毎日が夏休み

LEAVES THAT ARE GREEN TURN TO BROWN

ジャンプ台放浪記 札幌シャンツェ編

2010-04-08 22:53:53 | ジャンプ台放浪記関連





気持ちのいい場所を見つけました。








ここからシルバーシャンツェ、アルファシャンツェ、札幌シャンツェ。
三つのジャンプ台が見えていたなんて想像できます?
私の目にはね、
幻のジャンプ台といわれている三つのジャンプ台が、
なんだか幻じゃなくてね、
この山肌に浮かび上がってきちゃいまして。
…重症(笑)。




いい場所でしょ。








三角山の右手には寺口山越しに手稲山。
ひょっとして銭天?春香山も??
え?そこまで見えるの??
きっちり同定できる方いらっしゃいます?
眺めのいいことだけは確かなんですけど。










三角山左手はお馴染みの山山が藻岩山まで続いております。
え~と、
なんだったっけ、
スカイライン・プロムナード。
昔、藻岩山から尾根伝いに三角山まで歩いていたという話。



なんだかいろいろな話にぶつかりました。



さぁ。
やりましょうっ。
分かったことを書きましょうっ。


レトロスペースさんはそのうち。
結構悩み画像多々でして(笑)。


まず札幌シャンツェから。
順番から行くとこれが三つの内の一番最後なんですけどね。






昭和4年1月18日 北海タイムス




大正5年地図




昭和25年地図



まぁまぁ見えんと言わずに。
ちゃんと拡大いたしますから。


三種の神器じゃないですけど、
地図と文献と人との関わりがどれほど大きな決め手となったことか。


記録なら出てくるんです。
いつ出来てどれくらいの大きさでとかね。
でも何処にあったのか何処に造ったのかはこれが出てこないんですわ。


この札幌シャンツェも何処に造られたという記載は見ておりません。
三角山という言葉だけ。麓とか山麓とかね。
ただ、
論より証拠のくっきり写真が残っておりまして。


あと三角山の文化人、
あのすっぴんで出かけた溜め息の館のI氏から、
『宮の森病院のところにジャンプ台があったそうです。
 今は後欠片もありません。』
この情報はいただいておりました。


ただそれが真実なのかはわかりません。
本当にそこにあったのか、
別の場所なのか。







中央アルファシャンツェ 右札幌シャンツェ




三角山公園




大なまこ山




古い写真を片手に撮影場所を探して歩いたのが3月14日の大なまこ山へです。
札幌シャンツェの頃の写真は採石で道が作られる前ですので、
今現在とは地形は多少変わっているはずです。
宅地化で斜面は削られ大なまこも分断されてしまってますが、
上の三角山公園写真の場所がアルファシャンツェのスタート付近、
現在の宮の森病院の場所に札幌シャンツェ。


これでほぼ決定と思っていたのですが。
違う情報が入ってきまして。
もうジャンプ台探しは放り投げてしまいましょかとヘタれたのですが。


このヘタれが新たな展開となりまして。


緊急要請をかけ、
地図地形地質の鉄人my同期のK氏←ばればれ→に資料を見て貰ったのですが、
その地図に札幌シャンツェを示す記号というか図と文字を発見してくれまして。
(文字は私でも読めたのですが、あの長いX記号がジャンプ台だとは考え及びませんでして)
さらにシルバースロープも載っておりまして。


I氏の証言(と言っていいのか?)・写真・地図。


では先ほどの昭和4年北海タイムスの記事地図の拡大を。






いかがでしょ。
札幌シャンツェの文字と、
その上にあるジャンプ台の向きと位置を表す書き込み記号。
今2,3名『おおっ』と言ってくれました?(笑)。


さらに次回とカブってしまうのですが、
文字と記号の間に小さくアルファシャンツェと思われる記号も見つけた人はエラいっ。
向きがもうちょいと傾いてますけどね。





札幌シャンツェ断面図と平面図




【札幌シャンツェ】
アプローチの65㍍は地上10㍍の櫓を組んだ。理想的なランディングバーンで
35㍍の飛距離が可能とされ、当時の新聞は「東洋一の大シャンツェ」と報じていた。
大正15年12月(1926)に着手し、翌年1月(1927)、大正天皇の崩御により年号がかわって昭和2年(1927)1月に竣工、
札幌シャンツェとよばれた。    ~さっぽろ文庫96 大倉山物語より


大正15~昭和1~昭和2と年号のマジックですが上であっています。







2010年4月1日


ね?見えるでしょ??
え?私だけだって??(笑)。


札幌シャンツェの他の写真、出てこないのです。
あの古い写真とほぼ同じのしかまだ見ていない。
情報も札幌シャンツェは少なかったのに。


逆に写真も情報も多いのに足が生えて歩き回ったのがシルバーシャンツェでして。
いえ、
歩かず鎮座してたんでしょけどね。


あくまでも私の考えでの札幌シャンツェですので、
本当にあった場所は違うのかもしれません。


「それは大間違いだよ、君っ。」という方は、
どうぞソフトタッチでご指摘ください。
新しい情報や修正点があれば訂正&加筆してゆきます。







*4月10日追加





ジャンプ台放浪記 札幌シャンツェの報告でした。







コメント (24)   この記事についてブログを書く
« レトロスペース・坂会館 1 | トップ | 福寿草と喪服 »
最新の画像もっと見る

24 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Tammy)
2010-04-09 10:41:30
よくここまで分かりましたねぇ。(スゴイスゴイ!)
自分の知ってるこのスキー場(宮本スロープ)は、札幌シャンツェのランディングバーンの辺りにボブスレーのコースがあって、アルファシャンツェのランディングバーンだけが残っててその周りは小さな林になってたように思いますね。勿論採石場も連絡道路もありですし、大倉山へつながる斜面にはポツポツと家が建ってましたね。
Unknown (みどり)
2010-04-09 10:51:29
ボブスレーっ。
今度『図』あるいは『地図記入』してください。
このなまこ山もアルファ以外にも見つかりまして。ただ年代が出てこない…ここが悔しいんですけど、
以前Tammyさんがコメント入れてくださった場所のではないかと。
今度載せる予定です。…また新たなのだったりしたらさらに増えちゃいますけど(笑)。

懐かしくて (lanka)
2010-08-23 23:08:42
古いネタのレスですみません。
今はもう無い宮本スロープについて何か書いている人がいないかな~と思ったらここに来てしまいました。
残念ながらみどりさんの必要なジャンプ台の情報は持っていません。
でも、宮の森小学校のみんなは冬になると毎週土曜日は宮本スロープでスキーの授業でしたから、宮本スロープや馬場スロープについてはよく知っています。
以前の記事で宮様大会の図を載せていましたよね。 ゴール付近の小屋、昭和46年まではありましたよ。 それから西高の生徒はあの宮様大会のコース(一番下の道からゴールまで)を使って練習していましたね。
宮本スロープの横、なめこ山って言いました? 記憶にないな~ 多分違う名で呼んでいた。 そこにも小さいジャンプ台(台の高さ1mもなかったかな)が作ってありました。

「中央アルファシャンツェ 右札幌シャンツェ」の写真。 あれ、ジャンプ台の下は宮本スロープだね。ジャンプ台の左は馬場スロープ。
ここで毎週スキーの授業でした。

もし、あそこが昭和46年の状態のままだったら、この2つの場所はここだよ!って言えるんだけどね。
札幌から離れて長く、あるとき久しぶりに宮本スロープでも行くかと思ったらないじゃん! びっくりしたな~

ってことで今50歳以上の宮の森小学校卒業生なら誰でも分かると思いますよ。

ではでは
追伸 (lanka)
2010-08-23 23:43:34
ボブスレーコースは札幌シャンツェ踏切の右側ちょっと奥からS字にカーブして小屋の2、30m山側で終る短いコースでいしたが、そこそこスピードが出て小学生の私には恐ろしい乗り物に見えました。 小屋の横にボブスレーが置いてありました。

本を出されたんですね。すごいな~

来年は札幌で生活したいと思っていますので時々このブログ参考にさせてもらいます。 なんせ33年ぶりですから。
またまた (lanka)
2010-08-24 00:04:04
何度もすみません。
今Googleマップで見たら、札幌シャンツェが宮の森病院より北に20mくらいのあたりがジャンプ台踏切辺り。 アルファシャンツェは三角山小学校体育館から20mくらい西あたりですね。

宮本スロープの上の方、なんか変だと思ってたんですよ。 笹薮の一部刈られていて滑れるようになっていて、でも急なんです。 あれ、ジャンプ台のすぐ下だったんですね。 だから笹が処理されずに両側にあったんだ。
宮本スロープ (みどり)
2010-08-24 00:19:53
lankaさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
なまこ山、いろいろな名前がでてくるんです。
馬の背山とか馬場山とか…。
どうも円山とか三角山というように統一された名前では出てこないんです。
きっと所有者とかいろいろ絡んでくるのでしょうけど。
年齢、世代が上に行くにつれPC以前というか使える人がぐんと減る。
ネットや書面や町内会の会報でもいいですから、
知っていること記憶していることを少しでも書き残してくれればなぁと思うんです。
ジャンプ台で実際に飛んでいた方はもうかなりの高齢ですし。
三角山近辺でスキー滑っていたよという方に偶然お会いすることもあるんです。
でも、記憶はあってもそれを残そう伝えようという意識というか手段ってあまりないんですよね。
消えていく一つの風景でOKなのか、
伝えたい残したい風景なのかで状況は変わります。
この記事を書いてから数ヶ月経ちましたが、
私の欲しい情報は、
確かな具体的な場所でもありますし、
lankaさんのようにこうやって記憶を書き残してくれる、
そういう情報でもあるんだなと思っております。
きっと北大でも現在進行形でやっているはずです。
そうなったらもう私の出番はなしなんですけど。
あぁすみません、酔っ払いなんです、私。
長くなりました。
こうやって情報が増えるのは嬉しい限りなんです。
ありがとうございます。
追記 (みどり)
2010-08-24 01:04:16
酔っ払いながら長々とコメントを書いてる間に2通もさらに詳しいコメントが入っておりました。
重ね重ねありがとうございます。
ボブスレーっ。私しょっちゅう歩いているかもです。もちろん知らずにですけど。
札幌シャンツェもアルファシャツェもやはりあそこら辺ですね、よかった。
来年札幌で生活されるようになったなら、
ぜひ現地で指導してください。
文化通り(西高横の道)から宮の森HPを見上げると、
いつも思ってしまうんです。ここにジャンプ台があったんだと。
ここに住んでしまったのも何かの縁なんでしょね。

荒井山映像 (yt)
2010-08-24 15:47:17
何度も失礼します。
先ほど知人が教えてくれた映像です。荒井山と雪印シャンツェ、フルヤと森永のヒュッテが映っています。(現在大倉山小校舎南側)
もう観ましたか?
http://www.youtube.com/watch?v=C7qD5ZtXRts
ご参考まで。
すごいっ (みどり)
2010-08-24 20:37:10
ありがとうございます。
これ、すごいですっ。
映像が残ってるんですね、感激です。
これはまた荒井山に行って映像と現在を重ねてみたくなりました。
さっそくこれ貼らせてください。
私のほかにも喜ぶかた大勢いるはずです。

どうぞどうぞ (yt)
2010-08-24 21:04:11
実は「荒井山森永コース」で検索していたら下記の書き込みがあったのですよ。
http://www2.ocn.ne.jp/~team/piste.htm
内容が気になってメールしたら返事と共に教えてくれました。
ご本人は1年先輩のアルペンスキーヤーであり、共通の先輩も居ることがわかりました。
いろいろとつながるものですね、また情報が見つかりましたらご連絡いたします。

コメントを投稿

ジャンプ台放浪記関連」カテゴリの最新記事