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マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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慈明寺町農神祭

2008年06月22日 07時49分27秒 | 橿原市へ
戦後まもなく中断された橿原市慈明寺町のノガミさん行事。

隣町の寺田町の人らが草刈りしていたときに手足を切って怪我した。

これは祀らなあかんやろと、慈明寺町自治会会長が発起人、役員が世話人となって20年ほど前に農神祭として復活した。

当時は伊勢講の宮座の当番が農具や粽などを作って供えていた。

粽は大人が作る。小学六年生から高等小学校2年までの男児は、前夜に集まり竹やヤナギの木でカラスキ、マンガン、スキ、クワ、カマなどを作っていた。

みんなでまわりべんこして作りあげたんじゃと長老が懐かしそうに話された。

現在のノガミさんは集落から北方500mほどの高取川堤防東。

ここは畑が広がる寺田町との境界。

改修工事以前の高取川は半分ぐらいの川幅、両側に竹藪があり、その横が南北に行き交う街道だった。

昔の木はごっつう高く、枝振りは大きく広がっていたが改修工事で消えた。

その後、何度か木を植えたが、なんべんやっても枯れたという地はノガミさんが宿る雨乞いの神さんで、川沿いにあったことから龍神さんとも呼ばれていた。

復活するには気持ちを切り替えてと祀ったご神体の石は「神祇の碑(平成12年5月建立)」とした。

早朝、公民館に集まった役員方々は神事具を耕運機に載せて川堤に向かう。

碑の周りに四方竹を立てて注連縄、御幣を取り付ける。

前には祭壇を設え神饌を供えたころ、畝火山口神社の宮司が到着する。

一同が並び、祓えの儀、祝詞奏上、玉串奉奠など農神祭の神事が執り行われる。

(H20. 5. 5 Kiss Digtal N撮影)

地黄町ススツケ祭り

2008年06月19日 07時24分38秒 | 橿原市へ
風薫る季節の五月は子どもが中心となってノガミさんを祀る行事が奈良盆地で見られる。

なかでも白いパンツを着た小さな子どもに、年長者が墨汁を身体中に塗りつける橿原市地黄町のススツケ祭りは特異な行事。

当屋の門口には三宝に載せた蝋燭とカワラケ盃が置かれている。

前年当屋は酒を持って当屋の家を訪問する。

玄関口で酒交する所作は引継の儀式。

そのころには笹竹を手にしたパンツ姿の子どもらが現れる。

代表の子ども2名は門口に置かれた所に一歩前にでる。

そして、サイレンの合図とともにトヤの目の前で笹竹を打ち付けカワラケ盃を砕く

さぁー、これからがススツケ祭りのはじまりだと人麿神社に向かって走っていく。

会場となる境内は観客席と呼ぶのかロープが張られていて周りは人、人、人。

墨汁をたっぷりと付けて裸の子どもに塗りたくる。

しまいには顔まで真っ黒で目が光っている


在は墨汁なのでスミツケ祭りとも呼ばれるが、本来は竃の煤を集めてそれを付けていたことからススツケ祭りといい、多く付くほど豊作になるとされています。

翌未明、お籠もりした子どもらは蛇綱を作り、真っ暗な道を歩んで農神さんに絵馬を奉納する。

豊作を祈願して町へ戻るときの帰り道、子供達は大声で「ノーガミさんオークッタッ、ジージもバーバも 早よ起きよ!」と囃子ながら元気良く戻っていきます。

参られた数多くの絵馬は積み重ねるように捨てられている。

ススツケ祭は一連のノガミさんの行事から独立したようにみえることから特に呼称してきたようだ。

(H20. 5. 4 Kiss Digtal N撮影)