マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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小夫天神社御田祭

2013年05月30日 06時53分06秒 | 桜井市へ
小夫嵩方に渡される分も含まれるハナカズラと松苗の数量はおよそ60本もある天神社。

田植え初めに供えるハナカズラと松苗であったが、今ではほとんどすることがなくなった桜井市の小夫(おおぶ)。

奈良市の都祁藺生町へ抜ける小夫バイパス線沿いに見たことがある。

何年も前のことだ。

その後の平成22年5月に取材させていただいたY婦人は田んぼで田植え初めの在り方を再現してくださった。

田植えを始める前に苗を植える。

その数は12苗。

田んぼの端に植えるのは一段に6苗。

二段植えて12苗である。

ウエゾメ(植え初め)と云われる作法である。

その傍らに置いたハナカズラであった。

その年もあったバイパス線付近の田んぼ。

その後も探して見るが小夫の田んぼではそこ以外にハナカズラはない。

平成24年に探策していた隣村の小夫嵩方(おおぶだけほう)。

それらしきものが田んぼにあった。

田主が見つからず断念した。

小夫嵩方は明治以降に小夫から分かれた枝村である。

その小夫嵩方手前の村の三谷には菅原神社がある。

そこで行なわれたオンダ祭で奉られたと思えるハナカズラがあった。

平成24年の3月18日であった。

同じような形をしていたことを覚えている。

そのようなことを思い出した小夫天神社の御田祭。

祭りの来られていた婦人の顔で思い出した。

Yさんだった。

当時のお礼を述べて拝見する御田祭。

ハナカズラの脇に置いてあった松苗はメン松を使うという。

御田祭の神事が始まった。

参籠所に登った氏子たちはそれまで飲んでいたお酒の勢いもあってか実に賑やかである。

始めに本殿へ神饌を供える祈年祭が行われる。

斎場やナエカズラなどを祓う宮司。

参籠所から本殿に渡る場に蓆を敷いた処に並んで献饌する。

県内各地で数々の献饌を拝見してきたが小夫のような神聖な場は見られない。

それから40分後に始まった御田祭の所作。



始めに宮司が矢を射る。

天地、東西南北の方角に向けて矢を射るかと思えばそうではなかった。

まずは矢を天に向ける。

すぐさま地に矢を向ける。

打つのではなく拝礼をするような所作である。

そして東に立てた鬼の的に向かって矢を射る。

次に西側に移る。

同じように天に矢を向けて地に、というわけだ。



最後に西側に立てた鬼の的に向かって矢を射る。

県内各地で見られる鬼打ちとは異なる作法は違っていても村から悪霊を追い出す祓いの儀式であろう。

用いられた弓はサクラの木であったのか聞くことを失念した。

そうして平鍬を持つ田男が登場する。

斎竹を四方に立てて注連縄を張った斎場。

田んぼに見立てた神田の周囲を耕す所作で回る。

畦塗りの作法であろうか。

続けて登場する田男は鋤を持つ。

同じように田んぼ周りを鋤いていく。

畦鋤きの作法である。

追い付いてほぼ同時に終わった。

次に登場するのは牛だ。

牛面を被る人と後ろで牛の衣を持つ人の二人。

酔いも手伝ってか被ることもできずに応援を受ける。

「ちょっと暴れるからな」と掛ける牛役。

「今年は暴れまっせぇ」と大きな声で村人たちに伝える。

後ろにはカラスキを持つ田主がつく。

牛は暴れ牛。



田主が手綱でしばく。

なかなかいうこと利かん牛は神田をあっちへこっちへ行ったりきたり。

所狭しと暴れ回る。

いうこと利かんからと手綱を引っ張る馬子。

よろけた牛は倒れてしまった。

笑い声が絶えない村の行事の御田祭は実に楽しそうである。

一旦戻って農具はマンガに替えた。

田主が牛をちゃいちゃいするも動じない牛。



またもや手綱でしばかれる。

足元ふらつきひっくり返る牛。

大笑いの作法は暴れることに意味があるのだろう。

拍手を受けて所作を終えた。

田起こしを終えれば籾を撒く。

再び登場した宮司は東の田んぼに籾を撒く。

移動して西の田んぼにも籾を撒く。

次は紺色の素襖を着たトーヤが同じように籾を撒く。

もう一人のトーヤも登場して桃を撒く。

それぞれ東の田に西の田である。

田んぼに直撒きのモミオトシであろうか。

最後は田植えの所作だ。

供えた松苗を手にした宮司は苗を植える作法をして観客側に放り投げる。

植えては投げる、植えては投げるの作法は東の田から西の田へと移る。

宮司から手招きされて再び登場するトーヤも同じように田植えの所作。

今年もこうして終えた小夫の御田祭は豊作になることであろう。



奉られたナエカズラは村人たちが持ち帰る。

平成17年の御田祭は最悪だった。

行事ではなく私の身体だ。

疾病していた痔病が行事の取材中に悪化した。

突然のことではあるがどうしようもなく止まらない出血に立ち往生したのである。

今回はそのような持病も発症せずにほっとしたのであった。



文政十三年(1830)十二月吉日に講中が奉納建之したとされる小夫の太神宮石塔には「おかげおどり」の文字がある。

「おかげおどり」の文字が彫られた大神宮は奈良県内で見られる三つの事例のうちの一つだそうだ。

(H25. 2.17 EOS40D撮影)
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