ASAKA通信

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「生成」と「現実論理」 20190714

2019-07-14 | Weblog

「砂糖が溶けるには一定の時間が要る」

「生成」という人間的生の展開の核心は、──一義的、定型的な〈世界〉記述の確定へ向かう動きによって見失われる。 

関係世界において優位な場所を占めたいという願いの基底から、一つの命題が派生する。

「相克としての関係世界」──関係世界における享受可能性、その実現をただ「相克」という面からフォーカスするまなざしがある。「相克関係としての世界」という命題が最大綱領として掲げられるとき、「生成」という人間的生の本質、〝自由の空隙〟は視界から消える。 

「相克関係としての世界」という命題のリアリティ、痛切性は、日常における実践関係のいたる場面で論証されるように経験することができる。パイ獲得をめぐる競合関係、その組織化された対抗関係、組織フォーメーションが指定する機能的な個の役割、関係のコード。 

一義的、定型的な形式性に収れんする生の展開は、しかし、本質的に「生成」を起源としている。

ソレがなければみずからの展開をひらくことが不可能なものとしての「生の空隙」、インターミッション。

生成、発火の原郷──個の実存においてのみ現象するもの。人間的生のすべての展開の起源をなすもの、自由の本質をなすものの認識、この位相の意味と価値についての相互的な了解と承認、その有無、そのことの決定的な分岐。

 

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