とともにやってきた。

その場にガタガタ、ガタガタと音を立てながら登ってきた小型ユンボ。

一旦、家に戻って運転してきたMさんもそろったところで、救援活動。

車体引き上げ作戦の主力の動力は小型のユンボ。

JAFに頼んでも入っていけそうにもない山中の救助は4人とも存じている村の協力隊。

車体を揚げ、タイヤをかまして車を動かす作戦。

いずれも高齢者のみなさん、実に手慣れた動きに感服する。

鋼入りロープを車体の床下に通してユンボのフオークに引っかけたが、重みで外れる。

対応を替えてフオークにあるフックに鋼入りロープを通して揚げたらなんとかいけそうだが、短い。

3本繋ぎで長くしたロープで車体下部まで届いた。

これでそうだ、とユンボを稼働するが、車体側面が金属フックに力がかかればかかるほど車体に組込、後部窓ガラスが割れそうになる。

座布団に木材杭を挟んで固定。



ユンボで揚げたら車体が浮いたが、ロープが当たる部分の車体は傷だらけ。

傷がついてもどうだっていい。

無事に引き揚げることが一番の目標。

吊り上げた状態で車体を崖側にずらして、安全地帯に移そうとするがユンボだけでは無理がある。

その位置のままなら、ただ揚げているだけ。

位置替えの横移動は4人がかり。

先にセッテイングした崖崩れの場に長い板。

「あゆみ」と呼ぶ農耕道具の板を崩れた穴に渡して万が一の場合に備えておく。

人海戦術の4人がかりで山際になんとか移した。

タイヤさえ地面にのっかれば、エンジン始動。

助手席から乗り込んで運転席に移動。

窓の下を覗き込んだら、そこは崖崩れの状態。

体重が右に加わったとこに、さらに道が崩れる・・・そんな状態が頭に浮かぶ。

ハンドル操作が誤れば再び穴に・・・なんてことならんように。

軽バンの車体幅は1.475mm。

山道のだいたいの幅は2m弱。

崩れた穴で残る幅は1.5mくらいだろうか。

とにかくぎりぎりいっぱいのその箇所をそろそろとバックする。

前輪が動かないように車輪止めしていた岩を外して、みなの誘導でハンドルを切って穴位置すれすれにバック。

また崩れやしないだろうかな、と冷や冷や・・。

前輪も脱出できたときは、ほっとした。

さらに下ったところは若干の幅広。

村の人が乗ってきた軽トラはそこで切り返しUターン。

同じように私もUターンして脱出完。

作業すべてを終えたMさん「すまんことしてなぁ」と、いまさら言われてもなぁ。

それよりも傷はついたが軽バン車も、身体も大丈夫だったことが一番。

午後5時半に救出劇が終わった村に伝説がまたひとつ生まれたような気がする。



帰路にふと目が行ったカーナビゲーションの映像。

事故現場の印しは発生と同時に停止したようであった。

(H30. 3. 3 SB932SH撮影)

所用で巡る大阪市内の三つの駐車料金

2018年12月27日 09時36分43秒 | いどう
この日の午後は所用で大阪市内の3カ所を巡っていた。

ビジネス街というか、大都会の所在地を探すのもカーナビゲーションが頼り。

なければ難儀するであろう。

それよりもっと難儀するのが所在地近くの駐車場。

数は多いが、高さがある軽バンは立体駐車場には入庫できない。

できるところもあるが、ビジネス街は入庫する駐車場入口に高さがない。

高さ制限が1m〇cmまでと表示しているが、入ってみればなんとかなるだろうと思って入ったらストップがかかる。

しからば、屋根なしのオープン駐車場にしか停められない軽バン。

探してみればあるにはあるが、所在地から遠く離れる。

利用料金に有無を言わさない・・・。

駐車時間別に記録してみた。

1番目は13時27分~15時00分までで、利用料金は1500円(利用時間は1時間27分)。

停めた駐車場はタイムス24常盤常磐町2丁目。

所用に立ち寄ったビル。

その1階にあるのぞみ信用組合。

かつては大商信組合の名前だった。

用事は長年に亘って放置していた出資金及び普通/定期預金解約手続きである。

毎年に送られる配当金はごく僅かである。

もうここまで来て利用することもないから解約する。

解約金などは振込口座で支払われる。

念のために持ち帰ってきた振込先用紙。

口座番号を記入し、翌々日の4日に送付するも”住所”が未記入だったと担当のHさんから折り返し郵送すると電話があった。

解約払い戻し通知並びに送金は翌年の平成30年6月27日に送付された。

2番目は15時24分~15時53分の300円(利用時間は29分)。



用事はおふくろが長年に亘って利用してきた大丸友の会の解約手続きである。



駐車場はほどほど離れた地にあるビッグステップ゚駐車場。



入庫した駐車場は地下だった。



平成29年8月、9月分の会費2万円を支払って満期受取りは年末の12月1日以降にしてくださいと伝えられた。

ラストは16時34分~17時5分までの1200円(利用時間は31分)。



第11回フォトサークルDAN選抜写真展を拝見したく富士フィルムフォトサロン大阪。

利用した駐車場はリパーク南船場14。



写真展会場は近いが料金は高い。

締めて本日の支払い合計は3000円になった。

(H29.10. 3 SB932SH撮影)

ゲリラ豪雨に退避した場が雨水溜まり

2018年11月06日 10時06分35秒 | いどう
大和郡山市小泉町の楠地蔵尊の数珠繰りが始まるころ。

雲行きが怪しくなってきた。

方角は西の大阪の方だ。

生駒山の向こう側は大阪。

湧き上がる黒い雲の下には真っ白なカーテーレースのような文様が現われた。

これこそが強烈な雨降りを示す紋様である。

竜巻ではなく急激直下型の雨降りである。

にわか雨のようだが、数珠繰りが終わるまで耐えてくれと願った。

願いは叶ったが終わって提灯を片づけていたときにはポツリ、ポツリと大きな雨粒が落ちてきた。

片づけている市場の女性たちにお礼を述べて走っていった車停め。

なんとか運転席に落ち着いたときにはフロントガラスに大きな雨粒がボツ、ボツ、ボツ・・。

エンジンをかけて車道に飛び出したときにはワイパーを早い速度で動かさないと前方が見えないほどの強い雨に変化していた

強い降りは容赦なく、雷は鳴っていても聞こえないほどの強い降り。

自宅に戻ってもドアを開けられないだろうと判断した。

つまりは車から出られないことである。

そうであれば、屋根付きのどこかに駐車場がある施設といえば・・。

大和中央道沿いにあるケーズデンキ大和郡山店である。

奈良県内にあるケーズデンキはどこともそのような造りではないが大和郡山店には屋根がある。

つまりは2階部分が店舗である。

そこであれば急激にもよおしてきた排尿に利用できるトイレもある。

大雨にありがたく避難させてもらえる施設に飛び込んだ。

その駐車場に停めて店舗に歩いていたら、波のように押し寄せる溢れた水。

大和中央道に降りつける強烈な雨量は勢いをつけて溢れる川のような状態で駐車場めがけて押し寄せる。

駐車場の方が大和中央道よりも土地が低いのである。

堰き止められることなくぐんぐんと押し寄せる水であったが、急ぐトイレの方を選んだ。

仕方がない選択である。

トイレで用足しをさせてもらって、もう一つの緊急対応電話応対。

申請していた大阪市の介護支援センターからの電話である。

はじめに架かってきたのは午後2時。

現在時間よりも3時間前のことである。

架かってきた時間帯は丁度の取材中。

大織冠仲仙寺の地蔵盆の取材中であった。

このときは対応できないから、申しわけないが、取材中につき、後刻ということにしておいた。

電話応対はおふくろの生年月日確認。

私はどういう関係にあるのか。

また、現在はどこで介助されているのか、今後の調査にどの地・場をされるのか、の問い合わせである。

その応対を終えて店舗を出た。

駐車場は水浸し。

水深はそれほどでもないが、車を停めたところまでは距離がある。

靴をつま先たてて歩いても水没するくらいの水深に水捌け悪く、溜水は一向に引いてくれない。

店舗内で待たせてもらおうと思っていたら、夫婦連れが一組。

停めた車が水没状態にびっくりされている。

水没といってもタイヤは見える。

そこへやってきた車はバシャバシャと波打ちながら走り去る。

この状況を見て思い出した台風が影響の道路水没状態。

台風は何号であったかまったく覚えてないが、被害を受けたのは大阪市内だった。

勤めを終えて帰るに帰れなくなって実弟に応援を求めた。

どこの駅まで迎えに来てくれたのも覚えてないが、当時の車はトヨタカローラ。

弟が免許を取得した年だったのか、もう少し後年だったのかも思い出せない。

たしか難波から住まいする住之江までの行程は国道26号線。

玉手辺りだったと思う。

乗っていたカローラの運転席の足元までが浸水していた。

道路はどこを見ても川のような感じだ。

弟はホンダに勤めていたから車に詳しい。

車内が水浸しであってもエンジンさえ回転しておれば車は動く。

波をかきわけるほどの速度であればエンジンに水を入れてしまう。

そうならないように速度を極端に抑えて、なおかつ速度を緩めることなくとにかく走り続ける。

信号はもはや無法地帯。

もっとも走っている車は多くない。

時速20km以内の速度だったと思う。

都会は夕方の灯りが点いていた。

その明かりが水没した道路を照らしていた。

無事に住之江に着いたときはほっとしたものだ。

時代は昭和47年の7月豪雨だったかもしれない。

それはともかく目前の駐車場水浸しタイヤ水没状態に脱出するには裸足になって車に乗り込めば、どうってことないこと。

体験した大阪の道路前面水没状態に比べりゃ大したことはない。

その夫婦は水ツキしていないところを歩いていた。

旦那さんはつま先を立てて車に近づいた。

靴に水は入ったかと思うが、なんとか辿り着いて動かされた。

それを目撃しているとき。

もう一組の夫婦が買物を済ませて店舗を出てきた。

同じように唖然としている。

先の夫婦と同じように避難したという。

避難はしたものの、まさかの水没状態になるとは想定外だとお互いがそう思って顔を見合わせた男性は県職。

なにかとお世話になっている施設に勤務されている男性だった。

風に吹かれてではないが、雨水溜まりに浮かんでいた木の葉が少しずつ動く。

しかし、速度は極めて遅い。

ケーズデンキの店員さんも水溜りの駐車場に下りてきた。

幟のポールを水溜りに立てて水深を計っているが、どうしようもない。

実は駐車場の南北に埋め込み水路がある。

そこに吸い込まれているわけだがあまりにも遅い。

これは南側にある田中町の田んぼに水が一挙に流れないように流路を調整しているのである、と話していた。

その通りだと思う。

平成16年4月にアピタ大和郡山店が開店した。

実はアピタの大駐車場の地下部は雨水溜め。



大雨の場合は一挙に流れる雨水を制限して周辺の田畑に流れ込まないように溜めているのである。

たしか、造成工事中にそのような話しを聞いた覚えはあるが、どこに書いてあるのだろうか。

そういう具合だから待つ水溜から解放される時間はたっぷりかかると想定されよう。

帰宅する時間も遅くなる。

裸足になって、と決断したそのときだ。

同じように待っていた奥さんが持っていたナイロン袋をどうぞ、と云われて差し出された。

旦那さんも結局はそうすることになった水溜り脱出手段である。

ナイロン袋に突っ込んだ足。

すぐには外れないように足首を縛ってそろりそろりと車に向かう。

ドア近くまで来たらじんわりと左足が冷たくなってきた。

歩くことによって圧力がかかったナイロン袋に微細な穴が空く。

そこにじわじわ入りだす水。



ドアを開けて座った。

足を出して外したナイロン袋の中にはたっぷりの水が入っていたが、なんとか靴は外側だけの浸みこみ。

ぎりぎりのセーフだった。

ちなみに旦那さんが云った。

アピタが工事中らしく、車は一台もない。

アピタは潰れたのですかと云われたがそうではない。

アピタは㈱ユニーの経営であるが、現在はアァミリーマートホールデイングス傘下に企業統合している。

アピタ南側店舗のユーホームはすでにDCMダイキに転売された。

潰れることはないかと思うが、数日後のニュースにドンキを資本統合したと伝えていた。

アピタ大和郡山店にドンキも加わるのだろうか。

(H29. 8.23 SB932SH撮影)
(H29. 9. 6 SB932SH撮影)

スズキエブリイジョインターボのクーラーガス補充

2018年11月03日 10時02分38秒 | いどう
中古で購入したスズキエブリイジョインターボも3年目の夏を迎えた。

7月ころから気になり始めたクーラーの効き目。

購入年の平成26年の夏場は快適だった。

翌年の平成27年の夏場は心臓病で入院・手術で7月、8月は運転もできない

それどころではない身体状態であった。

昨年の平成28年の夏場は近場ばかり。

そこまでは、である。

同行してくださったKさんの車は快適な冷房。

エンジンかけてスイッチを入れたクーラーの効き目が早いこと。

しかも良く利いているから汗一つ出ない。

今年の夏場はどうなるであろう。

クーラーガスの補充ですむのか。

それとも配管の詰まりがあって修理に十数万円になるのか。

そうであれば、厄介なことになる。

修理に宛がう費用の捻出が出ようとしたら、そうすんの。

そう思いつつも車を走らせば、冷気は出る。

出るには出るが時間がかかる。

およそ数キロメートル走ってようやくでてくる冷気にほっとする。

ところが、だ。

渋滞中に遭遇することになった。

その間はやはりクーラーは利かなくなる。

後ろの乗っているおふくろは何ともいわないが、運転手の私はしんどい。

暑くはないのだが、効き目のない冷風に我慢ができなくなって、オイル交換をしてもらっていた最中に尋ねてみた。

そんなん、すぐに診てやるといってエンジンブースのフロントフエンダーを開けてみる。

なにやら見たこともない道具を突っ込むSオートサービスの大将。

空気圧を診た結果は・・・クーラーガスの補充で済みそうだという。

これはありがたい。

お安く対応できるならそれは助かる。

低圧、高圧のメータをみながら補充するクーラーガス。

およそ2/3で満杯。

エンジンをかけたら早くも冷気が出る。

そんなことならもっと早くにしておけば・・・。

購入したときの走行距離メーターは112151km。

この日にオイル交換とクーラーガスを補充したメーターは154432km。

この3年と4カ月間に走行した距離数は42282km。

昔と比較したらアレだが、随分と減ったものだ。

ちなみにかかった費用はオイル交換代が1750円。

クーラーガス補充費は1000円だった。

(H29. 8.22 SB932SH撮影)

危険表示の踏切遮断

2018年10月13日 09時12分11秒 | いどう
高樋町のお盆の在り方を取材してきた帰り道。

午後7時過ぎともなれば辺りはもう暗い。

車のヘッドライトは自動的には点灯しない。

昔、自転車のヘッドライトに暗くなったら自動的に点灯する機能をもった商品を発売されたときは驚いたものだった。

商品名が「テントウムシ」だったような気がするが・・。

私が乗る車は軽の箱バン。

もちろん手動で点灯させる。

ヘッドライトは昼間も点灯させる車がある。

都市交通だけだと思うが、その一つに路線バスがある。

荷物を運搬する会社もしていたし、便配達の単車もそうだった。

いつしか法令化されてバイクは必須の義務化になった昼間点灯。

最近、目にすることが少なくなったような気がする。

(H29. 8.13 EOS40D撮影)

特売日のガソリンは超格安価格

2018年08月11日 09時45分46秒 | いどう
大和郡山市の横田町信号の北数十メートルにあるガソリン屋さんがある。

十四、五年前から利用している「うかいや」さん。

たまたまガソリンを補給したときだ。

異様と思ったぐらいのお安い値段で売っていたガソリン屋さん。

毎日ではなく、土曜、日曜日に祝日も。

それを知ってからは、他店には行かなくなった。

余りにもというほどでもないが、とにかく安いから、土曜、日曜は我が家のガソリンデー。

できる限り調整しながらここへやってくる。

先月の6月27日火曜日であるが、レギュラーガソリンが114円だった。

この日は土曜日。同じく114円だった。

火曜日は特別な日とは思えないが、なぜか114円。

家計が助かる価格帯に飛びつく。

いずれであっても特売日の価格は格安である。

つい最近は安値傾向にあるガソリン価格。

大阪では奈良県よりもリッター辺り110円も高い。

大阪入口のガソリン屋もあるけど、阪奈道路の峠を越えてしまえば10円も安いガソリン屋さんが目白押し。

40リッターの補給であれば400円もの差がつく。

尤もハイブリッド車であれば気にしないと思うが・・・。

(H29. 7. 1 SB932SH撮影)

スズキエブリイジョインターボの中古タイヤ交換

2017年06月18日 09時17分33秒 | いどう
先月の28日のことだ。

特別なことがあって神戸に出かけた。

駐車場で待っていた実弟が指をさす。

乗ってきた軽バンのスズキエブリイジョインターボのタイヤがすり減っている。

スリップサインが明確にその状態をあらわしているという。

じっくり見れば、その通り、である。

タイヤの空気圧が低くなっているのはわかっていたが、そこまでは認識していなかった。

タイヤは買い換えするが、新品ではない。

貧相な暮らしに新品は無用。

中古のタイヤで十分である。

それをお願いするのは我が町の車屋さん。

車のことならなんでも相談してもらうありがたい地元民である。

気にはなっているものの、オートサービスに出向く時間がとれなかった。

これまでがずっと忙しく、奈良県内を駆け巡っていた。

この日は特別なこともない穏やかな日。

買い物ついでにオートサービスに行った。

早速、みてもらうタイヤの状態。

こりゃいかん、である。

中古タイヤなら倉庫にあるかもしれないと云って探してくれた。

商用4ナンバーの軽バン専用のノーマルタイヤガ見つかった。

車体運転席側に貼られているシールに指定のタイヤサイズが書いてある。

それを見て探してくれたら、ピッタシカンカン。

タイヤメーカーは違うがそれぞれ2本ずつ。

前輪、後輪がまかなえば問題はない。

2本はヨコハマ社製タイヤのJOBRY52。

サイズは145R12の6PRLT。

スズキエブリイジョインターボの指定サイズは145R12。

商用4ナンバーであれば6PRでなければならない。

そんなことを教えてくださるSさん。

もう2本はダンロップ社製タイヤのENASAVE VAN01。

サイズは145R12の6PRLT。

まったく同じのサイズである。

前輪はヨコハマ社製タイヤ。

ジャッキで車体を持ち上げてタイヤを外す。

ホイールを外すのはグルグル回る機械。

テコというのか道具の名は知らないがヘラのような感じでホイールとタイヤの間に入れてパコン。

一周するうちに外れる。

逆に装填する場合も、その機械を使う。

きちんと嵌ればパコンと大きな音がでる。

タイヤはホイールに装着したが、そのままの状態で車体に装填したらエライことになる。

タイヤはホイールバランスをとる必要がある。

これも機械で調整する。



ホイールもタイヤも完全な真円ではない。

アンバランスな状態では走行に障害が発生する。

それを機械が検知してくれる。

装着して回転させたら機械がピッピッと鳴る。



バランスをどこでとればいいのか表示してくれる。

それは内輪側と外輪側の2カ所。

表示された位置にバランスをとる「重り」を貼り付ける。

どちらがどれだか話してくれたことは覚えていないが、走行中の上下運動に横揺れをしないようにバランスをとる「重り」なのだ。

免許をとってから何十年間も運転してきたが、こんなことは知らなかったのだ。

教習所で習ったことがあるのか、ないのか、免許を取得した45年前のことは記憶にない。

中古のスズキエブリイジョインターボを平成26年4月に買ったときの走行距離メーターは112151kmだった。



この日にタイヤ交換したときの走行距離メーターは143270km。

30カ月間に亘って走行した距離は31120km。

一年間とすれば12450kmにもなる。

買ったときのタイヤは新品ではなかった。

この日交換したタイヤは同じような結果になるであろうか・・。

思いもよらない結果が三日目に出現した。

取材に出かけようとして我が家の駐車場から発進したときである。

なんとなく居心地が不安になる。

駐車場の前は側溝。

そこは当然ながらグレーチングの蓋を嵌めている。

ただ、段差がある。

決して緩やかでなく10度くらいの斜面。

駐車場はやや下り坂。

ブレーキを緩めてニュートラルに放っておけばずるずると滑るように車輪が回る。

いつもはそうならないようにブレーキをかけながら発進するのだが、このときばかりは異様な音が・・・。

ギリギリ・・・・の音とともに右ハンドル。



その痕跡が道路についた。

そう、右運転席車輪がパンクしていたのだ。

なんということだ。

速攻で電話をした我が町の車屋さん。

これまた速攻でやってきた。

どうするかといえばパンクした車輪を工房に持ち帰ってパンク修理。戻って来て嵌めなおす。

その間、15分間。



素早い対応に感謝して再出発した。

(H28.10.19 SB932SH撮影)
(H28.10.22 SB932SH撮影)

輝くサイクルレインボー

2016年08月27日 08時58分26秒 | いどう
玄関を出ようとしたときに、何かが光った。

光ったというよりも輝きである。

左側から赤色、朱色、黄色・・・緑色、青色、紫色のグラデーションだ。

なぜか中央に黒い帯がある。

光はどこから・・・と思って探してみる。

手で光がさし込む道筋を探し出す。

光が消えたら道筋が掴める。そう思って、前後左右に手を動かす。

陰で覆われて光が消えたら発光源が判明する。

陰を追跡した。

それは自転車だった。

午後2時40分に輝くレインボー。

つるべ落としのごとく陽が落ちていくのがよく判る。

2週間後の12月22日は冬至。

陽が落ちる時間帯はさらに速度を増していく。

明日は今年、二度目の入院。

電極カテーテルアブレーション処置である。

希望に満ちた輝きに背中を押される。

(H27.12. 7 EOS40D撮影)

セキュリテイアラームが鳴ったスズキエブリイジョインターボPART2

2016年06月06日 09時28分48秒 | いどう
故障の原因は掴めなかった

性根を入れて調べなければと云ったAKGコーポレーションの代表。

原因を見極めるに数日間もかかるという。

代車をあてがうので後日に連絡すると聞いていた。

2か月も前の6月30日のことだった。

それから10日後。

手配が済んだという電話はなく、私が病に倒れて入院することになった。

36日間に亘る長期間入院

その間も電話はなかった。

失念しているのだろう。

忘れていても当方は特段、困らない。

予備のキーで動かせるのだ。

退院後は心臓のリハビリ。

身体を治すのが先決と判断し、しばらくはAKGコーポレーションへ連絡もしなかった。

数日前は入院中に破損されたフロントガラスの交換をした。

仕事日を外して本格的な修理を依頼する。

AKGが手配した代車はトヨタ自動車のサクシード。

ステーションワゴンタイプの商用車バンだった。

久しぶりの乗用車タイプに乗る。

駐車場は軽タイプになっていた。

息子の単車が場をとっている。

全車も入らない駐車場。

仕方なく玄関前に停めた。

それから2週間。

故障の原因となる部分・部品などを調べた。

ドアはバックドアを含めて5枚ある。

それらを一枚、一枚外して接触部分を点検する。

異常な状態を探してみるが見つからない。

若干の微調整をしてドアを戻す。

調整しては車を走らせる。

試運転はAKGコーポレーションの周辺を走ること。

平坦でない車道を走る。

6月に事象が発生したときは車が揺れ動くだけでルームライトが点灯したが、調整後は点灯しない。

他のドアも同じようにドアを外して微調整、作動テストの繰り返し。

5枚のドアを点検したが、再発事象は発生しなかった。

今回持ち込んだときのことだ。

6月はあれほど発生したのにAKGコーポレーションへ持ち込む移動にまったく発生はしなかった。

接点がおかしくなったのか、それとも正常に戻ったのかどうか判らない。

結局は事象の再発が認められなかったのだ。

手間も時間もかけた問題探しは徒労に暮れた。

調整の範囲内、やれることはやり尽したという。

100%大丈夫という保証はないが、とにかくお返ししますという電話を受けたのは9月31日。

翌日の10月1日に戻ってきたが。

いつ何時に警報アラームが鳴りだすや判らない不安がある。

例えばスーパーや取材地に停めたスズキエブリイが突然鳴りだすかもしれない。

そんなことに怯えなければならないだろう。

もしも、お返しして発生すれば後方のバックドア接点の交換を考えるという。

パーツ代がほとんどの3万円もかかる。

今回は調整ごとであったので無償で、ということになった。

代車借用期間は2週間。

その間は大阪出る用事がなんどかあった。

急がねばならない高速道路の利用に負担が増えた。

スズキエブリイは軽バン。

第二阪奈道路は軽自動車クラスは普通車より安価だ。

第二阪奈道路、阪神高速道路はETCカードを利用できる。

ところが代車では我が家のETCカードは利用できない。

ETC装置があっても利用できない代車である。

利便性もあるが、ETCを利用した際は安価になるコースがある。

そういう特典は現金払いに通用しない。

これら差額は片道で150円+110円だ。

往復ともなれば520円の差が出る。

9月30日まで走行した片道回数は6回。

差額は1560円にもなったことを付記しておく。

(H27. 9.16 記)
(H27. 9.17 SB932SH撮影)